聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇64) 〜王妃エステル
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
さて、いよいよ旧約聖書の最終エピソードだ。
正確には「エルサレム帰還」とかもあるんだけど、画家たちが好んで題材にしたエピソード、という意味ではラスト。
まぁ本によっては、ラストがダニエルになったりユディトになったりいろいろなのだけど、ボクは以下のように「北」と「南」で分けたので、南の最後のエピソード、「王妃エステル」がラストになる。
このエピソードは、イスラエル民族(南のユダ王国の民族)を救った王妃の話。
物語を超ざっくり書くとこうなる。
ペルシャに征服され、バビロンに捕囚されていたイスラエル民族。
その中にエステルという美しい娘がいた。
あるとき、クセルクセス王(英語ではAhasuerusなのでアハシュエロス王と記述する本とかもある)は新たな王妃を探していた。
国中から美しい娘たちが集められ、12ヶ月もの間磨き上げられて王に召されたが、王の目に叶う娘はいなかった。
そこにエステルも応募したんだな。
で、王に一目で気に入られ、王妃になった。
(でも、彼女は王に自分が「捕囚されたイスラエル民族」だと言わず隠していた)
アルトゥス・ウォルフォルト。
12ヶ月かけて物理的に磨き上げられている女性たちの様子w
エステルは鏡を向けられている、左端の立っている女性だろうか。
エステルが王妃になったころ、大臣ハマンが権力を握っていた。
ある日、そのハマン大臣がモルデカイという男(実はエステルの養父)に「なぜオマエはわしにひざまずかんのか」と責めたら、モルデカイは「私がひざまずくのはイスラエルの神のみだ」と逆らったからさあ大変。
ハマン大臣は怒り心頭!
「彼も含め、ヤハウェを信じるイスラエル人を全員」を殺すことを、いろいろこじつけて、王に訴える。
で、クセルクセス王も、その勅令に印を押してしまうのである。
それを知った王妃エステルは、イスラエル民族を救うために王に直訴することを決心する。
当時、「王に呼ばれていない者が王の前に出るのは死刑」というむちゃくちゃな法律があり、エステルが王に直訴するのは、死刑の可能性があったらしい。王妃ですらそうだったんだね。
で、エステルは決死の覚悟で直訴するわけ。
まだ自分が「捕囚されているイスラエル民族」であることすら明かしていないから、二重の意味で危ないんだけど、しっかり化粧して王の前に出るのである。
で、王はあっさり「おや、エステルじゃないか。なんだ。我が前に出ることを許すぞよ」と、許した印である金の笏(しゃく)を彼女に差し伸べる。
エ「王さま、私が開く酒宴にハマン大臣と共に出て欲しいのです」
王「なんじゃ、何かと思ったらそんなことか。よいよい、もちろん出るぞよ」
で、その酒宴で、ワインをたくさん飲んだ王は「エステルよ、望みがあるならなんでも叶えよう、言ってみなさい」と言う。
エステルは自分の出身を明かし、ハマンの悪巧みを暴露する。
エ「王さま、もし叶いますならば、私の命と私の民族の命をお助けいただきとうございます。私と私の民族は全員殺されようとしているのです」
王「うむ、いったい誰がそんなことを企んでいるのか?」
エ「この者です。このハマンでございます!」
王「なんと、ハマン! もしやあの勅令がそうだったのか!」
単に酒宴に来たつもりだったハマンは「う、い、いや、王妃! そんな!」とエステルにすがりつく。
王「オマエは王妃に乱暴するつもりか、誰かあるか、彼を捕まえよ!」
そして、ハマンは処刑され、イスラエル民族は助かった、というお話。
つまり、イスラエル民族の「命の恩人」なわけですね、エステルは。
というか、エステルの身になると、確かに命がけだった。
王の前に出るだけで死刑。
しかも出自を隠していた。
さらに大臣を告発する。
これらのハードルを越えて、イスラエル民族を救うのだ。
そりゃ大ヒロインにもなる。
ちなみに、ハマン大臣は、イスラエル民族を処刑する日を「くじ(プル)」で決め、その日はユダヤ暦のアダル月13日と決められていた。
それをエステルがひっくり返したことを記念して、ユダヤ暦アダル月14日と15日は「プリム祭」という祭日になっている。
現在この日には、シナゴーグ(礼拝所)で「エステル記」が朗読され、人々は祝宴を開いて贈り物を交わし合うらしい。
よかったね、エステル。
さて。
このエピソードの絵は大きく3つのパターンに分けられる。
① エステルが王の前に出るために、覚悟を決めて化粧をしている場面
② エステルが王に接見し、許されて緊張が解け失神する場面。
③ エステルと王とハマンの酒宴の場面
この3つの場面を順に見ていこう。
① エステルが王の前に出るために、覚悟を決めて化粧をしている場面
ジャン・エヴァレット・ミレー。
化粧も終わり、「さ、行くわよ。がんばれ私!」って王への接見に向かうエステル。覚悟が感じられて潔い。民族を救うヒロインの勇気と怯えと孤独がよく描けているなぁと思う。
シャセリオー。
髪を整えているエステル。有名な絵なんだけど、シャセリオーにしては顔が中途半端かなぁ。決死の覚悟が滲み出ていないなぁと残念。
ヘルマン・アンシュッツ。
いや、画家によって髪の色が赤とか金とか黒とか。
これもわりと平静なエステル。
エドウィン・ロング。
いや、これはこれで思い詰めすぎかなとも思うけど、でも、そのくらいな覚悟だったのだろうと思うんだ。
だって、王の前に出るだけで死刑だし、しかも出自を隠していたし、さらに大臣を告発するわけなんだから。
そして、後の方の絵を見ると、エステルは失神しちゃうわけ。緊張で。
つまり、そんなに気が強いわけではない。
そんなエステルを描いたものとして、この絵はわりといいなと思うし、エステルってこういう普通の人だったんだろうと思う。
最後まで「今日の1枚」にしようかと思った絵。
ジェームズ・ティソさん。
いよいよ王の前に出るところかな。ティソさんタッチ。エステル、いい顔してる。
シャガールさん。
これも、シャガールさんっぽい、としか言い様がない。
右下は養父のモルデカイか、それともハマン大臣か。
② エステルが王に接見し、許されて緊張が解け失神する場面。
同じくシャガールさんから。
謁見するところ。王は金の笏を持っている。金の笏(しゃく)は上で書いたように、王の前に出たことを許す印。
クロード・ヴィニョン。
シャガールさんの絵よりは王に近づいている。金の笏を持っている王の前にしずしずと。
セバスティアーノ・リッチ。
王の前でひざまずくエステルに、王が金の笏を当てている。
周りは「なんだなんだ、なんで急に王妃が接見を。しかも命がけで!」って驚いている感じ。なかなか味がある筆致。
フランス・フランケン。
王は金の笏を差し伸べている。
Jacopo del sellaio。
奥はたぶんストーリー説明で、ハマンに跪かないモルデカイではないかな。
さて、ここからは、エステルの緊張が解けて、失神してしまうところ。
そのくらい命がけだった、というのを表している場面だ。
ティントレット。
王「おおっと、エステル!」
プッサン。
この金の笏は無茶苦茶長いなw
ギュスターヴ・ドレさん。
場面がよりよくわかり、しかもエステルの緊張もわかるいい絵。
前回の「スザンナの水浴」でたくさん取り上げたアルテミジア・ジェンティレスキ。
王がえらくモダンな格好をしているね。
フィリッポ・ゲラルディ。
なんか王が「とぉー!」って魔法を打っているような絵w
これは調べた限りではよくわからないんだけど、画家の名前が、Victor Wolfvoet (II) という表記のものと、Willem van Herp (I)という表記がある。同じ絵なんだけどな。
ちなみになかなかいい絵で、好き。
アントーニオ・モリナーリ。
胸をちょんってつついてみた高校生みたいな王さま。
「うーん、なにするのよ」ってなってるエステル。みたいな。
フランツィシェク・スムグレヴィッチ。
石像みたいに蒼白になっているエステル。王の血色と対比してもその決死の覚悟がうかがわれる。
ルカ・ジョルダーノ。
王妃が王の前で失神するほど緊張するって尋常じゃないよね。
フランツ・カーシグ。
王の驚きはこれが妥当だな。そりゃ驚く。右端の煙はなんだろう。香を焚いているのだろうか。
グエルチーノ。
王がちょっと冷静すぎるけど、なんかエステルが普通っぽい人で好ましい(たぶん失神するくらいだからそんなに気が強くはない)。
Giovanni Bonati。
金の笏を当てた途端に失神した王妃に慌てる王さま。いい絵。
アントワーヌ・コワペル。
これも超慌てる王さま。
ヤン・ステーン。
この手前のテーブルでふたりが話しているのは「くじ(プル)」でイスラエル民族皆殺しの日を決めている模様をこの絵に合体させたんじゃないかな。
それにしてもこの人w
これ、ヤン・ステーンご本人ではなかろうか。
ちなみに、これがヤン・ステーンの自画像。眉の感じとか、鼻の感じとか、ちょっと自画像っぽい。
ジュリアス・シュレーダー。
出た! 大きな団扇! エステルの美しさが際立ついい絵。
ロレンゾ・デ・カロ。
えらくきらびやかな絵。このくらい色が付くと決死感が薄れるね。
ルーベンスから失神の場面の天井絵2枚。
下から見上げることを意識したアングル。おもしろいな。
ということで、3つめのパターン。
③ エステルと王とハマンの酒宴の場面
レンブラントから2枚。
左から、ハマン大臣と王さまとエステル。
王は金の笏を持っている。まだ話の核心に触れていない場面かな。緊張感はあるけど。
ハマン大臣が「いやいやいや、お待ちくだされ。そんなつもりは」と言明しているところ。
エステルの冷たい目線。
レンブラントは一貫して王とか王妃にぼってりと着込ませるんだよね。
これがリアルなのかもしれないけど。
ジャン=フランソワ・ド・トロワ。
これは饗宴の始まりかな。実際にこのくらい賑やかだったのか、エステルが「内輪だけで食べたいので」と3人の宴にしたのか・・・。
ヤン・フィクトルスから2枚。
わかりやすいw
エ「王さま、悪人はこの人、ハマンです!」
王「な、なに?」
エ「この人なんです!」
ハ「いや、いやいやいやいや!」
ヤン・ステーンからもう2枚。
王「この男に罰を!!!」
ハ「あああああ、マジかああああ」
王「この男を捕らえよ!」
エ「正直に言いなさい!」
ハ「いや、勘弁してくだせー!」
テーブルから滑り落ちようとしているのは孔雀だよね。
孔雀の肉を食べようとしてたのかな。まぁまぁ美味しいらしいけど。
ちなみに孔雀は「高慢」の寓意でもあるので、ハマン大臣の高慢を表しているのだろうと思われ。
ピエトロ・パオリーニ。
ハマン大臣がエステルに向かって必死に弁明しているところ。
アントン・ペッター。
王「このものを捕らえよ!」。ハマンは開き直って悪い顔してる。
エドワード・アーミテージ。
エステルにすがりつくハマン大臣。男たちが引き離そうとしている。
ラストマン。
これもしつこくすがりつくハマン大臣w
さて、今回もそろそろオシマイ。
最後に「今日の1枚」を。
アーネスト・ノーマンド。
エステルがハマン大臣を告発している。
王は「なんと!」と驚いている。
召使いたちはざわついている。
そしてエステルとハマンの表情。。。
全体の雰囲気や服装、色遣いなども含めて、今回のエピソードの中では好きな絵。エステルの想いが通じた瞬間である。
ということで、今回もオシマイ。
というか、この「旧約聖書シリーズ」のエピソードはこれでオシマイ。
いやいや、終盤がなんか小さめのエピソードが多かったので個人的にノリが悪かったw
次回は、旧約聖書のまとめと、メシヤ(キリスト)出現の預言をやって、いよいよ新約聖書、です。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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