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熱狂のユーロ2016前編

 6月14日。地中海にやってきた。絵に描いたようなカラッとした陽気。爽やかな風。日差しはきつくジリジリと暑いが、日陰に入れば涼しい。モンペリエは試合開催地ではないが、イタリアとスイスの選手の合宿地になっていた。目抜き通りに両国の旗がはためいている。
 在住日本人ガイドの高橋あゆみ氏の案内で街を歩いた後、ホテルでオーストリアーハンガリー戦を前半だけ観戦。その後、街なかにある彼女のお宅にお邪魔させて頂くことになった。
 あゆみさんは目鼻立ちの整った笑顔の可愛い女性で、私が以前知り合った北軽井沢でも一際目を惹く存在だった。夫のオスカーとは初見で、フランス代表の話が弾む。
 TVでは、次の試合のポルトガルーアイスランド戦が終わり、スタジオでの座談会が始まっていた。時刻は夜の十一時を過ぎている。
 前半だけでシュート12対2と圧倒したポルトガルだったが、後半開始6分にアイスランドに決められると、以降は彼らの手堅い守備に苦しめられる。ナニやクリスティアーノ・ロナウド擁するポルトガルは猛攻するも一点は遠く、結局1対1の引き分け。伏兵アイスランドに勝ち点一を献上。
 試合後の座談会では、アイスランドの奮闘ぶりが話されていた。何人かいる解説者の中で、異彩を放っている人物が一人いた。フランス人らしい喧々諤々の議論の中で、その人物は沈思黙考している。話し合いに入ろうとしない。しかし周りは決してその人物を軽視している訳ではなさそうだった。その証拠に、その人物に話が振られると、それまでの喧々諤々は静まり、みな傾聴している。
 その人物とは、アーセン・ヴェンゲルである。隣で見ていたオスカーが言うには、彼はシャイだということだった。フランス人というよりは日本人のようにシャイであると。
 夫妻との楽しい語らいはしばらく続いたが、あまり長居しても迷惑になるので、日付が変わらないうちにそこを辞した。
 翌15日は日中はモンペリエの街を歩き、夕方からのユーロ観戦に合わせてカフェの集まる広場に向かった。モンペリエで広場といったら何と言ってもコメディ広場である。劇場を前にして大きく空けられたその空間には、陽の光が燦々と降り注ぎ、緩やかな時間が流れている。トラム以外は車は通らないので、行き交う人もゆったりしていた。
 街歩きの合間にも私は何度も立ち寄り、多くの時間をそこで過ごした訳だが、スポーツ観戦で盛り上がる場所ではなさそうだった。そんな訳で私は、夕方になると、コメディ広場から街なかに少し入った、若者で賑う別の広場に向かったのである。
 夕方六時。広場には周りのカフェが椅子やテーブルをいっぱい並べ、大型TVがあちこちに置かれてあった。ちょうどルーマニアースイス戦が始まるところだった。フランス戦でも注目戦でもないからか、人はそれほど集まってはいなかった。
 ルーマニアは開幕戦でフランスに善戦したものの勝ち点はまだなく、対するスイスは初戦は制したものの最終戦でフランスとの対戦を残している。グループ勝ち抜けのためにどちらも欲しい勝ち点3ではあったが、仲良く勝ち点を分け合った。ともにリスクを冒して攻め合い、守るところはしっかり守った。1対1。両者とも最終戦にすべてを託すことになった。
 九時からはフランス戦が控えていた。三十分前にもなると、広場はみるみるうちに人で溢れ返って行った。出されたTVだけでも、ざっと見渡して七、八台はあった。私は喧噪からは少し離れたところで、ビールに少しフォアグラの載ったパテをつまみに観戦していた。
 対戦相手はアルバニア。フランスは開幕戦で先発したグリーズマンとポグバを控えに回し試合に臨む。すると、ボールを支配し優位にゲームを運ぶも、1トップのジルーになかなかボールが入らない。リズムに乗れず思わぬ接戦となる。
 後半に入ると、ポグバ、グリーズマンと続けて投入。攻撃が活性化し、決定機を何度も演出。得点は終了間際になった。グリーズマン、そしてパイエ。開幕戦男のパイェの追加点で、終わってみれば2対0。
 やきもきさせる展開となったが、最後は歓喜。モンペリエの夜に勝利の凱歌が響き渡っていた。
 
 
 16日、午下り。私はニームにいた。リヨンへの移動目のこの日、古代ローマの神殿遺跡に立ち寄った。古代遺跡メゾン・カレの隣には、ノーマン・フォスターの建築、カレ・ダールもある。
 青空の下で、ローマ神殿とガラス張り建築が並ぶ何ともシュールな世界に浸っていると、試合の時間が迫っていた。この日のカードは、イングランドーウェールズ。国際大会では初顔合わせの英国対決がユーロの舞台で実現した。ウェールズの過去の国際大会出場は、1958年W杯のみである。
 メゾン・カレの裏にバーがあった。見ると、ウェールズサポーターがすでにおっぱじめている。時刻は午後二時半。試合開始三十分前である。
 国際大会にはほとんど出場のなかったウェールズではあるが、ガレス・ベイル、アーロン・ラムジー擁する今大会は、グループ勝ち抜けを目されていた。事実、初戦を制したこの時点で勝ち点3。初戦引き分けのイングランドより優位な状況にあった。
 その高揚は、目の前のサポーターからも伝わってきた。この試合の会場は北フランスのランスなのだが、南仏ニームでウェールズのサポーターを拝めるとは思わなかった。しかも、すぐ隣はローマの古代神殿である。こういうシチュエーションもまた、ユーロ観戦の醍醐味の一つと言える。
 ベイル、ラムジーの二枚看板で期待されるウェールズだが、ルーニーを筆頭にケインやスターリング、ララーナと、総合力ではやはりイングランドの方が上。試合はともに見せ場を作るが、除々にイングランドが押して行く。しかし二、三度あった決定機も決まらない。
 そうこうしているうちにウェールズがFKを獲得。キッカーはベイル。左足一閃、振り抜かれた弾道は、キーパーの手前で鋭く落ち、そのままゴールに吸い込まれた。絵に描いたような鮮やかなFKでウェールズ先制。
 この瞬間、ニームのウェールズサポーターも爆発。ローマ神殿を背景に雄叫びを挙げる。青い空に白い雲。強い光に照らされるローマ神殿。その光景のなかで、爆発するウェールズサポーター。
 前半終了とともに、私は後ろ髪を引かれる思いでバーを後にした。リヨン行きのTGVの時間が迫っていたからである。ウェールズがこのあと逆転負けしたというのを、私は後で知ることになる。

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