聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇53) 〜ソロモンの審判
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
ソロモン。
ダビデとバテシバの息子。
イスラエル王国第三代の王(第一代はサウル、第二代はダビデ)。
旧約聖書をまだ全然知らなかった時は、「なんかソロモンっていう賢い王さまがいたって感じ?」程度の認識だったなぁ。
名前は知っていた。
有名だからね。テレビの番組名にもなっていたからね。
テレビ東京系で2004年〜2005年までやっていた『ソロモンの王宮』。そしてその後を継いで2014年までやっていた『ソロモン流』。
どちらも各界の賢人をとりあげて取材した番組だった。
この番組で「ソロモン=賢人・賢者」というイメージが、なんとなく一般にも広がったと思う。
本では、動物行動学の古典、コンラート・ローレンツ著の『ソロモンの指輪』が有名ですかね。
ソロモンが神から授かった指輪が「ソロモンの指輪」。
これをすると動物や植物と話せるようになったという夢のような指輪。
ローレンツは、「まぁ指輪をしなくても、少しは動物を理解することはできるんだよ」という意味でこの題名を本につけたらしい。名作だよね。
あとは、宮部みゆきのベストセラー小説『ソロモンの偽証』ですかね。
これは映画にもなっている。
たぶん、今回のテーマ「ソロモンの審判」からの法廷ミステリーなのだろうけど、なぜ宮部みゆきがソロモンの名を使ったか、実はボクはまだこの本を読んでいないし映画も見ていないのでわからない。本を読んでから追記したいと思う(もう買った。けど大長編なのでいつになるか・・・)。
賢人として称えられる一方で、後世においてソロモンは「堕落者」として糾弾もされている。
ソロモンはヒーローではあるのだ。
国の基盤を整え、経済を大発展させた賢王だ。
ソロモン前とソロモン後では別の国みたいに発展し、国際的にも名声を得た。貿易を盛んにして経済を発展させ、官僚制度を確立し、大規模な土木工事で各地の都市を強化した。そして、エルサレムにイスラエル王国初の神殿も建てた。
さらに、近隣諸国と条約を交わし、政略結婚も取り入れる。
たとえばエジプトからファラオ(王)の娘をもらうことで安全保障を確立するなどをし、イスラエル王国を強国に育てあげた。
ただ、その一方。
重税と賦役で民衆は苦しむし、なにより近隣諸国と政略結婚をくり返したことで、王妃の数がすごいことになってしまう。
なんと、妻700人、側女300人!
合計、大奥に女性が1000人!
その結果、異国からの「異教を信じる王妃だらけ」になってしまい、ソロモンも「まぁ妻たちのことだし、それはそれでしゃーないわ」と、異教を黙認してしまうのだ!
いや〜、嫉妬深い神が、そんなの看過するわけないじゃんソロモンちゃん!
で、栄華を極めたソロモン王の時代は、ソロモンが死んだ途端に神がぐじゃぐじゃにし、北と南に分裂してしまうのだ。
・・・というかソロモンちゃん?
賢者じゃないの?
バカなの?
というかですね、このあと説明するけど、ソロモンって若いときに神から「善と悪を正しく見分ける力」を授かっているわけですよ。
なんで神が一番イヤがることを見分けられなかったかなぁ・・・。
ということで話の流れをざっと見ていこう。
ダビデが亡くなり、正式に王になったソロモンの夢枕に神が立つ。
「ソロモンよ、おぬし、何が一番ほしいかの。なんでも望みを叶えてやろう」
いやー、こんな優しい言葉、いままで神さま言ったことないよねえw
で、ソロモンは答える。
「神よ、あなたの下僕であるわたしに、善と悪を正しく見分けられる力をお与えください」
神、ちょっと驚く。
「うぬぬぬ、よくぞ言った!
お金でも長寿でもなく、智慧を求めるとはなかなかのものじゃ。
よし! おぬしの願いを叶え、賢者の智慧を授けよう。
そして、おぬしが望まなかった富と名声、そして長寿までも全部授けようぞ!」
マジか神。
よっぽど機嫌が良かったんだなw(実際には神はダビデを愛していて、ダビデの息子のソロモンもその流れで愛するということなんだけど)
・・・というか、もう一度聞くぞソロモン。
異教が大嫌いな神から「善と悪を見分ける力」を授かったのに、異教が神にとっての「悪」だって何でわからなかったんだ? 本当に智慧を授かったのか? というか神は本当に智慧を授けたのか?
なんか、とことん詰めたくなるわw
ルカ・ジョルダーノ。
若きソロモンの夢枕に神が立ったところ。
神がWi-Fiで「智慧と富と名声と長寿」を転送している。
マルク・シャガールさんも転送の場面。
クリスチャン・サートマン。
で、神からいろいろダウンロードされ、えらく賢くなったソロモン青年。
なんかハーバードとかにいるよね、こういうタイプの顔の人。
シメオン・ソロモン。
これはもう賢者として国をおさめ、成功しているころのソロモン王かな。
なんか難しい顔して哲学でも考えている風だけど、大奥には妻700人側女300人でウハウハ!。
さて、ここからが今日の本題「ソロモンの審判」だ。
賢者ソロモンは裁判も実に上手だった、というエピソード。
ある時、2人の女がソロモン王に訴え出る。
女1「あたしら一緒に住んでんだけど、3日違いで子どもを産んだんですわ。で、ある晩、ひとりの子どもが死んじゃったんですよ。そしたらこの女、私の子どもと死んだ子をすり替えやがって」
女2「アホなことを! 死んだ子は元からあんたの子だろーが!」
女1「おめえ何言ってんだ! 死んだ子を入れ替えたこの鬼女!」
女2「んなことするか! このクソババア!」
・・・双方一歩も譲らない。
で、ソロモンの審判。
「うむ、相わかった。
よいか、女たち。そんなに言うならこの赤ん坊、ふたつに切って分け分けすればよい。
ほれ、そこの従者よ、赤ん坊をふたつに切って女たちに等分に分け与えなさい」
ハハーーーっとばかりに従者が刀を振り上げ、今にも切りそうなとき、女1が叫ぶ。
女1「や、やめてくだせー! 王様、もうそれならこの女にくれてやってくだせー! わたしは諦めます(泣)」
で、ソロモンが言うわけだ。
「しかとわかった。子を思い、諦めたほうが真の母親じゃ。この子はそなたの子であるぞ」
この名裁きはイスラエル中で話題になり、人々は口々にソロモン王の智慧を称えたというエピソード。ちゃんちゃん。
実はこのエピソードが元になって、日本のいわゆる「大岡裁き」が作られている。
日本では、母親2人に子供の手を引っ張らせる。
大岡越前守は「勝った方を本当の母親と認めようぞ」と言う。
泣く子の両手を引っ張る2人の母親。で、一方が途中で子どもを不憫に思い、手を離す。
そして大岡越前守が言う。「手を離したほうが真の母親ぞ」。
・・・まぁだいたい一緒やね。
ということで、絵を見ていこう。
今回も有名なエピソードなせいか、絵は多いよ。
まずは今日の1枚から。
迷ったんだけど、巨匠ルーベンスのこれにした。
結局いろいろたくさん絵を見たんだけど、いろんな意味でよくできたいい絵だと思う。
なんだろう、まず構図が好き。
ドンッと真ん中に男の背中を置いて右と左を区切って空間を感じさせ、ソロモンと母親ふたりの立場も分けている。そして、母親ふたりの腕の線とソロモンの腕の線、従者の視線とソロモンの視線が二等辺三角形としてつながっているのもキレイ。従者も二等辺三角形だし。
そして、母親ふたりの表情や仕草もよい。赤ん坊もとてもリアル。ソロモンの表情もいい感じ。
なんかとてもいい絵だと思う。
ルーベンスはもう1枚描いていて、こっちのほうが有名。
マジで切ろうとしている場面の迫力はこれが一番。とはいえ、ソロモンもふたりの母親もなんか表情が普通なんだよな。しかも母親たちの服が豪華すぎるw
プッサンのこれはこのエピソードの絵としては一番有名かも。
もう典型的な三角形の構成で(ソロモンとふたりの母親が三角形を構成している)、とても安定感のあるいい絵。
左側に赤ん坊を切ろうとしている従者。右の母親は死んだ子を抱いている。黄色い服の母親が「もうやめてくだせー」って言ったんだろうな。
ソロモンをど真ん中に置いた安定感もすばらしいと思う。
ギュスターヴ・ドレさん。
この絵は、母親が「やめて! 切らないで!」という気持ちが切迫感をもって一番伝わってきた。好き。いや、このテーマ、いい絵が多いなぁ。
マティアス・ストーメルから2枚。
この労働者みたいなねじり鉢巻した従者がいいね。すごく人間臭くていい絵。
こっちもいい絵。
すごい照明効果で劇的に瞬間を切り取っている。
クラナッハ。
これはとても法廷っぽい1枚。多くの人間の表情がそれぞれ描き込んであってとてもおもしろい。これもいい絵だな。
フランシスコ・グティエレス・カベロ。
こちらは法廷ではなく大宮殿の中の王座で裁きをしている。
いや、ソロモンの治世ですごく繁栄したらしいけど、ここまで大きくはなかったと思うな。
ウィリアム・ブレイク。
ブレイクさん独特の世界観。
このキンキラキン感はリアルだったらしい(とにかく宮殿の中に金を使いまくったらしい→このページの最後の方に宮殿の絵があります)。
ただ、なんつうか、横になってる死んだ子も、抱かれている生きた子も、子どもがとにかく、ち・い・さ・す・ぎ・!w
ニコライ・ゲー。
白い服がとても印象的な1枚。いい絵だね。
ウィリアム・ダイス。
この絵も嫌いじゃない。ソロモンの顔とかイメージ近い。
Gaspar de Crayer。
この絵もいいね。ただ、ソロモンがなんか全然賢人に見えないw
バレンティン・デ・ブローニュ。
赤ん坊というより、もうわりと大きい子どもになっているね。
バロック後期の画家、ルカ・ジョルダーノ。
暗闇に浮かび上がる赤ん坊が印象的な絵。
ホセ・デ・リベーラ。
死んだ赤ん坊の色が不憫。ちょっとソロモンが年老いすぎているなぁ。旧約聖書でもソロモンの物語の初期に書かれているエピソードなので、もっとずっと若いと思うぞ。
レオネルト・ブラマ。
これも相当劇的に描こうとしているけど、暗すぎてよくわからないというのが正直なところ。
巨匠ラファエロ。
登場人物を絞ってあってシンプル。
これもラファエロ。
なんか絵が雑なので、ラファエロの弟子たちの絵かもしれない。
レンブラントの弟子、Constantijn Daniel van Renesse。
確かにレンブラントっぽい王様の服だな(レンブラントはいつもこんな服でこの時代を描く)。母親たちの表情が見たい。
フランス・フロリス。
こちらが真の母親だ、とソロモンが指さしているところ。劇的効果を出すなら、周りの重臣たちがもっと驚いたほうがいい気がする。
セバスティアーノ・デル・ピオンボ。
これは不思議すぎる絵。赤ん坊はどこにいる? 右手の赤い服の人が抱いているのかな。母親ふたりを除いてみんな顔がダークになっているのは何故? そして右側のハダカの男は何? なぞが多い。
ティエポロの天井絵。
天井絵だけに下から見上げる視点で描いている。
ジョルジョーネ。
屋外で裁いている感じ。風景が美しい。というか、赤ん坊がすごい。
この体幹、すごくない?
このエピソードの最後は、ストラスブール大聖堂のステンドグラス。
どっちが真の母親かわからないけど、死んだ子どもがちょっとかわいそう。
さて、もういい加減長いけど、少しだけ追加。
ソロモンの治世は経済政策がうまく行き、栄華を極めるんだけど、一番大切な十戒の「契約の箱」はまだ簡素な天幕の中に収めていたんだな。
モーセの「マナの奇跡」の回で取り上げたこの絵とか、覚えてくださっているかな。この真中の天幕。
で、ソロモンは「さすがにそれでは簡素すぎる。天下に誇れる神殿を作ろう」と思いたち、7年に渡る大工事をする。
そのための重税と賦役で民衆に不満が溜まっていくというよくあるオチでもあるのだけど。
その設計をしている絵とかが少しあるので、それを載せて今回はオシマイ。
青木繁。
キタ!初の日本人画家。しかも青木繁!
ソロモン王がエルサレムを眺めている。手に書類みたいのを持っているから、これは神殿の設計図だと思われる。
Andreas Brugger。
これも設計図を広げているんだけど、いや、設計図でかすぎるやろw
こんな設計図だったらしい。
クリスチャン・シュセーレ。
神殿のために集めた鍛冶屋たちとソロモン王。
アンドレア・ヴィチェンティーノ (Andrea Michieli)。
これは新しい神殿に「契約の箱」を運び入れているところ。
で、出来上がったのが、こんな感じだったらしい。
ま、中身がキンキラキンなんだよねw
ソロモンは栄華に酔ってどんどん堕落していくわけだ。。。
ということで、今日はこれでオシマイ。
次回は「ソロモンとシバの女王」で、どんどん堕ちていくソロモンを取り上げるよ。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。