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琴柏谷の思い出

 雑誌『相撲』は毎月発行されていて、夏場所前の号では力士のみならず親方、行司、呼出し、床山、若者頭、世話人といった裏方に至るまでの現役の人たちの顔写真や略歴を掲載した名鑑が付録になっている。
 これを目当てにほぼその時期にしか雑誌も買っていない始末。そんな日々も何年ぐらいになろうか。四半世紀はいかないけれど、もうじきそれぐらいにはなるだろう。


 そんな名鑑の十数年前。佐渡ヶ嶽部屋の一番下のほうに写るひとりの力士の姿に目を奪われた。とにかくハンサムな青年だった。歳を目にして目を剥いた。中卒やん。青年ちゃうやん少年やん。この後で『今、注目の美形力士』みたいな何かの雑誌の企画で何人かの力士に混じり、その写真がまんま使われていたのもさもありなん。

その力士こそ琴柏谷。
後の琴恵光である。


 この人が上がってきたら人気出るだろうなあと思っていて、眺めている間に超スピードとは言わんまでも順調に出世して、一時は部屋頭にもなって、その頃には大分ずんぐりしてきてしまっていたけれど、あの少年も立派になったものだなと、目を細めていたものである。
 それが引退して親方になるとは、隔世の感がある。


 お疲れ様ですと、ひとりねぎらい目を閉じると、まぶたに浮かぶは琴柏谷少年の凛々しい顔写真。
 なんでこう、古い名鑑を次々処分してしまうもんかねと、痛い目を見る僕である。


 尾車親方もお疲れ様でした。
 あの事故からあそこまでよく戻ることができたものだと思うと、つくづく目頭が熱くなるものだ。

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