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報道されないJR福知山線脱線事故の姿

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2005年4月25日に発生したJR福知山線脱線事故の2両目に乗車していました。車両内をかなり飛ばされましたが、停車後は、マンションの柱に激突して「く」の字に折れ曲がった裏側にいま…
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妻の病気について

私の妻は、現在、双極性障害という精神疾患の病気の治療中です。この病気は、単なる鬱病と混同…

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示談交渉について

示談というと当然お金のことが関わってきますので、こういった内容が報道されることはまずあり…

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事故現場について

JR福知山線脱線事故の事故現場は、事故直後から電車が激突したマンションの耐震補強工事なども…

「私の2両目」~忌まわしくも愛着がある場所

事故に遭うまでは、電車の何両目に自分が乗っているのか…ということを気にすることは全くあり…

「風化」という言葉への違和感と、「忘れない」ことの意味

次の4月25日でJR福知山線脱線事故から19年になりますが、毎年4月が近くなってくると、慰霊式の…

「JR福知山線脱線事故」で私の妻が経験したこと

その日、夫は少し疲れ気味に家を出ました。しばらく終電帰りの日が続き、その週も忙しくなるの…

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私が「JR福知山線脱線事故の2両目」で経験したこと

2005年4月25日、生まれて初めて「死」を意識する出来事に遭遇しました。107名の方が亡くなったJR福知山線の脱線事故に遭い、その中でも最も被害が大きく70名以上の死者を出したと言われている(2005年6月現在の情報)2両目に乗り合わせていました。これまでにも「死」という概念を頭の中では理解していたつもりでしたが、死は歳の順に順序通りにやって来るか、仮に病気や事故で死を迎えるにしても、何らかの形で死を覚悟する瞬間のようなものを通過してから訪れるものであると考えていました。

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「JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動」のご案内

2018年に自身の出版社を立ち上げて出版した「JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動」…