時間が経つのが遅い国8

自分の机に戻ると、もう山谷さんも自分の席に戻っていた。噛んでいたガムを食堂のレシートに包んで、捨てようとしていた。

「遅かったね」と山谷さんが言ったので、「はい。屋上の休憩所に行ってました。山谷さん行ったことありますか」と聞いてみた。
「いや、ないなぁ〜」と、山谷さんは言って、遠くを見た。「今度行ってみようかなぁ」
「はい。すごくオススメです」とは、言ったものの、山谷さんの食べるスピードではお昼休みの間に行く余裕があるだろうか。と、私は心配になった。

午後の仕事も、サクサク進んだ。いつもだったら終業時間内に終わらず、少し残業してようやく終わらせる仕事も、終業時間の15分前には終了していた。

こんなことって初めてだ。と、私は思った。
もうなんにもやることがない。

私は左斜め前の山谷さんの机を眺めた。山谷さんは、書類の中でクロールしていた。
「あ、あの、なにか手伝いましょうか」
「え、ほんと、助かる〜」
そう言って、山谷さんは私に半分以上の書類をよこした。ええ、これ全部……。と、私は内心思ったが、乗りかかった船だ。最後までつきあおう。と、心に決めた。
「これをねー、ここに、写してほしいの。」
「え、これ全部ですか?」

「意外と、すぐ終わるから」

そんなはずはないと思った。1000ページ位の書類の束を、全て原稿用紙に書き写すなんて。

「コピーじゃだめなんですか?」と、思わず私は言ってしまった。
「もったいないじゃない」
「書き写す時間の方がもったいないんじゃ……」と言いかけた時
「だって、一文字づつだもん」という、意外なことばが返ってきた。

「どういう意味ですか?」


そんなやり取りをしている間に、3分くらいが経っていると思われた。