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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇29) 〜「ポティファルの妻の誘惑」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


今回は絵の数が多い。

なぜかというと、スキャンダラスなお話だからだ。

想像してみてほしい。
こういう絵が多く描かれたのはゴシップ誌とかグラビア誌とかないころのことなのだ。
もちろんネットもない。TVのワイドショーもない
本は流通してただろうけど、そもそも文字を読める人が少ない

つまり、絵画は最大のメディアだったのだ。


しかも、一般人の裸を描くことはハレンチと言われ、御法度。
いや、裏では流通していただろうけど、表で公然と流通するのは、マネの「草上の昼食」あたりまで待たないといけない(たぶんね)。

でも、「旧約聖書のエピソード」なら話は別だ。

堂々と描ける。教会公認で描ける。
しかもネタ自体がスキャンダラスなものだから、存分に扇情的に描ける。

だから画家自身も「オレもそーゆーの描いてみてー」って思っただろうし、画家のパトロン(貴族とか)も「ねえねえ、アレ描いてよ、アレ」って画家に頼んだんだろう。
そして民衆もそういう絵が発表されたら大騒ぎで見に行ったと思う。

「そういう品のないの、あんまり描きたくないんだよねー」って画家が思ったとしても、発注側が「金払うからアレ描いてよ」ってなったら、まぁ描くよね。仕事だし。生活かかってるし。

しかも、画家の世界は超男性社会だ。
女性画家がほとんどいない。いたとしても女性画家にこういうネタの発注が行かない。

つまり、男性視点での扇情的な絵ばっかりw


その辺はご覚悟を。
まぁ後述するけど、「今日の1枚」には結果的に女性画家の絵を選んだ。
やっぱ女性視点だけあって、なんか扇情的だけではなかったのが良かった。


ということで、今回は絵の数が多いんだけど、その前にざっとストーリーを紹介しておこう。

前回書いたように、ヨセフは兄たちに奴隷としてエジプトに売られてしまう。

そして、エジプトのファラオ(王)の侍従長を務めるポティファルという役人のところで奴隷として働くようになる。

そこで、ヨセフは出世するわけだ。
超有能で、なにやらせてもうまくやる。だからポティファルの信頼を勝ち得て、すぐに家や財産の管理をすべて任されるようになる

有能なだけでなく、ハンサムだったヨセフ。
ポティファルの奥さん(名前は出てこない)がそんなヨセフに目をつけて、毎日言い寄るようになる。「ねえ、ヨセフ、今晩私のベッドに来なさいよ」って。

ヨセフは、真面目だからなのか、信心深いからなのか、ポティファルの奥さんが魅力的でないからなのか、その誘いをかたくなに拒み続けるわけ。

で、ある夜、家に誰もいないのを見計らって、ポティファルの奥さんがヨセフを無理矢理ベッドに引きずり込もうとする

でもヨセフは必死に拒み、逃げおおせるんだな。
まじめ〜!

でも奥さんとしては面目丸つぶれだ。
だって、満を持して相当大胆に誘ったはずなのに、逃げられたからね。
「よくも私に恥をかかせたわね! もう許さない! ヨセフが私を襲ったことにしてやろう!」と、旦那にウソをでっち上げて訴える。

で、ヨセフは牢獄にぶち込まれる・・・。

というストーリー。
なんか、この手の浮気話の原型になるようなお話だね。


さて。

多くの画家が絵にしているのは、奥さんがヨセフを無理矢理ベッドに引きずり込もうとする場面である。

扇情的にするためなのか、奥さん自身もかなり魅力的に描いている絵が多いし、意外と優雅に誘っている絵も多い。

でも、ボクはそこが不満

だっていままでも毎晩のように誘ってたんだよね。
でも断られている。
奴隷の分際で、偉そうに断っている。

「だったらもう超大胆にやってやるわ。断れるはずなどあるわけないんだもの!」


ポティファルの妻は、そう考えて、相当大胆に、相当捨て身でベッドに引きずり込んだと思うんだな。

その感じが、欲しいなぁ・・・。
優雅なはずないだろう。

別にリアリティが欲しいわけじゃないけど、こんだけ多くの絵が並ぶと、そういう方向にきちんと描いてある絵じゃないと、少し不満が残った。



ということで、今日の1枚。

アレクサンドラ・ベコバ(Aleksandra Belcova)。
名前を見てわかるように女性画家だ。

これ、まさに女性だから描けた絵なのかもしれないな、と思う。
なんというか、毎晩誘ったのに断り続けられた奥さんの「え、まさか! あんたここまでさせて逃げるわけ! 奴隷の分際で!」という怒りと必死さが伝わってくるようだし、ポティファルの妻ってこういうタイプだとも思うんだよな。そういう意味でイメージが近い。

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だって、この顔(↓)w、あとから復讐しそうじゃん?

そして、旦那も妻の訴えを聞いて、最初は「まさか、ヨセフが・・・」と信じなかったという。
その「まさか」には、ヨセフを信頼しているのもあるけど、「いやいや、おまえ、ありえへんて。自分の顔と年齢考えてみ?」ってのもあったと思う。

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なんかそういう感じがこの絵にはすべて入ってる。
ちょっと迷ったけど、今日の1枚はこれかなぁ。このエピソードでこれを一番に推す人、世界でボクだけかもしれないけどw


他にも、なるほどなー、と思った絵がいくつかある。
ドイツ印象主義を代表する画家のひとり、ロヴィス・コリント
ちょっと現代風ではあるけど、他の絵と比べても強烈だ。

いや、ここまで大胆かつ無理矢理に誘ったと思うし、ヨセフも相当焦って、後先のことを考えずに逃げたと思う。

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ハンガリーの画家 Miklós Mihalovits のは、エジプトっぽいリアリティがあってこれもわりと好き。
なんだろう、こんな感じの誘い方だよなぁと思う。

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巨匠系ではティントレットのこれなんか雰囲気出ているな、と思う。
そうそう、こういう熟年系の奥さんだと思うし、まだ若いヨセフとしたら、ご主人の妻ということもあるけど、「いやいや無理!」という感じでもあったと思う。

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巨匠といえば、レンブラントがちょっとビックリだ(↓)。

いや・・・ここまでハッキリと局部を描いた絵ってあまり見たことないんだけど(クールベの『世界の起源』以外で)、裏で流通したものかもしれないなぁ・・・。
ちなみにヨセフの表情はいいねw

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レンブラントからもう1枚。
これはもう奥さんが旦那を呼んで「奴隷のヨセフが私にひどいことを!」って訴えている。
実はレンブラントは同じ構図でいくつか描いているんだけど、この絵はヨセフ(左端)の表情がいいw

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ヨセフのこの表情とポーズw
「神に誓って何もしてません」ってやってるんだろうけど、なんか幼少時代の「空気が読めないヨセフ」を彷彿とさせて好きだな。

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さて、この辺から「ポティファルの妻がわりと魅力的に描かれている絵」が増えていく。

上の数枚の強烈なのを見たあとだと、なんか「ほんま〜? こんないい女〜?」って思ってしまう。

というか、まぁ当時のグラビア雑誌と思えば、美しい顔と裸を見られるだけで良かったのかも、とも思う。


ムリーリョ
2枚描いているけど、1枚目のほうがリアリティがあってわりと好き。
ヨセフの「ひえ〜」も1枚目のほうが良い。

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2枚目の奥さんの表情の複雑さはわりといいけど。

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グエルチーノ
なんかギリシャ女神みたいになってきてるw
「あら、かわいい」ってアゴに手を伸ばしてる感じはわりといいね。

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次に2枚はなんか同じ構図の裏焼きに近い。
どっちかがどっちかの絵に触発されて描いたのだろう。

ジーン・バプティスト・ナティエ(Jean-Baptiste Nattier)。

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ラザロ・バルディ(↓)。
ね、ポーズがまったく一緒だ。

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ピエトロ・リベリ
ヨセフの顔を描くのをさぼったなw

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フランチェスコ・ソリメーナ
ヨセフの横に「忠義」の寓意である犬を配してる。
奥さんはなかなか魅力的に描かれているから、ヨセフの意志と忠義の強さを強調する方向の絵なのだろうと思う。

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ニコラス・ベルタン
奥さんなかなか魅力的なこともあり、ヨセフは少し苦しんでいる風にも見える。あー神よ、やりたい・・・ってw

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アントニオ・デル・カスティーロ・イ・サアベドラ
この逃げ方だとちょっと奥さんが可哀想だ。
ちなみに右の方の牢屋の絵は、この後のお話で「牢屋でヨセフが夢解きをする場面」を描いているのだと思う。

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カルロ・シニャーニ

今回の可愛い大賞! つか、奥さん可愛すぎ!

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アーサー・フィッガー
もうなんつーか、雅宴画みたいになってますな。
ヨセフ、赤タイツw バレエかよ!
後ろの方にはエンジェルたちもいるから、これ、このあとふたりは結ばれて、結ばれたけど結局うまく行かなくて、という解釈なのか?w

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さて、このあとは、露出度が低くなっていく。
服着てる。
少し上品だ。まぁ邸宅とかに飾るものだったろうから、このくらいが限度なのかと。


グイド・レーニから2枚。
お上品にまとめました、という感じ。

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オラツィオ・ジェンティレスキ
カラヴァッジョから影響を受けているのがよくわかる絵。
ちょっとさ、ヨセフの去り方が偉そうだよね。まぁでもヨセフはそういうヤツかもしれない。

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「ほらほら私の可愛い子ちゃん」ってやってますな。
奥さんがアンクレットみたいにつけているリボンはなんだろう? きっと何か意味があるんだろうけど。

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彫刻もひとつ見ますかね。
プロペルツィア・デ・ロッシ。ヨセフが英雄のように逞しい。

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ゴーギャンは、なんとスポーツ刈りのヨセフ!
ちなみに右奥に見えるツボが妙に東洋趣味で面白い。なんか現代に置き換えて表現しているようだね。

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ウィリアム・ブレイク
の不思議な印象の絵。
まぁブレイクはほとんどが不思議な印象なんだけどw 
奥さん(証拠となるヨセフの服を持っている)がポティファルに訴えて、ポティファルが呆然とヨセフを見る。ヨセフもちょっと途方に暮れている。
おもしろいなぁ。これはこれでいい絵。

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ただ、これ、服装がほとんどギリシャ神話だよなぁ。。。

ちょっとリアルっぽいのも見てみよう。

お馴染みジェームズ・ティソさん。
これがリアルかどうかはボクにはわからないけど、まぁでもこっち方面だとは思う。

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セルゲイ・ソロムコ
うんうん、我々が考えるところのエジプトっぽい。
というか、妙にエロい絵。

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さて、絵が多かった今回もそろそろオシマイ。

これまたお馴染みさん、マルク・シャガールから3つほど。
シャガールはリアルに描かないので、逆に想像力が広がるけど、この題材の場合はそんなに効果を上げていない。

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この3枚目はなんだろう・・・?
完全にヨセフと寝ちゃっている。題名は「ヨセフとポティファルの妻」なんだけどな・・・。
というか、後ろに背広とかが掛けてある。つまり現代か。
もしかしたら「奥さんが男をベッドに引き入れてしまうこと」を「ヨセフとポティファルの妻」って成句っぽく呼ぶのかもしれないね。


現代の絵が出てきたところで、やはり「ヨセフとポティファルの妻」という題名がついた現代の絵を。

Richard McBee
完全に現代だね。いまでもこのエピソードはキリスト教文化圏ではこんな風に比喩として使われたりする、ってことなのだろう。

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ということで。
今回は貼り付け作業が多くて疲れた(これでもわりと厳選している)。

ええと、次回は「夢を解くヨセフ」

牢獄に入ったヨセフが得意の夢解きをやって、奴隷からいきなり総理大臣に上り詰めるまでのお話。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。



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