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湘南ファンタジー〈新江ノ島水族館〉

(2021年3月)

ひとり水族館がついに県境を越えた。歴史的な第一歩は、日本一ロンハーマンが似合うエリア・湘南に鎮座する、新江ノ島水族館である。ここにどうしても会いたいアレがいる、ということで、平日の有休にも後押しされ訪れる決意を固めた。これが週末ならばロンハーマン族に尻込みして湘南エリアに足を踏み入れることすらできなかったであろう。有休よありがとう、そんな余裕を片手にゆったり朝ニ時間で江ノ島を目指した。ところが到着してみるとなんということか、エントランスにファミリーたちが溢れている。おいおい何てこったい。春休み前の平日、悠々自適の水族館ステイを思い描いていた私は、早々に夢を打ち砕かれた。ちなみにここはコロナ後も予約制ではなく、当日券で普通に入れてしまう。こうなったからにはダラダラするわけにはいかない。琴線に触れる水槽だけに的を絞る、集中と選択が必要だ。


入館すると、いつもよりさらに多めにスルーをかましながら進んだ。傍目にはおそらく2,500円を支払った一般人には見えず、関係者筋だと思われたことだろう。そうしてズンズン進んでゆくと、素晴らしい展示を見つけた。

シラスだ。愛してやまない(食べる方だが)あのシラスだ。「シラスサイエンス」と銘打たれたコーナーには、カタクチイワシがその成長段階ごとに並べられている。シラスとして食べられることがないため、立派な大人になった姿まで見られる。なんと湘南らしくロマン溢れる展示だろうか。

ひとしきりシラスたちにエールを送ったあと、さらにいくつもの水槽をやり過ごし、相模湾大水槽に到着した。やはりどこに行っても大水槽はいい。特にこのタイプの深さのある水槽は、海中にいる気分に浸れるので最高だ。

エイが多いな、なんて思っているとキラキラ輝く魚の玉を見つけた。どうやらマイワシの群れのようだ。

いやこれはまた素晴らしい。自然を感じる。

ここがクライマックスかもしれない…などと思ったところで、我に返った。そうであった、私には彼らに会うという目的があったのだった。先に進もう。するとほどなくして、クラゲエリアに行き当たった。クラゲか。最近の水族館といえば、猫も杓子もクラゲか。クラゲさえ見せておけば癒されると思ったら大間違いだ。そう心の中で毒づきながら足を踏み入れると、思いもよらないファンタジー空間が広がっていた。

クラゲの美術館、とでもいうのが相応しいだろうか。落ち着いた空間の中に、絵画のようにクラゲが展示されていた。昨今のクラゲ至上主義的風潮にアンチクラゲ寄りなっていた私も、その好ましさに放心してしまった。

ミズクラゲからシーネットル系、そしてウリクラゲまで、多種多様なクラゲたちが、非常に好ましく美しく無理がなく展示されていた。いやすみません、さっきの悪口はナシでお願いします。毒気に当てられたというのか、毒気を抜かれたというのか、しばらくぼんやりと少女のように堪能した。そしてまたも我に返る。違った違った、私にはどうしても会いたい彼らがいるのだった。ファンタジーワールドから足を引っぺがし、先へ進む。果たして、ようやく会えた。

どうしても会いたかった、フウセンウオである。新江ノ島水族館といえばフウセンウオでしょう。そんな覚悟でやって来たのに、この水槽の周りには拍子抜けするほど人いない。たまに通りかかった女子が「あ、みてみて、かわい〜…やだっ動いた、やっぱキモっ!」と言って去っていくぐらいだ。なんて失礼なと腹が立つよりも、独り占めできる喜びが勝つ。

そのおとぼけ顔をひたすら眺め続けた。フウセンウオといえばダンゴウオ。極小のダンゴウオを愛でるダイバー達の話からもっと小さいかものと思っていたが、予想以上のサイズ感だった。豆粒程度かと思いきや、パッションフルーツぐらいはある。大きい個体はリンゴ大だ。そのぶん表情がよく見え萌えられるので、よしとしよう。

しばしかぶりつきで鑑賞した。ゆうに10分は経っただろうか。2,500円では安すぎるぐらいの贅沢な時間であった。また来るからなと声をかけてその場を離れると、「皇室御一家の研究コーナー」なる一角があった。皇室といえばウミウシとハゼではないか。もしやウミウシまでも…?と期待したが、さすがにいなかった。しかし、思いがけずハタタテハゼとアケボノハゼには出会うことができた。ラッキーな気分だ。

私のあまりのかぶりつき具合に誰もいなかったハゼ水槽の周りに子供たちが集まりだした頃、イルカショーが始まると館内がざわつきだした。プールぐらいは見ておくかとなんとなく向かってみる。途中でやけに愛らしいゴマフアザラシと仲良くなった。

アザラシの何が好きかと聞かれれば、まずこの口角である。存分に披露してくれる、優しい方であった。

すでに盛り上がっているイルカショーを少し覗いてみる。しかし当然のことながらプールは狭く、例によってイルカが背中擦りそうだなと感じ、早々に踵を返す。

隣に「海亀の浜辺」というコーナーがあった。おお、クソでかい海亀がいるではないか。よくよく見るとアカウミガメであった。私は海でもアカには会ったことがない(と思う)。はじめましてとご挨拶をする。

その先にはアオウミガメが5体ほど気持ちよさそうに泳いでいた。

どうもどうもいつもお世話になってます、と、こちらには少しこなれたご挨拶をした。残念ながら水が結構濁っていたため映えショットは撮れない。ふと気配を感じて振り向くと、背後にカピバラコーナーがあった。カピバラはかわいいと思うのだが、水族館にいるカピバラにはそれほど興味がない。申し訳ないが、相対的な優先順位の問題である。イルカショーの最中だからなのか、隅っこすぎるからなのか、そうはいっても人っ子ひとりいない。そんな中、飼育員さんとカピバラが無言で向き合っている姿に心打たれた。

手ずから餌をあげているのだが、何かを静かに語り合っているようにも見える。思わずこの2人の様子に見入ってしまった。最後にとんでもない癒しがあったものである。

それにつけても海沿いの水族館は気持ちがいい。フウセンウオにさえ会えればいいと思っていたが、シラスやマイワシも素晴らしく、クラゲにも一本取られた。そういえば今回はチンアナゴすらスルーしてしまったなと、売店のチンアナゴグッズを見て気付いた。そんな暇もなかったのだと結論づける。とても満足している。ランチは江ノ島でシラスだな、と思い立ち、そそくさと退散した。


アフター水族館は、江ノ島へ渡りシラスとビールを楽しんだ。まるで絵本のような一日ではないか。それも昔ながらの起承転結がはっきりとしたおとぎ話…シラスとクラゲとフウセンウオが舞い踊る湘南のファンタジーであった。

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