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星の刻/レコードの上で


title by OTOGIUNION(http://otogi.moo.jp/)


 昔、顔が良くて気になっている人が居た。
 女遊びが激しくて、いつも誰も彼もを値踏みするような目で見ている人だったけれど、とにかく顔だけが好みだったのだ。
 そんな人が、大学入学を控えて事故に遭ったと聞いた。聞いたときは頭が真っ白になったし、病院を突き止めてお見舞いに行くべきか、それはもう迷いに迷ったのだけれども、結局の所、ただのクラスメイト以上の関係では無かったのだからと辞めたのだ。


 今にして思えば、あの時行っていたら何か変わっていたのかも知れない。
 記憶が吹っ飛んだという彼は、ただ透明な――ガラス玉か、カメラのように綺麗な目をこちらに向けるだけで、なにも関心を寄せてはくれない。あれほど頑張って彼の視界に入るために、同じ大学に通おうと塾に通ったり、彼好みの女の子になろうと化粧やスキンケアを頑張ってみたりしたのだけれども、なんの役にも立っていない。
 彼の飛んだ記憶の代わりに出てきた人格は、ごっそりとそれまでの人間らしい彼が消えていたのだ。人を値踏みして、気に入った人と火遊びをする、顔の良さと実家の太さで全てをもみ消すという、なによりも人間らしい振る舞いをしていた彼がいなくなってしまったのだ。ただ残ったのは、顔が良くて、物静かで、ちょっとだけ不思議な観点を持つ彼だった。
 けれども、私が好きになった人間くさい彼じゃなくて、もうどうでもよくなってしまったのだ。美しい人がただ美しくあるだけなんて、そんなの人間ではないのだ。お人形遊びに興じる年でもないので。


「杏奈、あんなに千種川君に熱あげてたのにねえ」
「だって、今の千種川君別にタイプじゃないから……」
「そう? 前よりマシじゃない? 女遊びしないし、落ち着いてるし」
「そうかもしれないけど、顔の良さが引き立ちすぎて気持ち悪い」
「あー、それはあるかも。言えてる」


 電話してくる、と席を立った友達に手を振って、私はちらりと隣を見る。
 この大学は結構な偏差値の私立大学であるから、色々な人が居る。ガリ勉からパリピまで幅広い。その中でも、一際異彩を放つのは今の千種川君だろう。ひたすらに顔がいい上に、実家も太い。そして妙なところにこだわる。面白いという人から、ちょっとこわいという人までよりどりみどりの反応だ。
 昔の好きな人が変わってしまったことに対し、私はまだその傷が癒えない。きっと、これは化膿して、ぐずぐずになって、腐るタイプの初恋なんだろうなあ。そんな風に思っていると、電話をしていた友人が戻ってくる。


「やばい。すごいもん見ちゃった。杏奈も来なって」
「え? なにが?」
「すごいんだって! こっちこっち!」


 まだいるかな、と騒いでいる友人に引っ張られて、私は教室をあとにする。廊下に出て、広場に面している窓に向かう彼女に、なんなの、と尋ねてみるが特に反応は無い。あれだよ、と指さされた方を見れば、そこに居たのは千種川君だった。距離があるから、何をしているのかまではよくわからなかったが、どうやら、誰か女性と話しているようだった。
 そういや、今日はオープンキャンパスだったな、とぼんやり思い出す。図書館で借りた本を返しに来たついでに、オープンキャンパスで手伝いに来た別の友人を一緒に来た友達と待っていることをぼんやり思い出す。なぜなら、それは、千種川君と一緒に居た女性は見慣れない人だったのと、ブレザーの制服を着ていたからだった。


「あの制服って、丘の上の高校じゃない? ほら、あの偏差値のいいとこ」
「あー、そうかも」
「てかさ、あのこ、遠目でも凄くスタイルよくない? モデルさんかな」
「ありえそう。モデルじゃなかったら逆に何? って感じ」
「わかる。モデルであってほしいよね」


 短く折りたたまれたスカートは、お尻を隠しながらも布が乗っているだけ、という雰囲気だし、ブレザーの前のボタンは締められていない。遠目だからよく分からないが、あの様子だとシャツの胸元もほとんど空いているのではないだろうか。なんというのか、前の千種川君だったら喜んで手を出していただろうな、って見た目の女の子だ。
 記憶は無くても、ああいう女の子が好きなのは変わらないんだねえ、とけらけら笑っている友人をよそに、私は違うだろうな、と言う言葉を飲み込む。たぶん、あの子はそういうスタイルが似合うからしているだけであって――その本質はきっと、全然違うものだろう。そんなことを直感的に感じ取る。ただ華やかなだけじゃなくて、もっとなんというのか悪質なものがあるような、そんな気がするのだ。
 だからこそ、彼女には非日常の人間であって欲しい。そう思ったからこそ、私はモデルなりの着こなしなんじゃないの、と返すにとどめるのだった。


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