川野里子編『葛原妙子歌集』

アラスカの闇に激突せしわれは熱き珈琲を膝に零しぬ  葛原妙子

川野里子編『葛原妙子歌集』

 乱気流で飛行機がひどく揺れたようだ。「アラスカの闇に激突」が印象的だ。まるで、国境が空中に透明な壁として伸びているような感じがした。実際に、透明な壁として伸びていると言えるかもしれないが。
 空中でコーヒーを飲んでいることの不思議さにも、改めて気づかされる。

エスカレーターに深き地階をのぼり来てちひさきかほとなりて出できつ 葛原妙子

川野里子編『葛原妙子歌集』

 地階から出てくると小さい顔になって出てくるというのがおもしろい。ドラえもんの道具で、トンネルをくぐると体が小さくなる道具があったような気がする。
 地上に出ると視界がひらける。世界が広がることで、相対的に顔が小さくなったということか。

貝を賣る髪長き者貝を見ず 貝をりをりに青く閃く 葛原妙子

川野里子編『葛原妙子歌集』

 確かに、売り子の人が、ウットリと商品を見ることはあまりないかもしれない。見る人もいなくはないけれど。
 商品になった時点で、貝の閃きが、売り子には届かなくなる。はじめに拾った時には、閃いていただろうに。
 貝を見ずに売り子は何を見ているか。お客さんを見ている。
 一般的なお客さんは貝を見る。しかし、作中主体は売り子を見ている。「売る」ということを見ている。