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”親ガチャ”という言葉について。

【これは学校の課題で書いた親ガチャについての作文を文字に起こしたものです。推しと関係なくてごめんなさい。投稿したくなりました】



”親ガチャ”という言葉をご存じだろうか。
2021年9月に流行語となった、羨望する他者との環境的要因と遺伝子的要因の違いを『努力では挽回できない差』と”ガチャ”に例えた日本のインターネットスラングである。SNSの普及で他人の私生活の良い面が見えるようになったことが親ガチャという言葉が流行した主な理由であり、逆に、親目線から”子ガチャ”と例えるスラングも生まれてきている。
では、親ガチャの当たりとはずれは何なのだろうか。一般的に、金銭的余裕、家庭円満という環境的なものや容姿端麗という遺伝的なものが親ガチャの当たりと言われている。そして、ネグレクト、虐待、貧乏、容姿の悪さなどが親ガチャのハズレとなるのだ。
実際、この親ガチャ問題についてどう考えられているのだろうか。ネット上では「努力したくない若者の言い訳」「産み育ててもらったことに感謝すべき」という反論意見が多数上がっているのに対して、「親ガチャという言葉に救われた」という声も上がっている。
親ガチャという言葉は、自分ではどうしようもできない苦しい状況下に置かれている人達にとっては凄く救いのある言葉なのではないだろうか。
私は、この親ガチャという言葉自体はいいと思う。しかし、容姿や金銭的な問題を親ガチャ失敗というのは果たして正しいことなのか。ネグレクトや虐待のように、親自身の言動が原因で苦しい状況下に置かれている人が「親ガチャ失敗した」というのは理解できるが、親自身もなりたくてなっている訳では無い、親自身の言動が原因ではない状況下を親ガチャ失敗と言うのは間違っていると私は思う。なにより、ネグレクトや虐待は年々増加し、親ガチャという言葉が生み出され流行るようになってしまった現在の日本がとても危険で恐ろしい状況だと言えるだろう。

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