22.1株残った野生のムニンツツジ
2011年に小笠原諸島はユネスコの世界自然遺産に登録されました。「東洋のガラパゴス」としても有名で、著者も豊かな生態系が残っているものと思っていました。一方、ムニンツツジという小笠原固有のツツジは、小笠原父島の躑躅山に1株しか野生で残っていないことも知っていました。ゾウガメの一種のピンタゾウガメの最後の1頭として有名なロンサム・ジョージが、ガラパゴスで2012年に死にました。狭い孤島ではどこでも、乱獲で絶滅する種も多いのもうなずけます。吉田圭一郎は、「19世紀以降、小笠原諸島における原生の自然環境は強く人間の影響を受け、特に森林は開拓初期から精力的に伐採され、20世紀までの30年程度の間にほとんどが失われてしまったのである。・・・島嶼の森林植生は壊滅的な影響を受けており、元の状態に回復するためには、数十年から数百年といった長い期間が必要だといわれている。」と述べています。
著者は、2024年6月に小笠原を初めて訪問しました。大学院修士課程の2年間、同じ研究室に所属していた同級生が小笠原村村長になり、同窓会を開くことになったのです。竹芝桟橋から24時間かかる船旅、船中泊と、島で3泊4日の、もちろん毎晩飲んで交流する旅です。著者の部活はオリエンテーリングで山野が舞台に対して、村長の部活はダイビングで海が舞台でした。
村長から、潜りたい人はマスクとともにフィンを持ってくるかレンタルするように言われたので、45年前の大学時代のフィンを探し出し、水中カメラを持って行きました。サンゴの海で、魚と戯れて、海中公園に満喫しました。他の6名の同級生は、フィンまでは使わなかったけれども、村長と筆者はフィンで泳ぎました。
人はどのように自然をうまく活用し、一方で取り返しのつかない失敗をしてきて、その失敗から何を学ぶかを、まずはツツジという切り口から始めて記します。
ムニンツツジは、ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い絶滅危惧IA類(CR)に指定されています。日本のツツジ属の65種の中で最も絶滅の危険度が高いとされています。東京都小笠原亜熱帯農業センターの展示園で、挿し木などで増やしたムニンツツジなどの植物を見学しました。花期は過ぎていたために花は少なかったが、温暖な気候で年中咲くので、花の撮影ができました。遺伝的な多様性が保てるかどうかは心配ですが、何とか大きな株が増えているので、一安心です。
夕方に一斉に飛び立つオガサワラオオコウモリ、産卵に来るアオウミガメ、船に追走するハシナガイルカとともに、村長が下見しておいたという、わずか1cmのグリーンペペという闇夜に緑色に光るキノコを観察しました。これらは、保護されている生き物です。
アカガシラカラスバト、カツオドリ、オナガミズナギドリなど鳥類を食べるノネコは、捕獲が進み、鳥類の数が回復しています。
島の植物を食い尽くして、表土流出を引き起こすノヤギの駆除は、比較的順調に進んでいます。食害が少なくなり、緑が増えているとのことでした。現在では父島のみに、少数のノヤギがいます。最終日の自由行動で、一人で南端のジョンビーチに行くと、ノヤギに会いました。
外来植物で成長が早いアカギやモクマオウは、小笠原の固有植物を駆逐しています。だから、母島の乳房山などの重要な場所から、アカギに薬剤を注入するなどして枯死させていました。モクマオウは、土の上に葉を厚く積もらせるために、他の植物が生えなくなります。大きくなる樹木の駆除は大変ですが、少しずつ、改善しそうです。
最も問題なのは、昆虫を食い荒らすグリーンアノールというトガゲと、カタツムリなどの陸上の貝を食い尽くすニューギニアヤリガタリクウズムシ、通称プラナリアです。グリーンアノールは、父島に1960年代、母島に1980年代に入ってきて、瞬く間に島全体を覆いつくしました。
2013年に兄島で確認されたグリーンアノールが広がらないように、通電するグリーンアノール柵をつくっていますが、柵を超えて広がっています。
また、南島で最近、グリーンアノールを見たという報告から、アノールホイホイという、ゴキブリホイホイに似た粘着トラップが仕掛けられていました。他の昆虫なども捕まってしまいますが、仕方がないようです。グリーンアノールで昆虫が少なくなると、受粉ができなくなる植物も増えるでしょう。
島嶼という脆弱な生態系は、比較的回復しやすい固有の生物と、回復が無理ではと思うほど深刻な被害が出る生物の場合があります。小笠原は、現在進行形でこのような事例を学べる場でした。村長ほかみなさま、ありがとうございました。
吉田圭一郎「世界自然遺産『小笠原諸島』における植生破壊と再生の環境史」宮本信二、野中健一『自然と人間の環境史』237-254p 海青社
渡辺洋一、高橋修『ツツジ・シャクナゲ ハンドブック』2018 文一総合出版
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