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がまん

自覚している我慢もあれば、無意識的に我慢している(我慢が常態化している)こともあったりする。それを意識的に理解することで、物事の捉え方はかなり変わる。ストレスも減るだろう。

先日、数年前からの付き合いのある友人二人に会った。たった数年ではあるが、ぼくがサラリーマンを辞めて、日本各地を回り始めようとしていたそのくらいのタイミングで出逢った、大切な友人たち。いろんなことを話し、心の底にある本音を何度も引き出してくれた。その友人たちに久しぶりに会い、最初は楽しく話をしていた。

それでもなんだか「話しても受け止めてくれる」と感じてしまうので、最近の悩みを打ち明けてみた。ぼくは、ある人に「大切にされていない」と感じている。でもその人の活動自体はおもしろいと思っている。「どれだけ我慢すればそのおもしろい活動をおもしろいと思えるかな?」と言おうとしたところ、”がまん”の3文字が出たところで、二人揃って「”我慢”って言った!(笑)」とツッコミが入った。

冷静に考えれば、我慢していることほど自分の人生にとって悪いことはない。それはそうなのだが、二人揃って”がまん”に反応されたことが、驚いたし、笑えてきたし、やっぱこの二人に話してよかった!と思えた。

性格的にはかなり違う二人だが、根本的に考えていることは同じ。自分を受け入れて、素直に生きる。大切な人のことももちろん大切なのだが、大切にするには自分を大切にしてあげないと、人を大切にすることはできない。そういうことをずっと伝えてくれている。それなのに出来てない自分に嫌気が差すのだが、それも自分なんだと受け入れるしかない。

人間、波があって当然。いい時もあれば、悪い時もある。自分らしくない行動、生活をしていると感じた時に、たった一人でも話せる人がいることで、元の居場所に戻ることが出来る。

大切にされていないと感じるということは、ただ利用されている可能性もある。そうまでしてその人の活動に参加したいか。そうではない。ほかにもおもしろい、意味のある活動をされている人を知っているし、関わっているコミュニティもある。自分がそこにいて心地よい場所にいること。心地よくないと感じたら離れればいい。もしかしたらまた戻ってきたときに感じ方も変わっているかもしれない。

定住は苦手。あちこち渡り歩いて、楽しいコト、心地よい場所を見つけていく。









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