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『False Memory Syndrome』 感想

Vtuberとして活躍するキャラクター、ピーナッツくんが初のアルバムをリリースした。ピーナッツくんは投稿する動画でもラップバトルものを投稿しており、私はそのクォリティの高さに「これは"ヒップホップ"を解っているやつだ…」と確信していた。

「ヒップホップとはなんぞや?それ知ったとこでなんぼや?」と先人も語るように知るのではなく、解かる(気になる)ものなので解説はできないけど。ただ、こいつは同志だと感じさせるものだった。

そのピーナッツくんがアルバムを出す。私は期待を膨らませた。
音楽を発表するだけならば、これまでピーナッツくんがやっていたように、Youtubeなどで発表し、音楽配信サイトにも音源を出すというふうにすればいい。だから、アルバムを出すというのは、それだけで何かアルバムという形態で表現したいことがなければ必要のない行為なのだ。
さらに、不穏なジャケットと『False Memory Syndrome』というイキったタイトル。これでなにかなければ幻滅だが、絶対にそんなことはないだろう。

配信とともに聞いた。いい曲が多い。単体の完成度は期待以上。しかし、なんかひっかかりのあるアルバムだった。そのひっかかりを考えるうちに以下の感想にたどり着いた。このアルバムは込み入っている…!
参考:False Memory Syndrome #フォルメモ の雑感 (よくまとまってて、こっちで良いような気もする)

1. DUNE!

この曲はノリもよく、途中でラップも入ってくる。このアルバムはこんな感じの曲が聞けるアルバムですよという導入。歌詞の中に惑星(ピーナッツ星)もしっかり入れて、アニメのピーナッツくんの世界観も踏襲している。

2. ピーナッツくんのおまじない(feat. チャンチョ&オレンジ博士)

2曲目にしてこのアルバムにおける最大の込み入り具合を見せてくる。
途中にピーナッツくんのクリエイターである"御主人様/兄ぽこ"が出てくるところは、「間違いなく君がピーナッツくんだ、僕を救ってくれたマイヒーローだ」とメタな視点がはっきりしているため、すぐに気づけると思う。しかし、まだ込み入った構造がある。歌うピーナッツくんは、実は2人いるのだ。あるいは、2つの立ち位置から表現していると言い換えられるかもしれない。(まぁ、実際の態様とも呼応しているから当たり前とも言えるかもしれない、込み入ってんなあ!)
ここから説明のため、Vtuberピーナッツくんを「Vピ」、ショートアニメの主人公ピーナッツくんを「Aピ」とする。
最初は、Aピ、Vピが混濁したヴァースで、前半は草原とチャンチョでアニメの話なのに、後半は「My name is ピーナッツくん(略)胸の奥には心臓ないけど、みんなから吸って吐いて酸素」とアニメのキャラでは言えないメタいことを言っている。続くヴァースはVピが「まるでゴージャスの地球儀みたい高速回転中」と外部の情報を披露し、チャンチョ(当然アニメ側)から「ねぇ、ピーナッツくん、何言ってるの?」といさめられている。しかし、「ここはどこ?君は誰?」、「ここ、リアルじゃないのかも」と語りかけられるように、前述のヴァース内での混乱、込み入った自己を指摘されている。(と言っても、指摘してるチャンチョもクリエイターの分身なのだから、自己言及とも取れる、込み…)そして、Aピが「何するわけでもない、このとおり僕は奇天烈なやつ」、「昨日のことは忘れてます(一話完結型特有の引き継ぎなし)」と自分を歌い上げる。その後、前述した兄ぽこが出てきて、ピーナッツくんを定義しようとし、Vピのピーナッツくんが「授かった名前はピーナッツくん」、「この声・体、君との違いが僕がピーナッツくんたる所以さ」と返す。ここで重要なのは、(兄ぽこ⇄Vピ)の関係であり、当然Aピからは兄ぽこへ直接関わることができない。しかし、最終ヴァースにおいて、Aピが「そばにいてね、ちゃんと」と語りかけることで、目線を我々(視聴者)へ向けている。これまでの流れと、最終ヴァースを合わせることで、込み入ったピーナッツくんというコンテンツをしっかり包摂した曲になっていると言えないだろうか。
【〔(兄ぽこ⇄Vピ)→Aピ〕⇄視聴者】

全体的にアップテンポで楽しげなのに、この曲は落ち着かなく不安だ。途中でチャンチョやオレンジ博士の語りがあるが、ほほ同じ言葉で入るし、ピーナッツくんは今見たように微妙に分裂しているかのようなヴァースを蹴る。兄ぽこを知らない人にとっては知らん奴が、君こそがピーナッツくんだとか哲学めいたことを歌ってくるわけで、それを受け止めてヴァースを吐くピーナッツくんも相当変だ。上で解説めいたことを書いてみたが、ここらへんもなんとなく不安を埋めるために自己に刷り込んだようなところがある。ここでアルバムのタイトルを見てみよう。

False memory syndrome
人のアイデンティティや人間関係が偽記憶、つまり事実上は正しくないが強く信じられている回想によって影響を受ける状態を指す(訳:筆者)

ピーナッツくんのアニメは、Vtuberとしての活動からみると矛盾していることもあるし、アニメの1話1話が完結型というのも、我々がそれを覚えていることは偽の記憶と見ることもできる。しかし、それらの繰り返し及びVtuberとしてパラレルな存在として体験した活動が、兄ぽこにとってピーナッツくんを「僕のヒーローだ」と呼ばせるようになったというのは、まさに引用したFalse memory syndromeを引き起こしたといえるんではなかろうか、この曲こそが隠された表題曲なのだ!

長い!ここからは手短に見ていくぞ。

3. グミ超うめぇ

Vピの好きなグミについて歌った曲でMVもある。ヒップホップには、伝統的に薬物や酒について語った曲があるが、好きなものについて大げさに礼賛する曲は聞いていて気持ちがいい。

4. kick!Punch!Block!(feat.デニムくん)

最初に挙げたブログでも言及されているとおり、デニムくんが強キャラ感に溢れており、聞くだけならヒップホップでよくあるセルフボースト(自分を誇示し鼓舞する曲)もの。しかし、デニムくんの目標は傷つくことなので、リリックまで含めると倒錯したことになっており、それが独特の気持ち悪さにつながっている。

5. おねがいマーニー

Vピのハスラー(売人)曲、Vtuberとして、動画投稿や企画者として、生きていくことをしっかりヒップホップの定番テーマ「金」から語って言っている。「僕はバーチャル土方」や、「働かなきゃな」など地に足のついたリアル感は毎日投稿や続けるピーナッツくん(とぽんぽこ)でしか出せないだろう。

6. レオブタ解体ショー

マジでヒプマイとかに曲提供したりしちゃうんじゃない?ちゃんとうまいのすごいです。

7. Pokemon Purple

ヒップホップテーマに沿った形式で、歌詞に違和感なくポケモンキーワードをぶち込みまくっている。先に公開されている動画でもコメントがあったが、「シャンパン開ける、短パンこぞう」は本当にワードチョイスがうまく面白い。「そらをとぶ」、「なみにのる」はヒップホップでもよくチョイスされるワードだが、意味は違えど当然ポケモン関連でもあるわけで綺麗にダブルミーニングしており秀逸。ナードラップは席が空きまくりなので、こういう曲を聞かせてくれて本当に助かる。

8. ねむれないクリスマス(feat. ジョビルボ松本) 

ここまでAピから離れていたため、6.7との落差に相当唐突感があるが、5-7まではVピの曲、ここからAピのターンだ。個人的にこの曲(動画)がめちゃめちゃ好き。スカし漫才で、さらに幼児向け特有のなんか盛り上がって、うやむやにいい感じになるのを茶化してるみたいなノリがすごくいい。お前の横で歌ってるやつ!ただの夜勤のおじさんじゃないか!シュールな感じでピーナッツくんのアニメをよく表してる。

9. おやすみグッナイ(feat. チャンチョ)

チル曲 なにかと謎の多いチャンチョの内なる熱さかっこよさを独白調の曲で描いており、意外なキャラソン枠としてよく出来ている。

10. 幽体離脱(feat. チャンチョ&ぽんぽこ)

アニメやバーチャル空間にいることを幽体として捉えて描いた曲なのかなと。チャンチョは幽体の世界にいるし、ピーナッツくんやぽんぽこもバーチャルな存在として幽体になる場合があるため、この曲に参加できている。チャンチョはずっと幽体のため、「仮に僕が消えたとして、朝になって、眠る僕を誰が起こしてくれる?」とつぶやく。その後の英詞も本当に切なくて、登場人物でしかないチャンチョは、「自分が誰で、実体のある誰かといつも一緒に」いなければ、その人の記憶の中に生きなければ実はそこにいないのだ。幽体を支えているのは、幽体ではない無数の誰かである。それをこのぽんぽことの耳に残るフックできれいに聞かせる。ファンが多いのも納得の一曲。

11. Drippin' Life

9,10の夜が明けて、他のキャラに囲まれて明るいアニメ的なエンディング…と思わせておいて、どんどんハングリーなピーナッツくん/兄ぽこが全面に出てくる。そして、畳み掛けるラップ。

僕そうです、誰にも真似できぬ、この編み出してきた毎日、あいつらへばって何もしてないうちに、こさえて持っていくニュークラシック(※)。

※クラシックはヒップホップ用語:不朽の名作的な意味で用いられる。

つまり肝心要の自分次第、でも期待以上で応えたいじゃん。高いハードルはダッシュをしてハイジャンプ。出る杭がもっと出て、黙らす外野。

まさに毎日投稿し、ゆるキャラグランプリ優勝、さらにこんなアルバムまで出す自分を誇るセルフボーストを鮮やかに決めていく。
しかし、その後、「けど、疲れるよ、いつか死ぬかも、みんなそうだろう、???場所、あとはやるだけ、力込めるRushin、日々が走馬灯…」と静かにシャウトし、次のヴァースをキックする。

謎のYellowのGuy 僕は超ヤバイ
努力人の倍 、それくらいしなきゃ作れない
だからみんな見てろよ、 僕の描く走馬灯
面白くて急死

叫びのときはマイナスに見えた「走馬灯」を、僕が描く、みんな見てろよと力強く捉え直し、これからも面白いクリエーションを作っていくぞとまたど堂々と宣言する。これはまさに夜明けを力強く感じさせる曲であり、Born to lose, Live to winな曲が大好きな筆者は本当に心を打たれた。折れそうになる自分を含めて鼓舞し、『自分が自分であることを誇る』、まさにBボーイイズムを感じる素晴らしい曲だと思う。

総評

ピーナッツくんの多才さ、クリエイターとしての意気込みだけでなく、ピーナッツくんはどんなキャラクター(込み入り具合まで含めて)なのかというところまで、織り込んだアルバムだったと思う。この記事を書くのに、兄ぽこのインタビューを参考として読ませてもらい、その力強い言葉によってさらにピーナッツくんのファンになったように思う。Vtuberとしても音楽クリエイターとしてもさらに作品をたくさんみたい、初めてこんなにアルバムについて語ってしまった、頑張ってくれ!

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