愛はまやかし

いつのまにか好きになっていたなんて、別れる時に一番困る理由だと思う。
 どうして俺を捨てるんだ、どうして俺をわかってくれないのだ、俺のことをもっと労われ、続け様に不器用な私の彼氏とやらが泣き喚くよう視線をぶつける。
 疲れたんだ。飽きたんだ。しんどい。もう消えて欲しい。あなたを要らなくなった。責任はどちらにもあることをあなたはわかっていないから、嫌。
 全てを否定する化け物になってみても、雄吾はわかっちゃくれない。
 喫茶店だった。二人きりの時に別れを切り出すのは恐ろしかったので、外に呼び出しそれを告げた。雄吾は敏感にもそれすら察知して、拭きれない愛を憎しみに変えて化けてしまった。
 俺を好きだって言ったくせに。俺だけがいいって言っていたくせに。俺はお前にいろんな手を尽くしてきたのに。なぜ裏切るのだ。
 雄吾の目はずっとそう言っているのに、私たちは実際会話なんてしていなかった。
「別れましょう」
「わかった」
 席を立つ彼の背中からは穴が見えた。そこにかつてあったのは削がれた私の過去の気持ち。
 好きだった人、なんて美しいものに変えられようがない。なぜかはわからない。女だからかもしれない。だけどただ、憎しみに変えようという気はさらさら起きないので、私が女であることは良いことかもしれない。
 珈琲をすすっていると、隣でヘッドフォンをしていた金髪の男がこちらを見ていた。それで私も視線を投げやると、

「たいへんだね、恋は」

と言った。

首を傾げてみればその男は嘲笑うよう眉根を下げて口はだらしなくひん曲げ、鼻にシワを寄せてハハハ、と手を叩いた。

「バカにしてくれるのは結構です。ただ不愉快ではあります」

私がそれを言えば、彼は思いの外真面目な顔で、私を見つめてきた。よく見れば整いすぎた造作で、女にもてはやされてきたであろう肌をしていた。唇の横にほくろがある。色白で、金髪にはちょうど似合う。

「お前さ、俺と付き合わない?」

 何を言われたか一瞬間分からなかったが、え?と聞き返すほか術はなく、私は実際、え?と不快や快楽全てがなくなった疑問を投げつけた。

「俺、佐久間潤。お前は?」

ちょっと待って。よくわからない。なぜいきなり、こんな恋人と別れたところで嘲笑われた男にナンパをされないといけないのか。

「失礼ですよ。ふざけてるなら、他を当たってください」

警戒心しかない表情を出して視線を外し、珈琲をすすれば、佐久間は髪の毛をいじりながら頬杖をついて、私をじっとりとした目で見た。

「お堅いな。つまんない女とか、言われてきてそうだ」

ため息と同時に、いつまでたってもその言葉にがんじがらめな自分を知る。奥底のほうで憤る気持ちと、それから私の乗り越えられない壁を思い出す。
つまらない女。そう言ってきた男はみんな、都合のいい女に向いたから、わたしは間違ってなど居なかった。だけど、絶対に都合のいい女はまた、その男を都合よく使っていて、上手く生きていくのだ。
私のように四角くはなく。グレーで。丸くて、自由で、美しくて。

「俺は嫌いじゃないけど。どうせ、人なんてみんな、面白くてつまらないからね」

笑った佐久間の、薄く色づく唇が、やけに眩しく輝いた。

「付き合おうかな」

言っていたのは、つまらないはずの私だった。自分で驚いて、すぐさま否定をしようと思い首を振るが、佐久間は笑っていて、その笑顔がどうしてか、惹きつけられて、目が離せなかった。