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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇19) 〜「イサクとリベカの結婚」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


さて、8回に渡り追ってきた「アブラハムの物語」も今回でオシマイだ。

妻サラは、前回「イサクの犠牲」のあと、127歳で亡くなってしまい(情が移ってたのでちょっと悲しい)、その時点でアブラハムも137歳になった。

127歳とか137歳とか・・・。
旧約聖書を読んでいくと「いったい何歳まで生きるんだよ問題」はなんだか馴れてきちゃうねw

アダムは930歳で亡くなったし、ノアも950歳で亡くなった。
175歳で亡くなるアブラハムなんか短命なほうである(まぁ年の数え方や時間の流れ方が違うと思うことにしよう)。


短命とはいえ、アブラハムも、先輩たちと同じく絶倫だ
サラの死後、137歳から175歳までの間で、アブラハムはケトラという女性を妻にし、6人の子どもをもうけている。

ただ、イサク以外の子には生前分与を与えて東の地に去らせ(後妻ケトラの民族が違ったのかもね)、イサクには残りの全財産を継がせている。

そして、イサクのために下僕を故郷に送り、妻となるべき女性をみつけさせるのである。

その、妻になる女性がリベカ

今回の主役である。

ちなみに、リベカの英名スペルは「Rebecca」。 そう、レベッカだ。


小説や映画で有名な『レベッカ』とか、キリスト教文化圏の人々はきっと共通言語として「リベカ」をまず思い、リベカの若いときの可憐さや年老いてからのあくどさなんかを前提とした上で、小説を読んだり映画を観たりするのだろうな、と思う。


ちなみに、NOKKOがいるREBECCAのバンド名は、ケイト・ダグラス・ウィギンの小説『黒い瞳の少女レベッカ』から引用しているので、旧約聖書のリベカに直接の関係があるわけではない。


ちなみのちなみに、英語のレベッカの愛称はベッキー (Becky)

日本のタレントとして有名な、あのベッキーの本名は、レベッカ・英里・レイボーン、だよw



・・・閑話休題。本題に入ろう。

まずは今日の1枚。

ハープシコードの蓋にシャガールが描いた絵である。

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夜にライトアップするとこんな感じになるらしい。

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クリックしてアップにして見るとわかるが、左端でイサクとリベカが出会っている(タイトルが「イサクとリベカの出会い」なので、これは出会っている、ということでいいだろう)。

その右横に井戸があり、そこで嫁探しにきた下僕がリベカを見つける。そして井戸の右側に水瓶を頭に乗せたリベカが見える。

ということは、物語は右から左へと進んでいくのかもしれない。そうなると、中央あたりに意味ありげに描かれている木はマムレの樫の木で(つまり「三人の御使い」のエピソード)、そこでイサクが生まれているのかも。

となると、その右の方の黄色い服の人はなんだろう。右端の黒い服の人も判然としない。父アブラハム(黒服)の旅と、母サラ(黄服)の懊悩を描いたのかもしれない。

ちなみにシャガール、この絵の下描きと思える絵を残している。
これも右の方は何を描こうとしたか、いまひとつわからない。あぁ実物を見て詳細に推理したいなぁ・・・。

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この美しい絵を今回の1枚に選んだのは、基本的にめでたい話だからだ。
そのめでたさを象徴している絵だと思うし、ハープシコードだと思う。
結婚式で、このハープシコードで結婚の曲とか弾いてもらうという贅沢な体験した人とかも世界には何組かいるんだろうなぁ・・・。


さて、ストーリーを簡単に追っておこう。

ひと言で言うなら「嫁探し物語」である。

アブラハムは、息子イサクの嫁を故郷から迎えたいと思い、下僕に「故郷ハラルに行ってイサクの嫁を探してこい」と命じるのだ。

※この下僕、旧約聖書では名無しだったのだけど、後世の人たちに愛されて「エリエゼル」という名前をつけられる。なのでここでもエリエゼルと呼ぶことにする。

※※ アブラハムはウルを旅立ってハラルに一時住み、その後カナンに移動する。つまり故郷はウルのはずだ。もしかしたらハラルに親戚一同を残してきたのかもしれない。「親戚が残っているハラルで、親戚の血筋を重視して探し出してこいよ」ということなのかも。


ただね。
これ、下僕エリエゼルにしてみたら、途方に暮れる話なわけですよ。

だって命令が「故郷で嫁を探してこい」っていう超漠然としたものなわけ。

そんなんわかるかい!


落語の「崇徳院」なら、「瀬をはやみ〜」という歌というヒントで人捜しができる。でもヒントなんか全くないのだ(少なくとも旧約聖書には書いていない)。

乱暴すぎるよアブラハム。
自分が「イサクの犠牲」という試練に打ち勝ったからって、エリエゼルに試練を与えすぎだよ。

で、下僕エリエゼルは、マジ途方に暮れるわけ(想像)。

旧約聖書ではすんなり「故郷の町外れの井戸」に着いているように書いてあるが、そこに至るまでに幾多の女性に会い、探したはずなのだ。

そして、「どの女性が主人イサクの嫁にふさわしいか」という何を基準に選べばいいかわからない課題に直面し、気も狂わんばかりだったと思う。

で、絶望に打ちひしがれながら町外れの井戸へたどり着いて、もうヤケのヤンパチでこんなことを祈るのだ。

「神さま〜、アブ様ったらひどいだよ。わし、イサク様の嫁に誰を選んだらいいかなんて、皆目見当つかんだよ。もう無理。無理無理無理。だから、たとえばこの井戸で、最初にわしとラクダに快く水を与えてくれた女性を、『彼女こそがイサクの妻にふさわしい』ってことにしてもらうとか、そんなことにしてくれんかね〜」

そうやって祈っていると、タイミングよくある女性が井戸にやってくるんだな。

エリエゼルがおずおずと「水を飲ませてください」と頼むと、彼女は喜んで飲ませてくれ、さらに気を利かせて、井戸を何度も往復してすべてのラクダに水を飲ませてくれた。

つまり、祈った通りになったのだ。
エリエゼルにすれば「おおお〜! 神さま〜! ありがとうごぜますだ〜!」である。「おったど〜〜!」である。

その女性がリベカ

エリエゼルはリベカに「イサクの嫁になってくださいませ」と頼み、黄金(たいていの絵では金のブレスレッド)を贈る。

そして、リベカも、リベカの親も、その話を快く受け入れてくれる(ちなみにリベカの祖父はアブラハムの弟だということもわかった。旧約聖書では近親婚は当たり前)。

エリエゼルはもう天にも昇る気持ちだったろう(よかったねえ)。

で、リベカを連れ、エリエゼルはカナンに帰る。

カナンではイサクが待ちわびていて、めでたくふたりは結婚し、その20年後エサウとヤコブという次の物語の主役を生むのである。


ちなみにね。

若いときのリベカは、優しいし、控えめだし、可憐だし、かなりいい女だったようだ。

でも、子どもを生んだ後、わりと「あくどいこと」をする
双子を産むのだが、弟を寵愛するあまり、兄を欺し、蹴落とすのだ。

なんというか、純粋だけど、偏愛というか、ちょっとエキセントリックなところがある女性なのである。

リベカのそんな一面。
そしてエリエゼルの計り知れない苦悩。

それらが描かれていることを、今回はわりと期待したな・・・でも、ちょっと期待外れだった絵が多かった印象。

まぁいいや。
とりあえずストーリー順に絵を見て行ってみよう。


まず、わかりやすいのはいつものギュスターヴ・ドレさん。

旅をしてきたエリエゼルがリベカと出会って「水を飲ませてくれんだろうか?」と頼んでいるところだろう。
他の画家より場面説明としてはクリアにわかるいい絵。

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シャガールもそこらへんを描いている。
素朴な印象の絵。これも好ましい。
でもね、表情がちょっと不満。もっとふたりの表情に裏が欲しい。

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ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッツェッタ
これは絵としてはなかなかいいけど、エリエゼル、つらい探索行だったはずなのに、なんか普通。
急に話しかけられたリベカの驚きと初々しさは良いけどなぁ。

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ジョヴァンニ・アントニオ・ペレグリーニ
なんかリベカは親切な庶民派というよりは貴族っぽく描かれているね。あんまりこの顔は好きじゃないけど。 エリエゼルには、苦悩の果てという感がある。

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リベカが「いいですよ、どうぞお飲みください」と水瓶を差し出す場面もたくさんの画家が描いている。

その中では、この絵(↓)が好き。

ムリーリョ
エリエゼルが水を飲むところを、リベカは(失礼かと思ってか)見ない。
他の3人の女たちはみんな無遠慮に見ている
この違いを出すことで、リベカの控えめで育ちがいいところを描写している。ムリーリョ、うまいなぁ。

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それに比べると巨匠プッサンのはわりと無遠慮なリベカ。
というか、田舎娘的な捉え方なのかも。ちょっとダサいリベカ。
遠く奥の丘に立つ赤い服はアブラハムかも。そしてその横にいるのはイサク、かも。
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これ(↓)もプッサン
エリエゼルが(たぶん後世で人気が出たからだろう)えらく若く格好いい若者になっている。でもね、エリエゼルは絶対苦悩の人だよ。こんな格好いい感じに描く人ではないとボクは思う。

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ヨハン・アントン・ランブー。ちょっと引きの絵。
これ、最初はどうってことない印象だったんだけど、見ているうちにだんだん味が出てきた。遠いだけに表情が省略されていて、我々観客の想像が入り込む余地がたくさんある

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オッタヴィオ・ヴァニーニは、水瓶から皿に水を移す丁寧さ。
でも、このリベカはわりといい顔しているな、と思う。イメージが近い。エリエゼルもまぁまぁ疲れてていい表情。いい絵。

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下僕エリエゼルを超絶格好いい男に描いちゃっているのが、フランチェスコ・ソリメーナの絵。

おい、誰だよオマエ。
なんでそんなに自信たっぷりなんだよ。
そんなに颯爽と解決できる案件かよ。
つか、どう考えてもイサクではなくお前に惚れちゃうやないかい!

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次は、「あなたこそがイサクの嫁にふさわしい人だ」と、エリエゼルがリベカを口説くところ。


またまたプッサン。
きっとプッサン、この題材好きなんだね。
この絵は、このエピソードの絵としては一番有名かもしれない。

村娘の群像がとてもいいんだよな。。。
右の3人なんか「おや、なんだいナンパかい?」みたいな斜め目線。エリエゼルの左には驚いて水をこぼしそうな女性もいる。

でも、エリエゼルとリベカの表情が普通すぎる印象をボクはもった。

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ちなみに、柱の上に球と、頭に水瓶乗せてる2人の水瓶が一直線になっていて、左端の水瓶からリベカの水瓶までも、途中の水をこぼしそうな水瓶経由で一直線。なんかそういう幾何学的構成がいろいろ入っている絵かと。


ヴェロネーゼ
「あなたこそが!」と、ブレスレッドを贈ったところだ。
右にいるふたりの男性はエリエゼルと共に旅をしてきた従者だろうか。

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これ(↓)もヴェロネーゼ
ブレスレッドを贈り、さぁイサクの元へ!と言っている感じ。
ただね、リベカの顔がね、小ずるすぎる。

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ジャンバッティスタ・ピットーニ

下僕エリエゼルの疲れ切った、そしてすがるような目がとてもいい。
そしてリベカは突然のことに恥じらっている
これはいい絵だなぁ。
うん、今回、ボクの感覚にとても近いのはこの絵かも。

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カルロ・マラッタ

この絵(↓)は不思議なんだよなぁ。
真ん中の一番目立つところにいる美人、誰やねん。
まったくわからない。ファッションからして村娘ということはないだろうし・・・
もしかして死んだサラかな。死んだサラが天国から導いてリベカとエリエゼルを出会わせた、という解釈かな。

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不思議といえば、ティエポロのこの絵(↓)も不思議。
真ん中のカメラ目線のおっさん、誰やねんw 
上の絵がサラであるなら、このおっさんはアブラハム? いやいやいやw
ちなみにエリエゼルも超格好良く描かれてすぎているし、リベカの表情も微妙かなぁ。

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ベンジャミン・ウエスト
このリベカ、どない?w 
もうなんか、気の強い貴婦人になっちゃってるしw
ただ、性格的に実はこっち方面だったのかも、という気が(この絵を見ているうちに)してきたのは確か。そういう意味では説得力ある絵。

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・・・いや、実際、リベカはどういう性格だったんだろうなぁ。

上の方で書いたように、後年、相当「あくどい」ことをする。
なんか、そういう危うい片鱗をちょっとだけ表情の奥底に感じさせる絵をジュゼッペ・モルテーニ(Giuseppe Molteni)が描いている(↓)。

こういう描き方はこのエピソードではとても珍しい(もしかしたら旧約聖書のリベカではないかもしれない。自信なくなってきた)。

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コローもリベカ単体を描いている。
井戸に行く前だろう、物思うリベカ。これから起こる運命を予感しているのかもしれない。

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というか、なんかこの絵、コローの代表作「真珠の女」の原型に見えなくもない。
これ(↓)が通称「真珠の女」。
そういう目で見ると、この絵、リベカっぽいんだな。滲み出てくる性格が。

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さて、そろそろオシマイ。

エリエゼルとリベカは、カナンのイサクの元に向かう。

お馴染みのジャームズ・ティソさんが描いているのは、途中まで迎えに出たイサクとリベカの出会い。
ちょっとリベカを色っぽく描きすぎてるぞティソw
でも後年の息子偏愛を思うと、そういう性格だったのかもしれない。
エリエゼルは中央右で「お役目終えてマジほっとした〜」って感じの顔。

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もう常連と言ってもいいドレさんも、イサクとリベカの出会いを版画にしている。
ラクダの下まで迎えに出ているのがイサク。
右手前で手を振っているのはアブラハムかな。

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クロード・ロランの『イサクとレベカの結婚の風景』は、とっても牧歌的。
ロランだけに風景が主役なんだけど、なんか民族ダンスかなんかして、とても楽しげだ。幸せ感あるいい絵だね。

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上の方でも出てきたソリメーナ
覚えてる? 下僕エリエゼルが格好良すぎるヤツ。
この絵(↓)はイサクとリベカの結婚だと思うけど、超イケメン・エリエゼルも左手前にいる。

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さて。

今日の〆は、巨匠レンブラント
レンブラント晩年期の代表作のひとつで、長い間『ユダヤの花嫁』と誤って題名がつけられていた作品。実は「イサクとリベカ」を描いたもの。

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なんだかよくわからない絵だな、というのが正直なところ。
これがイサク? これがリベカ? 
そして、イサクの右手がリベカの左胸の上に置かれている意味がいまひとつわからない。別にエッチな意味ではないと思う。
・・・もっと旧約聖書を読み込んでいくとわかるのだろうか。

まぁわかったら追記しておきます。


ということで、旧約聖書での最重要登場人物アブラハムの物語はこれでオシマイだ。

このあと、アブラハムは175歳で息を引き取り、「マクペラの洞穴」に埋葬される(前回の「イサクの犠牲」の記事のラスト参照。後付けかどうかは知らないけど実在するよ)。

さて、次回からは、このリベカが生んだ二人の兄弟、エサウとヤコブの物語になる。

次回はいままでの復習と、今後の予習
たまにこういう回をはさまないと、アタマがこんがらがるもんね。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。

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