自転車の短歌

われに二台の自転車ありて寒き日はサドルの低き方に乗りゆく 花山多佳子

『三本のやまぼふし』

 自転車は一台あれば用が足りる。なぜなら、私の身体が一つだからだ。とはいえ、故障したりした時のことを考えると、もう一台あるのも悪くない。
 二台所有するとなると、なるべく同じ頻度で、それぞれを稼働した方が具合がいいだろう。それは、チェーンの油を巡らせるという観点から。
 それなのに、寒い日の身体が、サドルの低い方ばかり選んでしまうのはなぜか。寒い日の身体を思い出してみる。首をすくめて、背をまるめて、うずくまりたくなる。風を受ける表面積を減らすためだ。サドルが低い方が風がとおりにくそうだ。

呼びとめて自転車に空気入れくれぬ売りし自転車をおじさんは忘れず 花山多佳子

『三本のやまぼふし』

 原初的なアフターサービスに胸を打たれた。そりゃあ、何かあったら、またウチに来てねってこともあるとは思うけど。私が自転車屋なら、売上アップのためにインターネットに広告にでも出そうかなどと考えて、パソコンに向かってしまいそうだが。この自転車屋さんは違う。往来をながめる。そして、売った自転車を見つけたら、思わずうれしくて声をかけてしまう。「調子はどうだい」と。