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【記憶を刺激する写真2】スイスの山奥のバス停

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子どものころ、ここで降りますと知らせるバスの降車ボタンを押すのが嫌いだった。

あの音がおもしろいと感じる子は多いだろうから、
押したがる方が普通なのだろうが、味気ないあの音を聞くのも、
自分が降りる場所を運転手やほかの乗客に知られることも、嫌だと感じた。

バスに乗ることは数えるくらいしかなかったものの、
いまでも鮮明に残るシーンは、母の田舎でバスに乗ったときのこと。
働いていた母は、私や私のきょうだいを祖母によく預けた。
そこは冬には雪深くなる山の村だったから、
一番近くの医師のもとへ行くにも歩いてでは不便だった。

私のかかりつけの歯医者は育った町ではなく、その村の付近にいた。

ある日、歯医者に一人で行き、
治療が終わって祖母の所へ戻ったとき、小さな失敗をした。
祖母のところの停留所が近付いてきても、どうしても降車ボタンを押す勇気が出なかった。乗客は、私のほかには誰もいなかった。

ああ停留所を通り越してしまった。

様子が変だと思ってくれた運転手が声をかけるまで、
私は何もできずにバスに揺られていた。
どこの国でバスに乗っても、このシーンがいつもよみがえってくる。
あんなに小さなことにこだわったのが、自分ではない気がしつつ。

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