鳥と共に生きる民 〜パヌ族〜


(1996年撮影 日涅加共同製作)

プロローグ



赤い点がパヌ族の暮らす場所

アフリカ(Aflica)大陸の赤道直下付近、
双涅エジプトとンガジェンガ共和国との国境近く…
地平線の先まで、ひたすらに草原が続く大平原、
その中に、ポツンと小高い丘が出現します。
彼らが『太陽の腰掛け』と呼ぶ丘です。
彼らの伝承によると、太陽はこの丘に降り立ち、
腰を休めるのだそうです。
…もっとも、それは遥か昔の事だったそうですが…

…丘の周辺には、いくつかの池が点在しています。
この池は雨季の時に溜まった、いわば水溜まりです。
乾季の終わり頃には水はほぼ無くなりかけます。
彼らの貴重な水源でもあります。
また、この水を求めて
多くの鳥達がこの水辺にやってきます。

ーーーこの丘と池の周辺に、彼らの集落は点在しています。

背の高い草叢…
飛び立つ鳥…、
突如、草叢から打ち上がる物体。
彼らが『ムヌンガ』と呼ぶ、槍の様な道具だ。
ムヌンガは彼らの言葉で『第三の腕』を意味する。
見事にムヌンガが、鳥の頭部に直撃した。
彼らはこの様にして鳥を獲るのだ。
達人となると、ムヌンガを10m以上、垂直に打ち上げられる。

落とした鳥…、
狩りで得られた獲物。
その周りを、ムヌンガを両手で持って掲げ、しゃがんだ姿勢でグルグルと回る。 彼らは獲物が獲れると
このように収穫を得た事を事を神々に感謝し踊る。
彼らは『パヌ族』。
この地に住み、この地で鳥と共に生きる部族の名である。

パヌ族の神話と文化

『パヌ』とは『2番目』という意味だ。

「昔々、まだ太陽が二本の脚で立って歩いていた頃。
神々は『知恵のある者』を創ろうと思い立った。
最初に、雲の神は雲を集めて捏ね、最初の人間『シェゲン』を創った。
それを真似て、土の神は粘土を集めて捏ね、
二番目の人間『パヌ』
即ち『人類』を創った。」
村の古老の知る言い伝えです。

『シェゲン』とは何者かだろうか?
パヌ族の長老達によれば、
シェゲンは『ヘビクイワシ』に似た外見なのだと言う。
ヘビクイワシはパヌ族の集落の近くにもやってくる。
殆ど飛ぶ事がなく、優雅に歩く姿を彼らは
人間の容姿に重ね 『シェゲン』と云う鳥人間を想像したのは
想像に難くない。

「シェゲンには
我々には無い色とりどりの羽根と
我々には無い鋭い嘴と
我々には無い空を飛べる翼と
我々には無い素晴らしい歌声と
我々には無い遥か遠くを見通せる眼と
我々には無い軽い身体と
我々には無い長く美しい脚と
我々には無い優れた頭脳と
我々には無い豊かな心を持っていた。」

シェゲンは今、彼らのーーーそして我々の近くにも居ません。
その理由を、村の古老はこう言い伝えます。

「最初にシェゲンは
自分達を創り給うた神々に感謝し、崇め讃えた。
次にパヌもそれに倣い、神々を崇め讃えた。
神々は大いに喜んだ。
しかし、 ある時よりシェゲンは、
神々ではない者を自分達で考え出し、
それを神々と言い始め、それらを崇め讃え出した。
神々はこれを見て大いに憤慨した。
神々はシェゲン達に、その行いを止めるよう言った。
しかしシェゲン達は言う事を聞かなかった。

「我々はあなた方より優れている。
あなた方は我々に見合わない。
我々に見合う神は我々が創るのだ。」

シェゲンの傲慢さに怒った神々は口々に呪いの言葉を口にした。

「お前らは遠くに行ってしまえ!
大地の裏側、昼は夜、夜は昼の場所。
大地の代わりに水で満たされ、
池の代わりに僅かな土しかない場所。
飲めない水で満たされ、食えない土が食える、
大地の裏側まで、飛んで行ってしまえ!」

シェゲン達はそれを聞いて、その通りにした。
シェゲンの意見に賛同した若者達を引き連れて…。
…そして、若者達は、2度と帰って来なかった。」

これが、パヌ族に伝わる
自分達の由来を伝えた神話の話しである。

彼らの神話が本当であるならば、
彼らは『シェゲン』と呼ばれる
鳥人間の創造した新しい神を信じようとせず、
自分達を創った、
古い神々を信仰する事を誓った部族なのである。

人類学者ロバート•F•アダムス教授
「大変興味深い神話です。
かのドゥゴン族の神話にも通ずるところが有ります…
…もっとも、直線距離で5000kmも離れていますから
関連性は限りなく薄いと言わざるを得ませんが…。」

パヌ族が彼らーーー
シェゲンから学んだ事は、他にもある。
数え方だ。

「シェゲンの指は我々とは違い3本しか無かった。
親指と、人差し指と、小指だ。
だから彼らは6つまでしか数えない、
だから我々も6つずつ数えるのだ。」

彼らパヌ族は、世界でも珍しい『6進法』を使う部族です。

ロバート教授
「私が知る限り、6進法を使用する民族は
パヌ族をのぞけば、太平洋のラハニナ島の島民くらいしか
使用する民族はいません。大変珍しい数え方です。」

彼らの数え方も独特です。
まずは片手で、5まで数えます。
その次は、反対側の手の指をおり、
元の手は全て開きます。
これで6まで数えられます。
再び5まで数えたら反対側の手の指を…
…こうして35まで数えられます。

では36以降は…?
誰かを呼んで指を貸してもらいます。
これで片手なら215まで、
両手を貸してもらえば1295まで数えられます。
さらに3人なら、最大で4万6千655まで数えられます。
もっとも、彼らの身の回りには
4万6千まで数えられるような大量な物はほとんどありませんが…。

民族学者マイケル•オブライアン博士
「大抵のものなら彼らは2人で数えられる範囲、
片手分の215までで事足りるでしょう。」

シェゲンもそうであるが、
パヌ族の生活に鳥は欠かせない存在だ。
ヘビなどを除けば、彼らの重要なタンパク源であり、
骨は様々な装飾に加工される。
色とりどりの羽根は彼らの服飾に活用される。
彼らの神話にも、
先述のシェゲンを含め、多くの鳥が登場する。
鳥の習性から、パヌ族は多くの事を学び、生活に生かした。

村の長老は話します。
「セキレイは尾を振る、我々はそれを真似てまぐわいを学んだ。
また鳥達は嘴でつついて物を食べる、
我々は嘴がない代わりに歯で物をつついて食べるのだ。」

このように、
あらゆる事を鳥から教わったのだと、
長老や古老たちは語ります。

男が村へ帰って来た。
手には狩った鳥を携えている。
家族が出迎える。
男の大切な仕事だ。
彼の妻はすぐさま食事の準備をする。
羽をむしり
その羽は装飾や服飾、
時には布団を作るのために
それらを保存しておく。
石製のナイフで内蔵を取り出し、部位を分ける。
調理法は至ってシンプルだ。
煮たり、焼いたり…
周囲で取れる香草で、香り付けをしたり…
渡り鳥が飛び立ち
鳥が少なくなってしまう季節のために
燻製にして保存しておく事もある。

彼らにとって鳥は
まさしく『命の糧』なのである。

ムヌンガ

『ムヌンガ』
冒頭でも登場した、
パヌ族の成人男性が必ず持っている道具です。
先述の通り、
この道具には『第三の腕』という名前が与えられています。
文字通り彼らはこのムヌンガを、
第三の腕のように色々な事に使います。
狩りの時はもとより、杖の代わりに、祭具として、
またあるいは背中を搔くためにも…。

民俗学者シュウゾウ•スズキ教授
「ムヌンガを垂直に投げる際、
この様なアトラトルの様な道具…
彼らの言葉で『ペヌンガ』と呼ばれる道具の
スプーン状になった部分で
この鏃状の部分に引っ掛けます。
そして構えて垂直に投げれば、
ゆうに10m以上の高さに達すると云うワケです。
無論、達人ともなれば
ペヌンガを使わずに、更に高い高さまで投げられます。
横方向に投げれば、ペヌンガを使用すれば
大体100mは先まで飛びます。」

取材班に同行したウセルカーアメン博士
「彼らが何か話し合っています。
議題について話し合い、採決を取るようです… 。
ムヌンガを立てます。
ムヌンガを立てれば『賛成』
そのまま地面に置いたままだと『反対』の意になります。」

ムヌンガを持てるのは、成人男性だけです。
先程の議論や狩りに出れるのは成人の証し、
すなわち『ムヌンガを持っている者』なのです。

とある青年が草原で何かを探しています。
彼は大人達から『成人』と認めてもらうために
これからムヌンガを作る材料を集めなければなりません。

スズキ教授
「ご覧ください、
ムヌンガは大体125cm以上の長さがあります。
片方の先端は
この辺りで取れる白い石を鋭利に尖らせて付けてあります。
反対側の部分も同じ種類の石製ですが、
こちらはハンガーのフックの部分のような形状です。
その気になれば大人の首も引っ掛けられるほどの大きさです。
このフックの部分は
各集落ごとに少しずつ形状が異なります。
フックの形を見れば、どの集落出身かが判別できます。」

フックの部分はそれなりの大きさの、
しかもひび割れていない大きな石でなければなりません。
それを加工してフック状に形成し
磨いて美しく整えなければなりません。
大人は大まかな説明はするものの
基本は一人で全てを作らねばなりません。
それが成人と認められるための通過儀礼なのです。

先程の少年が
手頃な大きさの『白い石』を見付けました。
この石を彼は今から一人で削り出し
棒の先端に取り付けるフックを作らねばなりません。
現代的な金属の道具が無い彼らにとって
硬い石を何個も消費し
何日にも渡って成形し続けーーー

ーーー時には、石が割れてしまうこともあります。
その際には
再び『石選び』からやり直してーーー

最終的に、フックの部分と
鏃の部分を作り終えて
棒に装着し
村の古老や長老に出来栄えを見せ
彼らが『ムヌンガ』を立てた時に
初めて彼は
『成人男性』の仲間入りを果たすのです…。

スズキ教授
「大人と認められても、そこで終わりではありません。
ムヌンガの手入れの仕方、狩りの方法、
彼ら独特の、ムヌンガを如何に垂直に、
より高く上げるための方法…
夜、焚き火を焚いて
寝ずに火の番をする…などなど、
大人と認められても、その後に覚える事はいっぱいあります。
大人と認められる事は『到達点』ではなく『スタートライン』なのです。」

彼が立派な『大人』になる日は
まだまだ先のようです。

パヌ族の言語

パヌ語には『舌唇音』と呼ばれる音があります。

言語学者ジョゼフ•マコーニック博士
「こうやって…上唇と舌を密着させて『ッパ』 っと発音する音です。
パヌ語には我々が話すパ行やバ行、マ行の音が
各々2種類存在することになります。
ちょうど『パヌ族』という名称のパもこの『舌唇音』なのです。
通常のパだと彼らには通じません。
舌唇音のᴘaは数詞の2を意味します。
ᴘanuは『第2の』という意味になります。
彼らは最初の人類『シェゲン』に次ぐ
二番目の人類という意味があるのです。
対して通常のpaは『天空』という意味です。
panuだと『空の』という意味になってしまい
彼らには通じません。

また、彼らの発音の中には『ċ』という
吸着音も存在しています。
いわゆる舌打ちのチッとかチャッという音ですね。
コレも周辺の言語と照らし合わせて珍しい特徴です。
一番近くのコイサン語族の部族とは
随分と離れてますから…
あるいは、偶然の一致なのかも知れません…。
とにかく、今後の研究が待たれますね。」

パヌ語には子音だけで113ものパターンが存在します。
b by bw ʙ ʙy ʙw mb mby mbw
мʙ мʙy мʙw p py pw ᴘ ᴘy ᴘw
mp mpy mpw мᴘ мᴘy мᴘw m my mw
м мy мw mm mmy mmw мм ммy ммw
f x xw h ʜ j jw nj njw ċ
č čw nč nčw d dy dw ᴅ ᴅy ᴅw
nd ndy ndw ɴᴅ ɴᴅy ɴᴅw n nw ɴ ɴw
ñ ñw ŋ ŋy ŋw г гy гw nn nnw
ɴɴ ɴɴw ññ ññw ŋŋ ŋŋy ŋŋw гг ггy ггw
g gy gw ɢ ɢy ɢw k ky kw
к кy кw s sw z zw š šw
r l ʀ ʟ ɴr nl ɴʀ nʟ y w
対して母音は
a e i o u
の一般的な5つだけです。

ジョゼフ博士
「母音は5つだけですが子音が圧倒的に多く、
そのため子音+母音の一音節だけで
基本的な語彙が完結します。
基本語彙は500少々程ですが
彼らのこの生活スタイルでは500もあれば
日常のほとんど大部分の語彙をカバー出来るというわけです。」

単語は長くても3音節程にしかなりません。
ほぼ完全な開音節言語で
子音のみはほとんどありません。

パヌ族は他の大多数の部族と同じく『文字』を持ちません。
しかし例の如く
『シェゲン』はその限りでは無かったようです。

村の古老
「シェゲンは『言葉』を持ち歩く術を知っていた。
『言葉』を手の中に持ち運び
知りたい時にソレを出し入れ出来た。
しかし我々は神々から
ソレは真似すべきではないと言われた。
しかし若者達の一部はソレを無視した。
彼らはシェゲンと共に地球の裏側まで行ってしまった…
…そして戻ってこなかった。」

今、我々が『文字』を書いたり
あるいは『録音技術』を用いて音声を記録し持ち運べるのは
はたして『シェゲン』のおかげなのだろうか?
それとも我々人類は『シェゲン』と同等の技術を
いつのまにか手に入れてしまっただけなのだろうか…?
我々はその答えを見出だせなかった…。

太陽の腰掛け

ある成年男性が『丘』に登って何かを探しています。
インパチエンス…和名『アフリカホウセンカ』
と呼ばれる花の一種です。
花はこの丘にしか咲きません。
平原では一輪も見かけません。

ウセルカーアメン博士
「他では見ない種類の花です。
もしかしたらこの丘で独自に進化した固有種かも知れません。
持ち帰りたいところですが…
生態系を破壊してしまうかも知れませんので
安易に手を出すわけにはいきません。
次回の調査では、植物学者も同行させた方が良いかも知れません。」

この花は
彼らパヌ族にとって特別な花だ。
鮮やかでつぶらなピンク色の花を咲かせるこの花を
一輪摘んで村に持って帰る。
そして村の女性にこの花を渡す。
彼らのプロポーズだ。

オブライアン博士
「余程の理由…誰か先にプロポーズしていただとか、
あるいは重い病気に罹っているなど…
を除いて
プロポーズされたら断る事はありません。
花はあくまで『試練』あるいは『儀式』の一環に過ぎないのです。」

彼も女性から良い返事を貰いました。
これから村総出で祝福のお祝いが始まります。

地質学者アベーレ•アンジョリーニ博士
「この丘とその周辺は特異です。
『異質』と言っても過言ではありません。
何故か地質が周辺の地域の地質とは大きく異なるのです。」

地質だけではありません。
この丘の周辺にだけは
鳥と人間以外の、他の野生動物の大半が
何故か近付かないのです。

村の古老
「まだ太陽が二本脚で歩いていた頃、
『太陽の腰掛け』で休み終わった太陽は歩き出した。
しかし進路上に、四ツ足のモノが寝ていた。
太陽は退くように言うと、ソイツは言い訳ばかり並べ立てた。
怒った太陽はソイツの耳の周りの毛をボサボサに生やし
二度と逆らえないようにして追い出した。
「二度とこの地に来るな!
この丘が見える場所には断じて近付いてはならぬ!」
そしてソイツは未だ約束を守っている。」

ジョゼフ教授
「パヌ族の言語では、他の周辺の部族たちが
当たり前に区別している…ライオンやカバやチーターなどの…
区別が無いのです。
彼らはその動物たちを全て『四ツ足のモノ』とひとくくりにします。
区別しないのです。
コレは特異なことです。
逆に鳥の種類は、他の言語に比べて圧倒的に豊富です。
オスとメスで呼び方が異なる種類の鳥さえいます。
彼らの生活はまさに『鳥』中心なのです。」

古老の話しでは
ライオンやゾウやキリンやガゼルなど
多くの特徴的な見た目をした動物達が
太陽によって姿を『今の姿』に変えられ
そして『太陽の腰掛け』が見える範囲には
決して近付いてはならないという契りを結ばされています。
しかし鳥だけは
素直に頭を下げたため
この『太陽の腰掛け』の周囲に近付いても良いと言われました。

神話学者ハロルド•マクアレン助教授
「動物たちの描写が、ある程度正確な事から
おそらくは元々、彼らの生活圏にも
動物たちが来ていたか…、あるいは、
彼らがココに移住してくる前の段階での描写が、
脈々と受け継がれているのだと思われます。」

しかし、ある時を堺に、
動物たちは全く『丘』に寄り付かなくなってしまいました。
彼らの言う「太陽が罰し、命令した」時からです。

ウセルカーアメン博士
「全く奇妙な言い伝えです。
動物達が寄り付かないはずがないのです…
…しかし、実際に動物達は寄り付かない…。
実に、奇妙です。」

調査隊の中には
山から特殊な電磁波か低周波か何かでも出てるのではと
疑う者もいました。
しかし、現在のところ
いくら科学的な調査をしても
『太陽の腰掛け』からは何も出ていない事しか分かっていません。

ウセルカーアメン博士
「前回の調査で、試しにガゼルやイボイノシシなど
いくつかの動物の個体を捕まえて来て
丘の見える範囲で離す実験をしました。
結果は『やはり』と言うべきでしょうか…
何度やっても、どの動物の個体でも
丘から急いで離れようとしました。
ヒモで括りつけても、ソレを引き千切ろうとしました…
…やはり『丘』には何がある
と見て間違いないかも知れません。」

ジョゼフ教授
「動物たちが近寄らないので
わざわざその動物がライオンなのゾウなのか
区別する必要がないのです。
彼らが意図的に丘の見えない範囲まで出かけない限り、
彼らには遭遇すらしないのですから…。」

実際、村の中には、過去に丘の見えない範囲まで行った人が
何人か居たようです。
彼らの言い伝える伝説の中にも、
そんな者達が登場します。

村の古老
「太郎と次子は手を繋ぎ、丘の見えない所まで来た。
あの向こうに、自分達の魂を入れ替えてくれる神が居るからだ。
太郎の魂は次子に入って産まれてしまった。
次子の魂は太郎に入って産まれてしまった。
男の体に入った女の魂は苦しんだ。
女の体に入った男の魂は苦しんだ。
2人は魂を入れ替えてもらう為に
丘の見えぬ先まで進む決意をした。
そこに四ツ足のモノが現れた。
大声で叫んでヨダレを垂らしている。
次子はナイフを取り出した…」

スズキ教授
「子供たちの中には、これらの物語を聞いて育ってか、
『四ツ足のモノ』をモンスターか怨霊だと
思い込んでいる者すらいました。
大人の中てすら、そう考えている者も居たのです。」

無理もありません。
彼らの生活は、この丘の周辺で完結しているのです。
食料は、丘の周辺の植物や果物が有りますし、
何より鳥達が水辺に集まってきます。
丘を離れる理由が、ほとんど無いのです。

時折、村の若者の中に、若さゆえの好奇心からか、
丘の見えぬ範囲まで行ってしまう者が現れるようですが
そういった者が『四ツ足のモノ』に遭遇し
ケガを負って帰ってきます。
ソレを見た村々の人々は、ますます
『丘の見えぬ遠く』まで行くのを躊躇うようになります。
コレは、かなり出来過ぎてる仕組みにすら思えます。
まるで意図的に作られた、箱庭のようです…。

ウセルカーアメン博士
「確かに、その通りかも知れませんね。
余りにも出来過ぎてますよ、コレは。
今後の調査が望まれます…
…政府からの許可が、降りればの話しですがね。」

『太陽の腰掛け』
鳥達と人間達だけは受け入れる、奇妙な丘…
この丘もまた、かの『シェゲン』の仕業なのだろうか…?
それとも本当に『太陽』の言いつけによって
動物達は契約を順守しているだけなのだろうか…?

置き去りにされた人々

星空の下ーーー
若者が焚き火を焚いて、寝ずの番をしています。
彼は今夜一晩中、この火が消えないように
寝ずに夜を明かさねばなりません。

火を起こすのは彼らーーー
近代文明に染まっていない部族ーーーにとって
楽な作業ではありません。
一度着けた火は、大人たちによって管理され
決して燃え尽きないように管理されます。
その火を任されるという事は
大人の仲間入りを果たすための
重大な責任を伴った『仕事』なのです。

若者
「あの十字の星は南を指しています。
すぐ隣に似たような十字の星があります。
間違えないように、よく位置を確かめなければなりません。」

夜空を見て
星々の位置、星座の形、それらの星々に関わる神話や伝説…
それらを覚えるのもまた、
立派な大人になるための勉強なのです。

村の長が若者に語りかけます
「シェゲンは太陽の登る方へ向かった。
太陽が眠ってる間に、
彼らの考えに賛同した若者達を引き連れてーーー」

ンガジェンガ共和国の地方都市…マジ。
この町に、とある男が住んでいます。

彼は別の部族の女性と結婚しています。
息子達は母方の言語と
公用語のサワヒリ語しか喋れません。
男の喋る言語は彼自身の判断により
彼の代で『終わり』にすると決意して
息子達には教えない事にしました。

彼は自らを『置き去りにされた民』と主張します。

彼は、この町を中心に生活していた
少数民族『パンヌ族』の最後の一人です。

一部の研究者によって、
このパンヌ族の言語と
パヌ族の言語は
明白な互換性のある
方言のような近縁の言語である。
と主張されました。

しかし今現在、その説を確定させるほどの
言語的な証拠は乏しいのが現状です。
パンヌ族最後の生き残りである彼は今、
彼の言語を話し残す事を拒絶し
かたくなに喋る事を拒否するからです。
彼の話しのほとんどは
サワヒリ語で語られたものです。

「シェッゲンと呼ばれる鳥人間が我々を連れ出した…。
しかし、一部の者は、疲れて歩けなくなった。
我々は「待ってくれ」と言った、
しかしシェッゲン達は待たなかった。
我々は置き去りにされたのだ…。
…そして、私が最後になった…。」

彼はこの悲しみを
息子達には引き継いで欲しくないと言う。
子供たちには『未来』を抱いて欲しいと言う…

スズキ教授
「全く『シェゲン』とは何者なのでしょうか?
私の知り合いの学者仲間の中には
シェゲンは日本の伝説の中に登場する
『烏天狗』と関わりがあると主張する者もいます。
またあるいは、ラパノイ島の鳥人間と関連性を指摘する者もいます。
全く馬鹿げた主張です。
一体何万km離れてると思ってるんでしょうかね?
オカルトじみた与太話としか思えません。」

真相は闇の中だ。
何故なら、シェゲンがパヌ族の若者を連れて
何処まで遠くまで進んだのかは
言い伝えられていないからだ…

パンヌ族最後の男性
「私はこのまま死ぬだろう。
シェッゲンに置き去りにされたと言う悲しみを
未来ある子供たちに引き継がせないで、一人で死ぬんだ…。」

こうして、また1つの言語が…
そして、1つの民族が…消えようとしている…。

エピローグ

パヌ族の現状も、楽観視できるモノではない。
集落の数は今現在6つほど、
1つの村の人々は200人前後、
全体で1000人程度しかいない。
パヌ族は今、
何もしなければ、滅びる運命に立たされている。

村の古老
「かつては丘の周りに、24程の村があった。
今は随分減った。
私のおじいさんは子供の頃、村の数は36以上有ったと言っていた。
村は更に減るだろう。」

双涅政府の保護政策方針により
少数部族への過度な接触や干渉は認められていない。
現状では我々の取れる対策はーーー少ない。

ウセルカーアメン博士
「政府の方針により、現代的な文明の利器は
パヌ族には触らせすらしてはいけないと言われました。
我々の食糧ですら、与えてはいけないそうです。
『少数民族の保護と不可侵』と言えば聞こえはいいですが…
この方針で、途絶えてしまった部族も少なくはないはずです。
政府の方針には、首を傾げたくなる部分も多少はあります…
…もっとも、今後も調査を続けるためには、
この方針に従わなければならないのですが…。」

近年、地球温暖化が叫ばれるようになり、
パヌ族の住む地域にも、ソレは忍び寄りつつある。
降水量が、僅かずつだが、減っているのである。

気象学者ユウスケ•サカキバラ博士
「こうした気候変動の影響を真っ先に受けるのは
いつだって弱者や、変革に対応しきれない者達です。
昔ながらの伝統的な暮らしをし続けるような
少数民族の場合なら尚更です。
変革に対応しきれない彼らには
我々先進国の、あるいは統治する国の
充分な対処が必要なのです。」

気象学者の見解の中には、
あと20年…早ければ、10年もしない内に、
丘の周辺に溜まる池の内のいくつかは、
温暖化の影響で枯渇すると予測する研究者もいます。
パヌ族は、
早急な保護対策が求められるかも知れません…。


最後に、パヌ族に残る言い伝えを一つ紹介しよう。

「村の池が全て枯れ
我々が108人よりも少なくなった時
村の長が立ち上がり
地球の裏側へと向かい
そしてシェゲンの知恵を探しに行くだろう。
そしてそこで飲めぬ水を飲み、
食べられる土を食べ、
シェゲンに付いて行った若者達の末裔に出逢うであろう。
そしてそこで、太陽のように輝く
硬い石の指輪を手に入れて帰ってくるのだ。」

パヌ族ーーー
ーーー鳥と共に生き、鳥と共に在るーーー
ーーー不思議な、不思議な民族、である…。


終  ⓃⒽⒸ

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