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自由詩、散文詩

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現代の日本語による自由詩または散文詩
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2023年12月の記事一覧

[詩] 声

[詩] 声

テレビを突然消したものだから茶の間は混乱した。今夜、皆で歌番組を見ていると、爺の左手が急に電源を切ったのだ。姉や母や婆が〈いいところなのに〉と口々に小声を尖らせる。何が我慢できなかったのか、爺はもう土間に降りようとしている。〈点けてもいい?〉と中学生の姉。もう少し待ちなさい、と父。〈戦争から戻ってかれこれ三十年にはなるのにねえ〉蜜柑を取ろうとしていつも通りに婆が尻をあげる。女の声高い歌謡曲がつっと

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[詩]名前

[詩]名前

お彼岸には一族が集まることになっている。と、言っても集まるのはせいぜい十余人。立ち居が不自由になってきた伯父伯母は年を追うごとに減って、とうとう一人になってしまった母は車椅子で参加する。齢百と言われればそうとも見える老人もいる。幾人かの若い人は、どこの誰かもう判らない。
菩提寺の奥に墓所がある。並んでいる墓石には、苔生したのも雨風に徹底的に丸められたのもある。殆んどの世話は寺男に任せているのだが、

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