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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇33) 〜「モーセの誕生」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


今回からモーセのお話である。

超有名なスーパースター。
そう、あの「紅海をふたつに割った人」ですね。

古い映画だけど、当時の最新SFXを駆使したセシル・B・デミル監督の『十戒』でのこの場面は特に有名だ。


この映画に主演したチャールトン・ヘストンは、「もっともモーセに似ている俳優」と当時言われた。

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いや、似ているって何w
肖像画や写真が残っているわけではないので、何をもって似ているか、という話だけど、たぶんこの有名なミケランジェロの彫刻に似ているということだろう。

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ちなみに、この彫刻のモーセの頭に2本の角がある。

これは(諸説はあるものの)誤訳が原因だと言われている。

旧約聖書には、モーセが神に会ってから山を降りてきたとき、「モーセの顔は光を放っていた」と書かれているんだけど、ヘブライ語で「光り輝く」を意味する言葉は「角」の意味もあり、当時の公式聖書で「角」と訳したので、一般に「モーセには角がある」と思われていた、とのこと。

なるほどねー。

この角はいろんな画家たちも描いている。
数枚だけ見てみよう。

レンブラントの絵もよく見ると角がある。

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シャガールのは角とも光とも取れるね。

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ギュスターヴ・ドレのも光っぽい。
でも、光とはいえ2本描くのが慣習みたいだね。

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モーセの角の謎が解けたところで、もうちょっと豆知識を。

モーセの「三大え〜!」

● モーセは殺人者!(え〜!)
● モーセは声が小さく、かつ口下手!(え〜!)
● モーセが初めて神の声を聞いたのは80歳!(え〜!)


なんか、海を割ったりする超人かつ英雄なんだけど、実際はずいぶん違うねぇ・・・。




ま、それはそれとして。

モーセの登場の前に、さらりと復習をしてみよう(復習嫌いな人多いけど、でも何度も復習していくことでこの複雑な旧約聖書がどんどん身近になる)。

まずは「創世記」全体を1分でおさらいしてみる。
天地創造からヨセフのところまで。

神は天地を創り、人を造った。
最初はエデンの園に住んでいた人類の祖アダムとエバは善悪の知識の実を食べて追放されてしまう。
子孫は楽園の外で順調に増えるが、神は人間たちのあまりの不敬と不法に呆れ、大洪水を起こし、ノアとその家族以外を全滅させる。
水が引いてノアが祈りを捧げたとき、「怒りすぎてスマン。もう滅ぼさないからどんどん殖えよ」という誓いの虹を空に架けた。

ノアの数代後、アブラハムはいろいろあって約束の地カナンに住む。
アブラハムの息子のイサク、そしてその息子ヤコブは(いろいろあるんだけど)カナンに住む。
で、ヤコブ(途中からイスラエルという名を神からもらう)は12人の息子に恵まれるが、その11番目のヨセフを寵愛する。

父ヤコブの寵愛を一身にうけ、空気がまったく読めない青年に育ったヨセフは、10人の兄たちに憎まれてエジプトに奴隷として売られてしまう
でも彼は超有能なこともあり、エジプトでなんと奴隷から総理大臣まで上りつめる。
その後、兄たちと再会し、昔の所業を許し、カナンでの飢饉に苦しんでいた父ヤコブと兄弟をエジプト呼び寄せる。

そして、イスラエル民族はエジプトに住むようになる


モーセ・サーガを始めるに当たって大切なのは、イスラエル民族が神に約束された土地はカナン(パレスチナ)なのに、ヨセフの元を頼ったことでエジプトに住むようになってしまったこと。

そのせいで、400年後、モーセは苦労してエジプトを脱出し(出エジプト記)、カナンに戻るのである。

その過程で、海を割ったりマナという食べ物を空から降らせたり、いろんな奇跡を行う、というストーリーだ。


では、今回の物語に入ろう。

ヨセフが総理大臣をしていた頃から400年後のことである。

エジプトを大飢饉から救った名総理ヨセフの名前ももうとっくに忘れられている

それどころか、最初はヨセフ関係者として優遇されていたイスラエル民族は、人口が増えるに従って疎まれるようになり、しまいには「危ない外国人」扱いされるようになる。

まぁ現代でも移民は差別&迫害されがちだよね。それと一緒。

こうした中で、イスラエル民族はだんだん苦役を強いられるようになる。
「ま、こういう辛い仕事はあいつらにでもやらせておけ」ってなもんだ。

そうして彼らは奴隷の身分に落ちていく
石切り場での過酷な労働。
ピラミッド建設にでも使うのかな、石をひたすら切り出す苦役。
絵に描いたような奴隷である。

その過酷さに耐えかねて逃亡を企てるものには、エジプト監督官が容赦なく打ち据える。そんな状況。

のちにモーセは、そういう過酷な状況下に置かれたイスラエル民族をすべて連れ、エジプトを脱出する、という偉業をかなえるわけですね。


さて、あるとき、エジプトの王(ファラオ)はお触れを出す。

イスラエル民族(ヘブライ人)、奴隷のくせに増えすぎ!
ウザい!
これ以上増えたらかなわん!
今後、男の子が生まれたら、ことごとく殺せ!
あ、女の子はいろいろ使えるので生かしておいてOK。


この場面について、ある解説本ではグイド・レーニの『幼児虐殺』の絵(↓)を紹介していたが、これはたぶん新約聖書の「マタイによる福音書」の『幼児虐殺』の絵なんじゃないかなぁ。まぁ一応載せておくけど。

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で、このお触れが出た直後にモーセが生まれた

「こりゃ隠しきれない、このままだとこの子は殺されてしまう」と悟った両親は、生後三ヶ月のモーセをパピルスで編んだ籠に入れ、ナイル川の葦の茂みに置くのである。


この辺の絵を数枚見てみよう。

象徴主義の巨匠ギュスターヴ・モローの『ナイル川に捨てられたモーセ』。

光の角、生えてるねw
赤ん坊の時点で角描いているのはこのモローのしか見たことない。

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後ろにはスフィンクスが見える。
スフィンクスはご存じのとおり、身体がライオンで胸から上が女性。王の守護神でもある。つまり、王子となる運命を持っている、ということを表しているのかもしれない。

よく見ると右手に大きな「目」や人間の顔が薄く描かれている。
この意味はよくわからないのだが、モーセの洞察力や実行力を象徴させているのかもしれない。

いろいろ考えながら長く見られるいい絵だな、と思う。


巨匠プッサン
葦の茂みというより、川に流す感じに描いているね。

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そして、やっぱりモーセの後ろにスフィンクスがいる。
しかもなんか、超リアルw
ライオンの身体に女性の顔w

そして、この頭に花飾りをしている裸の男はなんだろう?
きっと何かなんだろうけど、今のボクにはわからない。わかったら追記します。

【追記】この裸の男は「川の神」であり「ナイル川の象徴」だそうだ。つまりナイル川の神がモーセを守っていた、ということ。

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プッサンはもう1枚同じテーマで描いている。
ここにも頭に花飾りをつけた裸の男がいるぞ(左手前の背中のヤツ)。誰なんだこいつは。(追記:この男はナイル川の神でモーセを守っていた)

ちなみに、画面中央で立っているのはモーセの姉のミリアムかも。

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・・・まぁでも、こんなところに置き去りにされたら、普通は死んじゃうよね。

でも、ここでモーセにとてつもないラッキーなことが起こる。
たまたま水浴びに来たエジプト王女の目に止まったのである。
で、こう言う。

「これはきっとイスラエル民族の子どもだわね。
あら、なんか可愛くない?
この子、私の子どもとして育てるわ。
水の中から引き上げた(マーシャー)のだから、モーセと名付けましょう」



・・・マジかw

王女やで。
私の子どもということは、王子になるんやで。
しかも、イスラエル民族って「奴隷たち」やで。

こんなこと、あり得るか?w


まず考えられるのは、王女がもう年齢がかなり行っているか、子どもができない体質かで、子どもがいなかったということ。
で、なんかの都合でなんとしてでも自分の子どもが欲しかった。だから、これ幸いとばかりに子どもを自分のものにした。

もうひとつあり得るとしたら、王女の性格が相当やんちゃというか自由奔放なんじゃないかな、ということ。
そんな彼女が、「きゃー! 劇的な出会いだわ! 運命感じちゃった!」みたいになった。そして、いろんな事情を無視して自分の子どもにしちゃった、ということ。


んー、どうなんだろう。。。


この辺について、なかなか納得させてくれる絵に出会えなかったのだけど、ボクのイメージに近いのはこのローレンス・アルマ=タデマの1枚。

これを「今日の1枚」にしようと思う。

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下で紹介していく他の画家の絵と見比べてみるとわかるけど、圧倒的に変な絵だ。解釈がまったく違う。そしてそこがいい。

・・・そうだよな、王女様の水浴びなのである。
このくらい家来を引き連れたご一行様だったとは思う。

そして、王女の奔放っぽい顔からして、この赤ん坊を「おもちゃ」や「ペット」みたいに自分のものにした感が感じられる。

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あぁ、なるほど、って思った。
やっぱ王女の性格だな。そういう顔してるし。
そして、奴隷民族だとしても、おもちゃとかペットくらいな意識なら「わたしのにしちゃおっかなー ♪ 」とか思いそうだし。

ボクの中ではとても納得度が高い1枚だ。


以下、他の画家のも見て行くけど、王女の感情がいまひとつ見えない絵が多い。

あと、この絵は「子どもの誕生のお祝いとして『描いてくれ』と頼まれることが多いテーマ」だったらしい。

貴族なんかが「今度子どもが生まれるからさー、ほら、あれ、モーセが拾われるあれ、あの絵を描いてくんない?」って画家に頼むわけだ。

だからだろう、なんか「格調高い感」「めでたい感」がある絵が多いんだな。


さて、絵を見て行こう。

上で2枚紹介したプッサン
おいおい、またいるよ、花飾りした裸のオッサン。背中向けて。こいつは何を表してるのかなぁ・・・。
というか、王女は水浴びに来たんだよね。葦の茂みに。こんな開けたところで水浴びするはずないと思うし、しかも王女は何も喜んではいないなぁ。

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巨匠ティントレット
なんか後ろで男たちが狩りをしている。
こんなとこで水浴びするか?w
あと、王女たちの感情も見えない。

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ヴェロネーゼ
王女ご一行様的雰囲気はよく出てるけど、王女の表情がなんでこんなに微妙なんだろうw 普通に「捨て置け」とか命令しそうな顔なんだけどw

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パウルス・ボル
これ、不思議な絵だなぁ。嫌いじゃないけど、でも王女の気持ちが全然伝わってこない・・・。

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ヒュイラウム・デュ・ハルダイン
水浴びというよりピクニックかね。

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ローラン・ド・ラ・イール
なんかいろんな人物があっちゃこっちゃで話していてなんか気が散る絵。

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この連載ではほぼ毎回のお馴染みさんであるシャガール
ユダヤ系ということで、本当にたくさん描いている。
これは・・・青い服が王女だろうか。右端はモーセの実母かもしれない。モーセを含めて三人を象徴的に描いている感じか。

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セバスチャン・ブルドン
これはね、赤ん坊のモーセが可愛い。
女性たちが「きゃー可愛い!」と騒ぎそうなくらいは可愛い。
侍女たちもそんな顔している。
そういう意味ではわりと納得できる絵。

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ね、可愛いじゃん?

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MoMAにあるベドリッヒ・ファイグル(Friedrich Feigl)の絵。
これはなかなか味がある絵。ボクは好き。

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お馴染みギュスターヴ・ドレさん。
全体に穏やかな絵。水浴びしてないけど、雰囲気はわかる。ただこんなに格調高い決断ではなかったと思うなぁ。

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お馴染みさんと言えば、ジェームズ・ティソさんはまた不思議な絵を描いている。
葦の茂み感も、水浴び感もいい感じなんだけど、王女が不思議ちゃんすぎるw なんか侍女に「おまえの息子にするがよいぞ」とか言って終わりな感じするしな。

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葦の茂み感はこちら(↓)もよく出てる。
ナイル川の葦の茂みで、他の人から見えないように水浴びしてた感がよくわかるいい絵。
ドイツのHans Meidという人による版画。
そして、運命の出会いっぽさもよく出てる。好きだな、これ。

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シモン・ヴーエによるタピスリー。
実物を見たいな。きっとものすごくきれいなのだと思う。

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クロード・ロラン
『川から救われるモーセのいる風景』。
ロランなので、風景が主役。

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バルトロメウス・ブレーンベルフ
これも風景が主役だ。エジプトっぽさはよく出てるけど、こんな開けたところで水浴びはしないだろうw

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このあたりまで見てきた上で、もう一度「今日の1枚」を見てみると、この画家ローレンス・アルマ=タデマの解釈がかなり「他にないもの」であることがわかると思う。
そして、王女の表情がいいよね。画家の解釈がよくわかるし、ボクはこの解釈に納得したなぁ。

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ちなみに、王女はこの赤ん坊を自分の子どもにしようと決心したわけだけど、「あ、そういえば私、お乳が出ないわ」と気づく。

そこに、モーセのことが心配で葦の茂みに隠れて見守っていた姉のミリアムが飛び出してくる。

そして「わたし、よくお乳が出る人を知っています!」ってモーセの母を紹介するのである。

「あら、それはいいわね」って王女はモーセの母と知らずに彼女を雇って乳母にするわけだ。

つまり、モーセは、普通なら殺されちゃうところから王子になるだけでなく、小さいときは実母を乳母に育てられるわけ。大ラッキー!


ということで、ミリアムが描かれている絵も少し見てみる。


ティエポロのこれ、左側にミリアムが描かれている。
「あ、うってつけの人がいるよ!」って言ってるね。

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Giacinto Gimignani
これも右側にミリアムが走ってきているね。その右横の茶色いフードをかぶっているのは実母かな。

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オラッツィオ・ジェンティレスキは2枚描いている。ほぼ同じ構図。
上はスペイン人用に描かれ、下はイギリス人用に描かれたらしい。
服装や後ろの風景の違いがそれぞれそれっぽいね。 

真ん中の王女が赤ん坊を指さしながら、左の人物に話しかけているけど、これはたぶん、モーセの実母(赤い服)とミリアム(下の緑の服)だと思う。

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アントニオ・デ・ベリス
モーセが未熟児w。
真ん中の木の後ろで見ているのがミリアムかな。

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最後に、今現在のボクでは解釈不能な作品をひとつ。
フリーダ・カーロの『モーセ』。
題名からして、籠に捨て置かれた赤ん坊はモーセなのだろう。
しかもこの赤ん坊、額に3つめの目まで持っている。周りにはいろいろな(本当にいろいろな)人たちが描かれている。なんなんだw

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ということで、意外と絵が多かったけど、なんだろう、画家の想像力があんまり飛んでない絵が多かったなと思う(最後のは別の意味での飛び方)。

今回はこの辺で。

次回は「モーセの召命」
一気にモーセは80歳になるw
で、80歳で初めて神の声を聴くわけだ。




このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。






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