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プチ短編 第一話 カモメ

 船が港に戻るとすぐ近くにカモメの群れが降りて来た。藍色の海面に浮かぶ白い鳥たち、白い船。絵になりそうな眺めだ。
 「遊覧船か。折角だから島めぐりをしていくか」
 三月下旬。日本の半分では暖かな春だが、この辺りでは肌寒く観光に浮かれるにはまだ早い。とはいえ、せっかく景勝地に来たんだ、いろいろ見ておかなきゃ損というものだ。
 チケットを買って即、乗船!
 さて、どこの席に座ろうかと考えながら展望デッキを回っていたら、<カモメのえさ>と書かれた小さな自動販売機が目に入った。
 カモメのえさ……?
 百円玉を入れると出て来たのは見慣れたお菓子、かっぱえびせん。
 「カモメがこれ、食べるかあ??」
 私は首をかしげた。だいたい、どこでどうやってカモメに食べさせるんだろう?
 袋をまじまじと見ている間にほかの客たちも乗船して出港の時刻になった。
 ドルン!
 船のエンジンが音を立てて動き出すと、近くに浮かんでいたカモメたちが一斉に飛び立ち、その辺りで旋回を始めた。私はエンジンの音に驚いて飛び立ったのだろうと思ったが、そうではなかった。
 船が沖に向けて進みだすと、カモメたちは船を追ってきたのだ。全員こちらにくちばしをこちら向け、せわしく羽ばたきながら、展望デッキの後ろからついてくる。そして親子連れがデッキから投げるかっぱえびせんを空中でヒョイぱくヒョイぱく食べていく!
「そうか。こいつら、これが目当てで船について回っているのか」
 私も袋の口をあけてえさやりに参加した。
 カモメたちの空中キャッチは見事だった。正面に飛んできたえびせんを食べるだけじゃない。狙いが外れてカモメの横を通り過ぎそうになっても、ヒョイと向きを変え長いくちばしでパクッとくわえるのだ。
 それを見て私の中にムラムラといたずら心が湧きおこった。二羽の間ぴったり真ん中に投げたらどうなるだろう?
 私は目の前にいる二羽の中間に狙いを定めるとエイッ! かっぱえびせんを一つだけ投げた。左右のカモメがすばやく体をひねり、それを両方からくわえる。
 それからが大変だった。二羽はかっぱえびせんをくわえたまま引っ張り合いを始めたのだ。
 「これはオレのだ、よこせ!」
 「いいや、オレのだ、よこせ!」
 声が聞こえてきそうなくらい激しく引っ張り合う。
 ──いったい、どうなるんだろ?
 両者互角で勝負がつかない。えびせんが真ん中から割れてくれたら争いは終わるのだが、あいにくとヒビ一つない出来栄えで割れる気配もない。
 二羽はデッキの欄干に両足を踏ん張り、引っ張り合いをつづけた。
 そしてついに決着の時が来た。かっぱえびせんをを奪い取り胃の腑へおさめたは左の奴。右の奴はというと、この上もなく悲しそうにうなだれ「クー」と鳴いた。
 うわあ、悪いことしちゃった。
 私は、かっぱえびせんを一つだけ手に取ると、
 「これこれ、そんな顔をするんじゃない」
 そう言いながら右のカモメに向かって投げた。右のカモメはそれをパクリと食べると再び羽ばたきを始めた。
 かっぱえびせんを投げたり自分で食べたりして袋が空になると、私は袋を丁寧にたたみはじめた。たたみながらふと不安になり、私はカモメたちを見た。きみたち、魚の取り方を忘れていないだろうね?
(おわり)

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