ル・コルビュジエ建築探訪 前編③
パリと郊外を結ぶ鉄道RERのA線で、ポワッシーへとやってきた。駅から住宅街を歩いて緑の中を抜けて行くと、樹々の間からそれは忽然と現れた。20世紀を代表する住宅建築として名高い、サヴォア邸である。オザンファン邸に始まり、ラ・ロッシュ/ジャンヌレ邸などを経た、20年代コルビュジエの住宅建築の集大成と言える作品である。
心なしか鼓動が早くなる。鼻息が荒くなるのが判る。一歩、また一歩と歩みを進める度に、地面から浮遊した白い箱は少しずつ近づいてきた。樹木が目の前から取り払われると、いよいよそれは、私の前にその姿態を現した。
「ピロティ」「横長連続窓」「屋上庭園」「自由な平面(プラン)」「自由な立面(ファサード)」を、新しい建築の五つの要点として、コルビュジエは発表した。サヴォア邸はこれらが最も純粋に現れ、洗練された至高の形として、今日に至るまで絶大な影響を与え続けている。それは私の前で、それら要素を前面に提示しながら、不思議な佇まいをしていた。
樹々の抜けた先で景色は明るくなり、いちめんの芝生が拡がる。その真ん中で、光を一身に浴びて、白い箱は浮遊している。いちめんの青と緑の景色の中で、透き通った量感のない形態が、存在感を際立たせていた。
私は一周してみた。正方形のどの面から見ても、支柱に持ち上げられた白い箱に、横長連続窓。ところどころにガラスのない窓もある。二階にはオープンスペースもあり、そこでは窓枠の向こうに樹木や青空が覗いている。U字形になっている入口から、私は中に入った。
内装もいちめんに白の世界である。まずホールがあって、ホールの奥に当時は女中や運転手の部屋があった。この邸宅は、パリで保険会社を経営する富裕なサヴォア家の週末邸宅として、1931年に完成した。コルビュジエは自らが提唱する理念の実現にもってこいの場が与えられたとして、内部空間にも仕掛けを設けた。
それは入ってすぐに現れる。緩やかなスロープが上階へと誘う。ラ・ロッシュ/ジャンヌレ邸の傾斜の大きいスロープとは違って、こちらは折り返し式で徐々に上階へと上がって行く。奥の壁の上部に開口部があり、そこから差し込む光が先の展開を予感させる。この期待感が、サヴォア邸の魅力となっている。
スロープの脇には螺旋階段もある。階段は上階とは断続するが、スロープはそれと連続する。連続空間の移動には、期待と想起がある。それはそこを歩く人によって様々なイメージをもたらす。ここにこそ、この建築が永く影響を与え続ける理由があるのではないか。
スロープを一歩一歩上がって行く。それに伴って、感覚は呼び起こされる。普段は無意識に行うことも、ここでは意識的になる。やがて光が溢れ、予期せぬ光景が拡がる。ある人はそこに、これまでの旅先のどこかを想い起こすかも知れない。またある人はそこに、遠い故郷の輸郭を訪ねるかも知れない。
二階に上がる。螺旋階段を光が照らす。その曲線とスロープの斜線、柱と窓枠の縦横の線はすべてが白なだけに、強烈な印象を見る人に与える。
二階はリビングにキッチン、バス・トイレに寝室と、生活空間が続く。コルビュジエ本人の住むアパルトマンもほぼ同時期の制作ではあるが、こちらは富豪の週末邸宅だけに、造りが大きい。近代建築のモニュメントとしては凄まじいものがあるが、居住空間としてみればアパルトマンの時のような共鳴性はサヴォア邸にはない、というのが私の感想である。
大きなテラスに出る。リビングがまる見えである。間の仕切りは全面のガラス。現代の視点で見ても斬新である。外壁は横長連続窓。内壁は全面ガラス。その対比が面白い。外から見ると開口部は大きくないが、中に入るとそのイメージは覆されるのである。スロープをさらに上がると屋上庭園となっている。くり抜かれた窓は、絵画のように緑豊かな風景を映す。
このように、モダニズムの外面の内に現れる多面性こそが、コルビュジエの建築を捉えて離さない魅力となっている。
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