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或る男の三年

2020年6月1日。
当初の予定より2ヶ月の遅れをもって、訪問介護事業所SAISONはオープンした。

信頼できる元仕事仲間に社員を、親友にアルバイト登録をお願いし、
事務員に信頼のおける高校の同級生を配置した。

布陣としては最強だった。
ポケモンなら初手でリザードンを選べるくらいの安心感がある。
ただ、管理者がポンコツだった。
いやこの男、想いはあれど素質がなかった。

男は介護職員として8年働いた。特養・訪問・デイサービス。
ブラック企業から超ホワイト企業まで、
ありとあらゆる現場で介護技術から請求までやった(やらされた)。
北に知らない薬があれば看護師に邪険にされつつ頭を下げて教えを乞い
南に新しい介護施設が立てば行って設備や仕組みを学んだ。

その結果、知識と技術だけ得たつもりになっているモンスターが爆誕したのである。

そんなモンスターは、事業所をオープンしてからは酷かった。
売り上げがたたないことに焦り、社員の発言に一喜一憂し、他者からのクレームに憤った。
1人になれば「もう辞めようかな」を行ったり来たり。
コロナ禍の立ち上げも相まって、男のメンタルはすぐボロボロになり、
一番当たりやすい事務員に嫌味を言ってしまったこともある。
社員にツンケンしてしまったこともある。
利用者の話を最後まで聞かずにケアをしたことだってある。最低の管理者だ。

今になって思う。管理者に一番必要な素質は「メンタルの安定」だ。
男にはそれが圧倒的に足りていなかったのだ。

夢に出てくるのは退職届を持った職員と底をついた貯金通帳。
寝れなくなって何度も請求画面と社員とのやりとりを確認し続ける日々。

これが立ち上げてから半年後、2020年12月の出来事である。

2021年を迎え、転機が訪れた。
4月に初めて「全く知らない人」がアルバイトに応募してくれたのだ。
初めましての人に会社の説明をし、理念を話した。
そして夜勤の同行をした日、少し落ち着いて話をする時間があったので
「なんで家が近いわけでもないSAISONを選んでくれたんですか?」と聞いてみた。
普通は面接で聞くべきなのだが、怖くて聞けなかったから、夜勤でしれっと。

「SAISONの理念で〈自分らしく生きることを支援したい〉っていうのを見て
 なんかいいなと思いました。職場の雰囲気とか介護の魅力を推すんじゃなくて
 ただ自分たちが利用者さんのために何をしたいかが一番わかりやすくていいなって。」

彼は今もアルバイトとして所属してくれている。
SAISONが初めて「お祝い金」を払ったのも彼だ。
その彼の言葉が〈今〉の僕の原点となっている。

自分らしく生きていくことを選択できる社会。
それを目指すのは、僕自身が自分らしく生きることができなかったから。
自分が女性だとバレることに怯えていたし
自分が人に嫌われて人が離れていくことも恐れていた。
常に誰かの顔色を窺って、ご機嫌を取って、相手に縋っていた。

でもそれじゃダメだと、戸籍変更をした瞬間に思ったから、
「自分ではどうしようもできない何か」のせいで、自分の人生を諦める人が減ったらいいなと思ったから
事業所を立ち上げたのだ。

それなのに半年間、僕はずっと
「誰かの顔色を窺い」「人が離れて行かないように媚びへつらい」「自分らしさを見失い」
「うまく行かないことを誰かのせいにして」働いてきてしまっていた。

嘘をついていたのだ。
自分が掲げた理念に。
その理念に共感してくれた人々に。

ダメだと思った。だから変わることを決意した。

できないものは人に任せよう。もっと人を信じよう。
自分が得た知識を、知識比べに使うのではなく、誰かの生活のために使おう。

そうして少しずつ、僕の視界は変わっていった。

意識し始めて少し経ったころ、2人の利用者さんから同じような話をもらった。
「うちに来てるヘルパーさんをSAISONで雇って欲しい。」
それぞれに事情があったから、すぐに受け入れることを決め契約。

数ある事業所の中から、SAISONを選んで託してくれたことを、無碍にしてはいけない。
改めてその責任の重さを感じつつ、それは1人で背負わなくていいのだと思い直した瞬間だった。

【知っている人たち】で始めた事業所はいつしか【知らない人たち】の方が多くなった。

知らない人、に自分のことを話すのは苦手だったけど、
この会社が、佐藤が「何をしたいか」を話し「SAISONのやりたいことに付き合ってほしい」と伝えた。

みんな、快く受け止めてくれた。

そうやって少しずつ少しずつ、知らない人が知ってる人に変わり、
知っている人が信頼できる人になって、
信頼できる人は、多くの利用者さんにとって頼れる存在になっていく。
気がつけば25人のスタッフがSAISONに所属をしてくれている。
ありがたいことに「SAISONの理念に共感して」と言ってくれる人も多くなった。

僕の仕事は、みんなの期待に応えること。
その期待に、嘘をつかないで向き合うこと。
目の前の人が、障害や難病と向き合う孤独や生きづらさに
「大丈夫」といえる事業所であり続けること。

それを今日、皆さんにお約束します。

この3年間は、ただのポンコツを芯のあるポンコツにしてくれました。
この3年間で、たくさん信頼できる人がいる人生になりました。
この3年間で、誰か1人くらいは幸せにできているかもしれません。

これからも「そうだったらいいな」と思いながら、続けていきます。

4年目も頑張ります!!!


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