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背浮き

父との美しい思い出を書こうと思う。

小学校の時、父は何回か家族や友達を連れて、海に連れて行ってくれた。島根の島だ。自家用車を何時間も運転して、車ごと船に乗って、やっと着く。1週間くらい公民館みたいなところに雑魚寝する。海三昧だ。毎日、島の海辺で思い思いに海を楽しむ。ただ漂ったり、貝を拾ったり。花火をやったり、水風船を投げ合ったり。

その頃、私はカナヅチだった。 父が、折を見て泳ぎ方を教えてくれた。まずは背浮きだ。背中からそっと支えてくれる。耳が水に浸かる、怖い。耳をしっかり浸けて、頭の先を沈ませるくらい逸らした方がしっかり浮けるとアドバイスをくれる。リラックス、リラックス。失敗する。何回も失敗する。海だから多少は浮きやすい。試行錯誤の末、なんとかできるようになる。水が怖くなくなる。その後すぐに平泳ぎもマスターした。もう浮き輪は要らない。

夏の強い日差し、水に浸かった耳から聞こえる海の音、自分の恐れとの戦い、父の優しい声。

美しい思い出って、その前後もしっかりと覚えていてるものなんだ。そうでない思い出は、ディテイルもなく、前後もなく、そのシーンだけ繰り返しフラッシュバックする。バチッと、いきなり、途絶えている。


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