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リバプールの2人の天使たち

(2018年11月に投稿した記事)

9月23日、ワールドトランスフォームドフェスティバル(TWT)へ参加するために、イギリス北西部の街リバプールにやってきた。低予算な私の勤務先からの出張はたいてい一人だ。私は荷物を持ったまま、直接TWT会場に行き、3つのセッションを傍聴した。今回は議論の内容はさておき、その後私が直面した危機について書きたい。最終のセッションが終わって午後8時近く、私は仕事をしたかったので、とにかく予約したアパートメントホテルに急いだ。ゴロゴロ荷物を引いて会場から20分ほど歩き、予約したアパートの住所に来たが、どうみても普通の住宅でドアベルには個人の名前。これを押すのはためらわれる。

なんでレセプションがないのか、わからない。予約確認に電場番号が載っているはずだが、あいにく印刷し忘れた。こういう時に限ってスマホのデータ通信がつながない。つまりメールにもアクセスできない。そして周りはパブも店もない閑静な住宅地。寒いし、雨が降ってくるし、荷物は重いし、新しい靴で足は痛いし、スマホの電池残量は10%を切るし、途方に暮れる。人も歩いていなくて泣きそうになる。でも仕方がないので少し回りを歩いた。
しばらくして、Love Corbyn, Hate Brexit (労働党党首コービンは大好きだけど、英国のEU離脱は大嫌い)のプラカードを持った青年が「どうした、道に迷った?」と声をかけてくれた。

「実は道に迷ったよりももっとやばいかもしれなくって、予約したアパートがフェイク(偽)だったかもしれない。ちゃんとBookingドットコムで予約したのに」
フィルと名乗る青年はいっしょに見に来てくれて、彼のスマホでアパートを検索した。場所は合っているけど、と地元リバプールの労働党支援者の彼もなすすべなし。フィルはヒルトンホテルに大勢泊っているし、とりあえずネットもつなげるからヒルトンまで行くのがいいよとアドバイスしてくれた。

フィル「UBER(ウーバー)使っている?」

私「使ってない」
流しのタクシーなんてほぼ存在しない。

「じゃ僕が呼ぶから」
お言葉に甘える。

私はUBERは理由があって使わない。UBERは乗客と運転手の金銭のやり取りはなく、乗客の銀行口座から直接運転手にお金が送金される仕組みだと聞いてびっくりした。それでは私は料金が払えない(アプリをダウンロードしなくていけない)。悪いことに、ついたばかりでポンド紙幣をおろしていなかった。そこまでフィルに頼れない。でも彼は4ポンドほど(600円)のことだから気にしないで、という。道で偶然会って助けてくれた人にそこまで頼れない。とはいえここで電話番号を聞くとナンパしてるみたいだしどうしよう。UBERが来るのは数分後。

困っている私に、フィルが「もし君が明日困った人に会ったら助けてあげて」とさわやかに笑う。直球の親切をありがたく受け止め、彼の好意に甘えることにした。「TWTで会ったらビールおごらせてね」と言って別れる。
UBERがやってきた。運転手は気さくな人で、自然と私の窮状を話し始める。今日泊るところがあるかわからないけど、とにかくヒルトンに行って問題解決してみる、と。生まれも育ちもリバプールの運転手の名前はラザーといった。ラザーはUBERは簡単だし便利だよという。確かに便利だ。手を挙げてタクシーを止められる街はあまりにも少数だ。スマホのアプリでよべるUBERの飛躍的な拡散はよく理解できる。しかも値段が通常のタクシーよりずいぶん安いようだ。

ラザーは続ける。料金の25%は自動的にUBER社に送られるんだよねと。マネーのやり取りのみで、コミッションも自動的に乗客からUBER社に送金されるそうだ。ラザーは「ヒルトンで問題が解決できなかったら、よんで」と言う。なんで?またまたものすごい親切な人?「私、UBERないから」と言ったら、ラザーは電話番号を教えてくれた。問題が解決したら元のアパートに運転するし、しなかったら解決策を見つけるからとラザーは言う。

ヒルトンのバーでとりあえずビールを飲んで気持ちを落ち着かせ、メールにアクセスする。幸いなことに予約した宿泊先からメールが来ており、特定のコードが書いてあった。このコードで中に入るわけね。こういうメールを宿泊の当日に送るのってどうよ(怒)。ともあれ宿泊先はフェイクではなく泊まれそうだ。私はラザーにメッセージを送って、大丈夫そうと告げた。お礼も言いたかったので、ヒルトンからアパートへ再び運転してもらおうと思った。ホテルのATMでポンドもちゃんとおろせたし。20分くらい待ってラザーが来た。彼のUBERでアパートに戻る。メーターのない車なので、「10ポンドでいいかな?」とお金を払おうとしたら、お金は受け取らないという。何で?「君が困っていたから助けた。お金は受け取らないよ。今度、君が困った人にあったらその人に同じようにしてあげて」

二人目の天使に出会ってしまった!しつこくお金を払おうとしたらなんだか彼の心意気を無駄にしてしまう気がして、素直に彼の好意を受け取った。朝、サンドイッチとリンゴを食べたっきりで、空腹でくたくただったが、この二人のリバプールの天使に会えたことで心は温かかった。その後、アパートのメインのドアの開錠に成功したのち、さらに内部のドアのコードを手にいれるのにひと悶着する羽目になる。でも二人のことを思い出して優しい気持ちで、空腹の眠りについた(もちろんアパートには何も食べ物がない)。

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