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人生は捨てたもんじゃない。映画『ハンナとその姉妹』

いままで観てきた映画の中で、自分的に「座右に置いておきたい映画」を少しずつ紹介していくコーナーです。


まだアマゾンも配信もなかった頃。
ちょっと気になる曲とかを探そうと思ったら、ボクたちは大きなCD店に行くしか方法がなかった。

不便な時代だった。
でも、不便だからこそ、「手に入ったときの喜び」は二倍にも三倍にもなった。そしてそのCDや音楽を必然的に何度も何度も聴き、深く愛することになった。

この映画の主題歌として使われている曲も、そういう過程を経て深く愛することになったものだ。

この映画を観直すたびに、あのCD店を探し回った日々が思い出される。

『I've Heard That Songs Before』というスタンダード・ナンバー。
この映画の中で何回も印象的に使用されている曲だ。

この曲を探していくつものCD店をとにかく探し歩いた。

この曲の邦題が『いつか聴いた歌』であることは、和田誠がスタンダードについて書いたまさに『いつか聴いた歌』という題名の本で知っていた。

この本の中では、この曲について「ヘレン・フォレストの歌で有名になった」と書いてあった。

でもボクは「この映画で使われたバージョン」が欲しかった。

この映画の中で繰り返し使われているのはインストゥルメンタルだ。ヘレン・フォレストの歌など入っていない。

そしてとてもイイ。
実にイイ。
いったいこのバージョンの曲はどこに売っているのだろう?
どうやって探せば良いのだろう?

映画のエンドロールで示される楽曲のクレジットでは演奏者の名前のみがのっていて原盤がわからない。うーん・・・。

で、結局見つからずにあきらめて、和田誠が書いていたヘレン・フォレストのをとりあえず買おうと思ったら、これがまためったに置いていない代物。

ヘレン・フォレストのベスト盤にもこの曲は入っていなかった(当時では)。

・・・で、探しに探した末、ある店で輸入版のCDをやっとこさ見つけだのだった。
クリス・コナーとのカップリング物だった。


ハァやっと見つけた!
で、家に帰ってすぐに1曲目の『I've Heard That Songs Before』を聴いていたら・・・・なんと!映画のそれだった!

つまり、ウッディ・アレンは映画の中で、このヘレン・フォレストが録音したバージョンのながーい前奏の部分を使用していたということ。

なんだなんだ。それならそうと早く言ってくれ〜!

↓これがその曲。とってもイイから聴いてみて。


さて。

この映画『ハンナとその姉妹』は、そこで使われている曲をこうして探しまくるくらいはフェイバリットな映画なわけです(ちょっと強引)。

でもそうだな、日によっては生涯ベスト10に入るな。
そのくらいは好きな映画だ。

どこがそんなに好きかって?

まず「常識的にはおぞましい人間関係をごく自然に見せるその温かい描き方」が好き。この映画での、ウッディ・アレンの人間に向ける目はたいへん温かい。

一見正常そうな家族なんだけど、よくよく覗いてみるとホントおぞましい。
でも彼の映画の中ではそれがごく自然に見えるから不思議だ。

それは彼の温かい目があるからだろう。
冷たい目によって描かれたら「現代に潜む病巣を的確にえぐった」などとマスコミに書かれてしまいそうな、単なるスキャンダラスな映画になるところだ。

次に「全体に漂うアナログ的な雰囲気」が好き。
ビスコンティの「家族の肖像」を思わせる(意識していると思う)落ち着いた大人の雰囲気。

照明がうまい。ヨーロッパ的。
選曲も渋くアナログっぽい。
そしてまったくあかぬけない登場人物たち。

これらが混ざりあって独特のアナログ感を醸し出している。
最先端医療の現場すらアナログっぽく見えるから面白い。

細かい場面・演出・演技もいろいろ好き。
マイケル・ケインが妻の妹にドキドキし待ち伏せする描写。うまいのなんの。共感してしまう。男の気持ちが、そして不様さがよくでている。

TVの現場のステロタイプな描き方。
舞台であるニューヨークの寒々しい描き方。
病院でのアレンの恐怖の描き方。
音楽の効果的使い方と選曲・・・要は好きな場面が一杯ある映画なのだ。


そしてそして。
その底流に流れる「人生は捨てたもんじゃない。いろいろあるんだから楽しめばいいんだ」みたいな気分が好き。

まぁこれは主題に近いんだと思う。
人生の混沌を愛しているウッディ・アレンの特徴がとてもよく出ている映画だと思う。

ウッディ・アレンの映画って基本的にどれも大好きなのだけど(特に1970〜80年代)、これはその中でもシニカルにならず真っ正面から向き合っている演出だと思う。観ている人を煙に巻くいつものウッディ・アレンがここにはいない。

というか、ウッディ・アレンって、どこか寺山修司みたいなインチキ臭さ(←敢えて愛を込めて言ってます)を感じません?

『ボギー、オレも男だ』や『スリーパー』の頃の彼はどうも寺山修司に重なってしまって、ボクには辛かった。
『アニー・ホール』あたりもそう。まだシニカルで小手先っぽくて知性のひけらかしぽくてニセモノっぽい。

でも『カイロの紫のバラ』、そしてこの『ハンナとその姉妹』あたりからぐっと良くなった。ミア・ファローと出会ってからだろうか。ある種の品が出てきたと思う。より正攻法の映画になってきた気がする。理屈が少し後ろにいってバランスが良くなったのだ。

それが結実しているのがこの映画。品良く真っ正面から「混沌」を描いている。そして「混沌こそ人生。捨てたもんじゃないでしょ」という主張が気持ちよく心に入ってくる。

まぁ彼の人生自体が混沌なのだけれど、それを映画の中で好んで表現するところが面白いよね。映画という表現手段を使って自分自身の生き方の「言い訳」をしているような気もする。


この映画、折に触れて見返すんだけど、ふと気づくと毎回共感する登場人物が違ったりする。

そう、ボク自身の中に、すべての登場人物たちがいる。

心配性で視野の狭いウッディ・アレンも、何事も完全にこなそうとするミア・ファローも、自分に自信がなくて行き当たりばったりに生きているダイアン・ウィーストも、他力本願で流されやすいバーバラ・ハーシーも、優柔不断で小心で自己満足的なマイケル・ケインも、自分のことしか関心がなくて小さい世界に閉じこもっているマックス・フォン・シドーも・・・

ボクの中に、すべて、いる。

そう、すべてが自分の中にある。
そういう混沌こそが人間だ。人生だ。

ボクは感情よりも理性が先に立つ方なので、自分の中の「混沌」や「矛盾」を許せない時期があったのだけど(特に若い頃)、この頃ようやくそれらを愛せるようになってきた。

そしてまた、この映画に惹かれていく。

いい映画だな。
巡り会えて良かった。


Hannah and Her Sisters
Woody Allen
Woody Allen, Barbara Hershey, Carrie Fisher, Michael Caine, Mia Farrow, Dianne Wiest, Maureen O'Sullivan
1986年製作
107 minutes

製作・・・ ロバート・グリーンハット
監督・・・ ウッディ・アレン
脚本・・・ ウッディ・アレン
撮影・・・ キャロル・ディ・バルマ
編集・・・ スーザン・E・モース
キャスト・ ウッディ・アレン
      ミア・ファロー
      マイケル・ケイン
      ダイアン・ウィースト
      バーバラ・ハーシー



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