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青臭い哲学者


title by scald(http://striper999.web.fc2.com/)


「節分ですか」
「そ。知ってんでしょ」
「ええ。元は季節の始まり、立春などの前日を指していましたが、江戸時代のころから主に立春の前日を指すようになったのだとか」
「へえ。そうだったんだ。そこまでは知らなかったわ」
「季節を分けるから節分、だそうですよ」
「ああー、漢字の由来もそこなんだ」


 あんた、本当にそういうこと詳しいよね。そう優がスマートフォンを触りながら返事をすると、ウィキペディアに掲載されている情報ですよ、と千種川は何でもないように答える。
 本当だ、と彼女がフラペチーノを啜っていたストローから口を離して呟く。


「病気を鬼って言うの、なんか面白いよね」
「面白い、ですか」
「あー、なんていうのかな。今はさ、病気の原因がなにか分かる……っていうか、見えない細菌とか、ウイルスのせいだって言えるけどさ。それを鬼だっていうのが、何て言うんだろうね、案外間違ってなくて面白いなって」
「なるほど。正解ではないが、不正解というには正解に近いと」
「そんな感じかな。へえ、豆を投げるのって、鬼の目である魔目を滅するで豆なんだ。面白いじゃん」
「言葉遊びですね。当時の人は、言霊と信仰を信じていたのでしょうが」
「信仰?」
「農耕民族である日本人は、五穀に分類される豆や米などには力が宿るとされ、信仰していました。これはアニミズムの一種である穀霊信仰と言います。特に豆と米は神聖なものとされてきました」
「ふうん。そんな由来があるんだ」


 随分軽くなったフラペチーノのカップを、カラカラと振る優。空っぽのそれをトレイに置いて、節分がどうかしたのか、と尋ねる千種川に答える。


「別にどうってことはないけど、豆を年の数食べるじゃん。あれ、昔さ、小学校で同じクラスの子が年より一つ多く食べるって言ってたのを思い出したってだけ」
「ああ、なるほど。それですが、数え年の考えから来ていますね。数え年の数だけ食べる。つまり、本来の年齢より一つ多く食べることになりますから」
「あー、なるほど。そういうことか」
「まあ、実年齢の数だけ食べるほうが分かりやすい、という考えもありますし、どちらが正解で、どちらが不正解ということはないかと」
「ふーん。まあ、たしかに年齢の分だけ食べる方が分かりやすいよね」


 そんなやりとりをしながら、カップに入っていたコーヒーがなくなったことを確認した千種川が、空になりました、と報告する。立ち上がりながら、優は買い物いこ、と次の行先を告げる。
 どこに何を買いに行くのか、と千種川が尋ねると、ルーズリーフがなくなりそう、とだけ優は答える。


「なるほど、それなら文具店ですね」
「あ、ボールペンの替え芯も、そろそろなくなりそうだから買っておかないと」
「それはいいことです。僕の両親はなくなってから買おうとしますから」
「あるよね。うちの姉もそうだわ」
「他に使えるペンがあるから、と油断をしていますから。なので、定期的に僕が替え芯を補充しています」
「えらいじゃん」
「訂正します。正しくは、なくなる前に取り替えていますね」
「あんたの方が母親らしいっていうか……なんていうか……」
「母親らしい?」
「逐一そうやって世話を焼く人のこと、お母さんみたいって言うの。そういうこと」


 だってあんた、ペンがなくなる前に芯を替えていくなんて面倒なこと、全部やってるんでしょ。
 カバンの中に入れていたマフラーを首に巻きながら、優がそう指摘すると、手袋をした千種川は顎に手をやって考える。その指摘に思い当たる節がないようだ。


「そうなんでしょうか」
「あたしはそういうとこ、お母さんよりお母さんみたいだなって思うってだけ」
「ふむ。やらない方がいいのでしょうか?」
「別にやってもいいと思うけど。どうせ、なくなった時に詰め替える訳だし」
「では、今後も詰めていくことにしましょう」


 それなら、僕もボールペンの替え芯を補充しなくては。
 そう答えた彼に、家中のボールペンの場所を把握してるのか、と優は面白半分に尋ねる。なんてことはないように、千種川はリビングと僕の部屋と兄と姉、父の部屋だけですから、とこともなげに答える。
 その答えに、優は数を聞くのはやめておこう、と喉元まで出かかった質問を飲み下す。なぜなら、彼なら本当に知っていそうだったからだ。


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