お金の赤ちゃん 3

持っている金は、自由への手段であり、求めている金とは、隷属への手段である。
J.J.ルソー

握りしめた手、離すな。別れの駅のホーム、電車が去った後、先ほどまで繋いでいたはずの俺の左の手の中には70円。これが給料日まであと25日、俺の自由への手段だ。


前回のお金の赤ちゃん2はこちらからどうぞ
https://note.com/satomitsurured/n/n301e7aac56d1



「もし○○してくれたら、即金で30万あげるよ」

今、この人はなんて言った?少し開けた車の窓からは、近くの湖の匂いと一緒に、時速60キロ分の風の高い音が聴こえた。


「もし、禁煙してくれたら、即金で30万あげるよ」

付き合って1年半になる彼女はこう切り出した。

「もしこの先、結婚したとして、タバコ代は自分のお小遣いから出したとしても、吸い続けた時にかかるであろう医療費、引越しの時に貼り替える壁紙代や清掃費、いろんなこと考えたらこのくらいの金額は凄く妥当だと思うの。今タバコやめるなら、銀行に寄ってくれたらすぐ30万渡すから、そのお金で引っ越したり、生活を立て直してほしい。」

聡明な人だ、これからかかるであろう金額を算出し、今やめればこれだけ手に入るよ?という現実的で魅力的な金額を提示してきた。

「…少し考えさせてほしい。」

そう言って俺は視線をオレンジの街灯と、照らされた白線に戻した。何もなく、誰もいない道だ。これが大事な選択だということはわかっていた。今まで十数年当たり前に続けていたことを急にやめることになる。自分の意思を確認し、確実に上手くいく方法を探す必要があった。この長い道のりは、自分の気持ちを整理するには都合がよかった。ここから目的地である札幌の自宅までの間、俺は一言も話さずに、今までのタバコとの思い出をひとつひとつ丁寧に思い出していた。







…フリをしていた!!!


当たり前だ!このチャンスを逃してたまるもんか!なにせ、今まで俺はタバコをやめようと思ったことがない。つまり、やめようと思えばやめられる可能性が高いわけだ(なぜそうなる)、やめようという固い決意を持てば確実にやめられる自信があった。根拠のない自信がここで炸裂した。普段のネガティブはどこいった。たばこ代もかからなくなるし、健康優良肥満児まっしぐらだ。浮いたお金で彼女と何しよう。30万もらって引っ越してハッピーライフを満喫しよう!楽勝だ!


と、楽観的に考えていた。

翌日、俺は彼女にこの条件に乗ることを話し、誓約書を書き(もし仮にやめられなかった場合は30万円を即座に返済すること、なければ親から借りてでも返すこと、別れることも辞さないこと等が書いてあった)、頂いた30万円を持って薬局へと走った。

禁煙用、第一種医薬品のニコチンパッチを購入したのだ!医学の力におんぶにだっこで頼ることにした!これならイケる!

しかし現実はそうも甘くはなく、最初の1日〜2日目はタバコが吸いたくて吸いたくて仕方がなかった。なにも楽しくなく、とにかく吸いたい気持ちを紛らわせるために寝続けた。

しかし、ニコチンパッチ君、さすが第一種医薬品だ。3日目からは割となんとか気を紛らわせてくれた。禁煙街道まっしぐら、絶好調である。

程なくして新居を決めて(候補の中には保証会社必須の物件が多数あったが、過去の悪行により審査が通らず、行き場を失いそうになった。決まった家も保証会社必須であったが、大家さんがよほど焦っていたのか連帯保証人でOKにしてくれた)、謎のオシャレハウスに引っ越す。文章だと全く想像がつかないと思うが、1.5m四方くらいの北海道の彫刻が壁に施されている。意味不明だ。フローリングには2か所、事務所かあるいは体育館でしか見たことがない、床コンセントがついていた。(電子点数板のコンセントをつなぐアレです)
家賃5万8000円。半額は会社から補助が出るからと、以前の2倍以上の家に決めた。強気だ。

会社からも近く(直線距離1.8km。これが後に大きな問題となる)、快適ライフがスタートした。ニコチンパッチ君も3週間、禁煙にも成功し、お金の赤ちゃんもようやっとつかまり立ちだできるかなと思われた。


しかしなんとその週、会社の食事会が開催されてしまったのだ。
恐れていた事態がやってきた。飲み会に行けば喫煙者が多数のこの業界、俺を待っていたのは全裸の女神、据え膳食わぬはなんとやらである。その場にいる全員が禁煙事情を知っていたが、ごぼごぼと飲んで非常に気持ちよくなっていた俺は、上司の一人がトイレに向かった瞬間、おもむろにその上司のテーブル上のタバコを我が物顔で1本とりだし、クールに火をつけた。涙が出るほどのうまさと満足感にイキそうになるのを抑えきれず、満面の笑みを浮かべる俺。目の前には唖然とする会社の偉い人たち。トイレから帰ってきた上司はタバコを吸う俺をみて、「あれ?」と言ったので、

「こんなとこにタバコを置いてトイレに行くほうが悪くないですか!?」

と謎理論の逆ギレをかまし、持ち前の臨機応変さで会場の空気をあっさり終了させた。

それでもクビになることもなく、仲良く楽しく仕事をさせてもらっているので、本当にいい会社だと思う。


そんなこんなで禁煙は終了し、あえなく彼女にも禁煙失敗がバレてしまう。
(もちろん結構な修羅場があったが、割愛する。彼女は当然のこと、たくさんの人にたくさん怒られました。もうこれ以上怒らないでください)

結局、ニコチンパッチ君は俺が吸っていたタバコよりも高く、家計を圧迫し、タバコ吸った方が金かかんねぇじゃんwwwと、赤ちゃん発想により頭の中で解決しようとしていた。

そして気が付いた。


彼女に返す30万なんて引っ越しで全部使ったしもう無くね?



ダメ男オブザイヤー、ノミネート作品

「すみません。月5万、6か月返済で許してください。」


こうして俺は、現場で残業をしっかりこなし、何とか30万円の返済を終えた。同時期に配属現場も終了し、季節は厳しい寒さの真冬、2021年の2月。俺は追い込まれていた。





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やっとことで連載3回目、次回で回想編は終わりです!いつもおいしいお酒やタバコをごちそうになっております!


同情するなら酒奢れ…同情するなら…
3/31現在、財布に29円、ゆうちょに3円、北洋に35円です。給料日まで残り25日!生きるぞ

(この随筆文は、筆者の体験に基づいた限りなく史実に近いフィクションです)



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