目で見たことを信じる。 〜香港デモを取材して〜


・日本のマスメディアが伝えられないこと

「香港に行くの?大丈夫?」
10月上旬。夏休みを1週間貰って、私が訪れたのは東アジアの国々。
台湾、深圳、そして、香港の3つの地域を回った。

一番の目的地は、香港。「香港で起こっているデモを、自分の目で確かめたい」という気持ちからだ。
日々ニュースで断片的に伝えられていたので、なんとなく暴動が起こっていることは知っていた。
ただ、日本に居てはあまりにも得られる情報が限られる。それなら、遠くもない距離だ、自分の目で見てみようと思った。
不安や恐怖がなかった訳ではない。でも、それよりも、隣国で“今”起こっていることを見なければという思いに駆られた。

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・デモの最前線を取り続ける日本人女性

私が香港に滞在したのは、10月11日〜13日の3日間。
現地で協力を得たのは、フリーカメラマンのキセキミチコさん。

キセキさんのことは、偶然Twitterでの発信を見て知った。


彼女は今、香港に住んで、デモを伝え続けている。
闇雲にデモを取材するのは無謀だと感じ、現地での協力を得たいと、ダメ元で連絡をとった。
突然のお願いだったのにも関わらず、なんとキセキさんは会ってインタビューさせて頂くことに応じてくれた。

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キセキさんは、エンタメの世界でずっとカメラマンをしている。
ベリーショートのブロンドヘアー。強い意志を灯す目と、輝く笑顔がとても印象に残る。

彼女は時折、困ったような表情を織り交ぜて、香港で今、何が起こっているかを語ってくれた。


・どうしてデモが起こっているのか


そもそもなぜ今、香港でデモが起こっているのか。その理由を知らないという人も多いと思う。そのおおまかな背景については、この記事が参考になる。
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-48618554

簡単にまとめてみると、共産党である中国からの支配から逃れ、香港人に、「自由」と「民主主義」を取り戻すための抗議、ということだ。

ただ、現地に住むキセキさんにインタビューしてみると、その背景には、複雑に絡み合った課題があった。

例えば、貧困の問題。今、香港では毎日およそ150人以上の移民を受け入れていて、職や住む場所の競争が激しくなっているという。

また、家賃の極端な高騰という背景もある。
香港は、世界でも最も家賃の高い土地のひとつ。
4畳一間で月13万、なんてこともありえるそう。
不便さは想像以上。ただ、香港に暮らす以上、そこに住む以外の選択肢をとれない。我慢するしかないという。

・・・というように、一国2制度の政策の中で様々に徐々に積もり積もっていった歪みが、一気に爆発したということだ  。


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・真実は一体。錯綜し混乱する現地


インタビューや取材をする中で強く感じたことの一つは、今回の香港のデモは「情報の真偽を見極めるのが非常に難しい」ということ。

現地では、様々な情報が飛び交っている。
例えば、香港では今、異常な数の若者の自殺者が出ているが、それは
香港政府が過激派を粛正しているからではないかという陰謀論が出ている。

実は私が訪れていた11日にも、15歳の女の子の遺体が港から引き上げられた。
警察の発表によると、詳しい解剖などもなく、火葬されたということだ。

デモ参加者たちが利用するSNSのグループやメッセージアプリには、実際に発見された水死体の写真がアップロードされ、その不信な点についての解析が繰り広げられたりしている。

(詳しい内容:
https://news.livedoor.com/article/detail/17222615/)

また、拘束された市民が、警察から暴行を受けたり、性的な暴力をふるわれてたりしているという情報もある。
これは、拘置所から開放された女子大学生がその事実をカミングアウトした動画が公開されたことで、より信憑性を持って広まった。


(カミングアウトした女子大生の映像)

インターネットにより、情報が瞬時に拡散される。さまざまな想像の余地が生まれる。このことが、様々な真実と憶測が錯綜する状況を作り、さらに混乱を招く。共産党という、ベールに包まれた大きな組織の力が、その状況にさらに拍車をかけている。

何が本当か。何が偽りか。その見極めを行うのが非常に難しいデモだ。

・張りつめた異様な空気。もはや、戦争のよう。

だからこそ私は、「自分の目で見たこと」を信じたい。
デモの最中の取材をすることを決心した。
キセキさんに、命や身の安全は自己責任でとるとした上で、デモの取材に同行させてもらいたいと頼んだ。

10月12日、午後3時ちょうど。香港の中心地、「尖沙咀」。大きなデモが行われると聞き、現場近くの地下鉄の駅でキセキさんと合流し、取材に同行した。
集合場所に行くと、黒い服とマスク、ゴーグルに身を包んだ若者で溢れていた。小さい子だと、小学校低学年くらい。中心となっているのは20〜30代で、中年層もみられる。
中には「守護孩子」と書かれたベストを来ている大人たちが。
聞けば、デモに参加する子どもたちを暴力から守るボランティアなのだそう。

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ニュースでよく耳にしたデモ隊のシュプレヒコールが、香港のビル街にこだまする。空に翻る黒い旗。デモ隊は、香港の中心を通る「ネイザンロード」を北へ、ひたすら北へと歩を進める。
 

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途中、警察署の前を通る。現場が一気に緊迫する。警察署の前は、デモ隊と武装警察の衝突が最も頻繁に起こる場所だ。

警察署の前で、一層大きくなるデモ隊の声。ベランダや屋上には、武装した警察が出てくる。
今にも、催涙弾を打ち込まれそうで、緊張が極度に強まる。
声を使う仕事に就いているで、喉への刺激がある催涙ガスはできれば避けたかった。

「黒色の旗挙げたね。“警告”のレベルだから気をつけて」

キセキさんが言った。
よく見れば、ベランダに出た警察が、黒い横断幕のような旗を掲げていた。

警察は、催涙弾を市民に向けて打つ際に、事前に旗を上げて予告する。
青色が「警告」、黒色が「催涙弾を撃つ」、をそれぞれ意味する。

(もちろん、突発的なときには予告がないことも)

幸い、今回の取材中、私が居合わせた現場で発射された催涙弾は1発だけ。
ただ、催涙弾は、目や鼻だけでなく皮膚をも刺激する。

湿度が90%近くなる香港の秋。
長袖を着ているデモ隊の参加者は多くなく、みんな無防備な状態だ。催涙ガスを放たれたらひとたまりもない。痛みで怯み苦しむ隙を狙って、武装警察は、一般市民を力づくで圧制する。


・信号機やATMを破壊し、駅のガラスを割る。


デモの最中、あちこちで何かが破壊される大きな音が響く。銀行や、信号機、駅の入口・・・
デモ隊は、ゴミ箱などや道路上の鉄の柵を引き抜き、バリケードを作り、車が通行できないようにする。

街は、破壊されて行く。

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人が、ここまで暴力的になれるなんて。人間が持つエネルギー、その負のパワーに驚かされる。同時に、何が、どうして、何のネジが狂ってこんなことになってしまったんだろうと、悲しくなる。

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(中華系の店舗を襲撃し、窓を破壊しようとするデモ隊。身元がバレて拘束されるといけないので、他のデモ参加者たちが傘でその様子を覆い隠す)


・大手メディアの「ライブ配信」で情報を得るデモ隊

取材を通して、インターネットが、デモに巧みに取り込まれていることに驚いた。
デモでの行進中、みんなが終始確認しているのは、手に持ったスマホ。テロリストなどが使う、メッセージが暗号化されるSNSアプリを駆使して、今、どこに警察がいて、どこで暴動が起こっているか、どこが危険なエリアなのか、全ての情報をリアルタイムで共有していた。

それだけでなく、「PRESS」という書かれた黄色いベストを着た地元の大手メディアがデモに同行し、撮影して、Facebookのライブストリーミングで流す。デモ参加者たちはそのライブストリーミングで、いっきに、複数の場所で起こっている出来事を把握する。

これほど効果的な情報入手方法はないと感じた。

ネットの発達で、デモの形が、確実に、複雑に変化しているのだと確証した。


・“明日日本に帰るなら、あなたは生き延びれるね”


デモの取材では、様々な参加者に話を聞いた。10代から、30代まで。立場は多様だ。

ただ、“どうしてデモに参加したのか?”という質問に対して、声を揃えて言うことは

”このままでは、中国の共産党支配に浸食されてしまう。自由や民主主義、そして人権を守るために参加している”ということだ。

なかでも、衝撃を覚えたのは、21歳の大学生の女の子にインタビューしたとき。

“警察は市民にも暴行を加える。もう信用はできない。私たちを守ってくれるものは何も無い”

そう話してくれた。その後、私にこう聞いた。

“いつまで香港にいるの?”

正直に私は、一時的に取材に来ているだけで、明日には日本に帰ると正直に伝えた。

すると
“よかった。明日ここを離れるなら、あなたは安全に生き延びられるね”

と、少し安心したような、切ないような表情で言った。

衝撃だった。
私は、日本に帰れば、安全な環境と、ある程度自由が保証された暮らしがある。
でも、彼女たちはそうじゃない。先が見えない中、危険と隣り合わせの中、ずっと、権利のために戦い続けなければならないのだ・・・


・“折り鶴”に込められた”祈り”

香港で、ひとつだけ、とても平和的で優しいデモの現場に出会った。
それは、ショッピングモールで、みんなで歌を歌いながら折り鶴を折るというデモだ。
平和の象徴、日本の「オリヅル」が、いっぱいに、いっぱいになって、いくつも折られていた。

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こんな“デモ”の形があるのかと驚かされた。
温かくて、非暴力的で、ただただ、自由と民主主義への祈りが折られている・・・。
ただ同時に、“この折り鶴に乗せて、日本の人たちに香港のことを伝えて“という思いが込められている気がした。

・人ごとじゃない、香港のデモ

「日本にいる私たちが、何か力になれることはありますか?」
デモの参加へのインタビューで、私は必ずこう聞いた。
決まって帰ってきた答えは
「今、香港で何が起こっているかを伝えてほしい」
ということだ。

現地で取材するカメラマンのキセキさんも言った。

「共産党という大きな力の前に、市民のデモはもしかしたら無力かもしれない。だから、国際社会の介入が必要。そのためには、ここで起こっていることを誰かが伝えて、広く知らせなければ」

日常の中に、少しでも違和感があれば、声を上げ、拒否したり、状況を改善することができる。そういう姿勢を持つことの大切さを、香港の人々の姿を通して知らなければいけない。そうしなければ、少しずつ、身の回りの自由や権利を奪われていくそしてそれはじわりじわりと訪れるので気づかない。

人権が大きく侵害された、過去の過ちが繰り返されてしまうかもしれない。

・まずは知るだけで良い。

記事を読んで下さった方、こちらの
キセキさんの、Instagramの写真展をぜひ見て下さい。


「まずは知るだけでいい展」
毎日、めまぐるしく変化する状況を、リアルタイムで伝えてくれる展示会。
危険と隣り合わせの撮影を重ねるなかで生まれる、美しい言葉と、残酷なほど生々しい現実を映す写真に、必ず衝撃を受けるはず。



・香港の若者の、魂の叫び

香港の若者は、自由のために声をあげている。力の限り叫んでいる。
本当に、知るだけでいい。
日本のことを大好きでいてくれる、素朴で、温かい、親愛なる、お隣アジアの国のこと。

少しでも関心を持った人はネットでも、テレビでも、新聞でもいいから「香港」について考える時間を作ってほしい。

それが、命をかけて戦う若者たちの願い。

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(※デモの参加者を、個人が特定できる形で撮影することは、当局が身元を突き止めて逮捕してしまう可能性があるので禁止しています。そのため、雑感などの写真のみになっています。)

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