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婦人科の待合室は深海だった。

婦人科の待合室。

そこには有象無象の事情が渦巻いている。

それはまるで、果てしなく広く、未知の海洋生物がうごめく深海のようだった。


きっかけはピルのゲットのため

今から6年前、28歳。私はせっせと婦人科に通っていた。ピルを貰うためだ。

少し前の診察によると、チョコレート嚢胞なるものが卵巣にあるらしい。まだめちゃくちゃ小さいが、大きくなると手術になるし、いつか来る出産にも差し支える。

医者「もし心配なら、低用量ピルを飲んでれば進行を抑えられるよ。排卵が来るたびに嚢胞が大きくなっちゃうのを防ぐのだ」

え!ピル飲むの!避妊以外に!?
無知だった私は、ピルが女性の病気に効くことを全く知らなかった。

この日から、言われるままにピルを飲む生活が始まる。
彼氏など3年もいないため、当然避妊目的では無い。排卵を止めておくためである。

いざ毎日飲んでみると、生理がきちんとした周期でくるし、生理痛も無いし、超らっくちん。
イエーイ、ピル最高!!もっと早く知ってれば良かった!!ヒャッホー!!

そんな生活を5年続けました。
そう、その間は出産の機会なんて全く来なかったのさ。ちょくちょく彼氏はできてたものの、ちょくちょく別れていたんだ。


ハッピーオーラ全開の妊婦達

ピルをまとめてもらうため、3ヶ月に1回、産婦人科クリニックに通う生活。
このクリニックには「産科」と「婦人科」があるので待合室が同じだった。

そこで目撃していたのは、そんな待合室の非日常的な光景だった。

だだっ広い部屋にソファがたくさんある待合室には、
お腹の大きい妊婦さん。
子連れのお母さん。
幸せそうな夫婦。

あはは、うふふ、という効果音が彼女達の頭の上に見えた。
ほえ〜、待合室が幸せオーラで溢れている‥

私の仕事生活では普段接しない人達が、ここにはたくさん居るのだ。
視野が狭すぎる、で有名な私には、私以外全員が幸せ絶頂なハッピー妊婦に見えていた。

卵巣の治療でピルを貰いに来てる女は、絶対私だけ。勝手にそう決めていた。

‥‥いいな。


ポツリ、とそんな感情が初めて生まれた。


私もいつか、子どもを産みたい。
彼女達の仲間入りして、幸せオーラをまとってここに座りたい。
でも婚活してても5年間成果が無いし、彼氏できないし、もう33だし、もしかしたらチョコレート嚢胞のせいで将来不妊になるかもしれない。
もしかしたら子宮内膜症や卵管が詰まっているかもしれない。
もしかしたら気付いてないだけで、もう既に産めない身体なのかもしれない‥!


突然、この待合室にいるのが嫌で嫌で仕方なくなった。逃げたくなった。
受付から入って来る妊婦たち。
幸せそうな夫婦たち。
走り回る子どもたち。

産まれてくる赤ちゃんを迎え入れる彼女達と、治療とは言え赤ちゃんが出来ないための避妊のピルを買う私。何この真逆な世界。

辛かった。
辛くて倒れそうだった。
惨めだ。幸せ度が180度違う。

嫌だ嫌だ嫌だ。もうこんな所、来たくない。
ピルなんて飲みたくないよ。早く赤ちゃんを産んでみたい。早く結婚したい。

でも、いつかの、いつかの、いつかの出産のために今は我慢してピルを貰わなくちゃ‥。
それから年齢的に勧められた子宮鏡検査と、卵管造影検査もしなくちゃ‥。これっていわゆる不妊治療だよね‥。
いつかの出産のために。

‥‥いつかって、いつよ?


ネガティブ女は、ひくほど視野が狭い

いつかいつかと幸せな夢を見ながらもきっと夢で終わるんだろうと決めつけていた私が、あれから1年後、何の奇跡か結婚し、何の奇跡かすぐに妊娠した。

執筆現在、2020年6月。
妊娠4ヶ月。


あれ?これは何と言い表せればいいとんとん拍子だろう。拍子抜けにも程がある。

ネガティブ女の思考は、ネガティブが現実化してどんどん不幸になるのがお決まりの話ではなかったか。
妊娠がわかったのは、子宮鏡検査で子宮ポリープを摘出した直後であった。不妊治療なるものが、突然終わった。

そうして突然の突然、私は待合室の彼女達の仲間入りとなったのだ。まだ心の準備すらできていないのに。


待合室に座る。
いよいよ妊婦の彼女達側として、待合室に座ったのだ。どんな気持ちになるんだろう。ドキドキ。

‥‥あれ、違う。

景色が違う。

「ハッピー側から見た景色はバラ色!イェーイ!」という事ではない。

「彼女達は決してハッピーとは限らない」という事だ。


彼女達はいわゆる妊婦健診で待合室に座っている。
はたから見れば絶頂ハッピー状態。
しかしそんな事はなかった。いざ私がその立場になると、なんと不安が80%を占めていたのだ。

不安とは「赤ちゃんの生存」である。

妊娠初期と言われる初めの約4ヶ月間は、胎動など感じない。
数週間ごとの妊婦健診で、医者の超音波エコーで小さく動く心臓を見るその瞬間までは、生きているのか死んでいるのか全くわからないのだ。どうだ、怖いだろ。

もし心臓が止まっていたらどうしよう。
成長していなかったらどうしよう。

エコー中の医者の「赤ちゃん元気だよー!」なる言葉は、崇め称える神のお言葉である。

そんな恐怖心を1人抱えながら、彼女達は待合室にじっと座っていたんだ。
妊娠に浮かれ回るハッピー女では無い。


尚且つ周りを見渡せば、妊婦以外の女性が多い事にも今更気がつく。
そう、以前の私のようなピルを貰ったり、子宮の治療をしたり、不妊治療に通う女性達だ。
自分が妊婦になってから、お腹も大きくないのにどの人が妊婦であるか否かは何故か自然とわかった。

あの頃の私はあまりにも視野が狭く、思い込みが激しかったおかげで、妊婦99%だと決めていた待合室。
実際は妊婦30%、婦人疾患の治療70%くらいの比率であった。


彼女達一人一人に事情があり、感情がある。
不妊治療に通う人、望まぬ妊娠をした人、妊娠したものの切迫流産な人、胎児の成長が遅い人‥

視野が狭いでは済まされないほど、この待合室には多くの感情が渦巻き、彼女達の不安は果てしなかった。


そんな事に今更気付き、呆然としていた私の隣に、一人の妊婦が座った。
泣いている。診察が終わった直後のようだ。

すぐさま看護師さんが駆け寄る。
胎児の超音波エコー写真を渡して、
「家に帰って旦那さんとよく相談してね。うちの病院では受け入れは難しくて‥」

彼女の泣き声が待合室に響いていた。
何があったのかは予想でしか無いが、当然良い事では無い。

何が全員ハッピー絶頂妊婦だ。
私は最低だ。

婦人科、産婦人科の待合室は、人生がかかった部屋だ。
自分だけじゃない、赤ちゃんも、旦那さんも、両親も、みんなに関わる重要事項を妊婦1人が抱え、じっと座る部屋。

そして、そんな妊婦に憧れながらも、子宮の治療に通い続け、不妊という不安に押し潰されながらじっと座る部屋。


しかし、こんな私のように、妊娠するまで産婦人科はハッピーオーラ全開だと決めつける人は少なからずいると思う。
婦人科と産婦人科の違いが分からない人も。

必ずしも妊婦達が幸せ一択では無いことも、私のような方々に少しだけでも知って貰えると、視野が広くなるのではないかなと思っています。
いや、こんな単純な思考しか無かったのは、私だけかな。私の頭の中こそ、お花畑だったというお話かな。

早く不妊治療に保険が適用されますように。
そんな願いも込めて。


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