見出し画像

嗤うノウゼンカズラ 2日目-朝

 朝食付きプランにしていたため、アランはホテルで借りている部屋の外に出ることとした。朝食をつけてもつけなくても、料金が変わらないのであれば付けてお得感を楽しんでしまう。そういうアランは人種であった。どんな朝食なのだろうか、と浮かれながら、部屋の外に出ると、ちょうど隣の部屋の扉が開く。
 そんな漫画みたいなことあるんだなあ、と思いながらアランは隣室の人に朝の挨拶をしようと口を開いて、目も口もあんぐりと開けてしまう。かけていたメガネが少しズレる。そんな彼に、けっ、と隣人は悪態をつく。

「随分な挨拶だな、クソガキ」
「ひえっ……って、なんで隣の部屋がベルクさんなんですか……」
「それは俺が聞きたいが?」
「運命の悪戯ってやつですかね……いいや、もう。ベルクさんも朝食べに行きますか?」
「ったりめぇだ。腹が減って敵わん」

 朝から食べる人だ……と思いながら、朝食会場として開かれている二階のレストランに二人が向かうと、食事を終えた人や、これから食事の人たちでレストランの入り口がごった返している。
 一階と二階は吹き抜けであるため、二階のエレベーターホールから一階のフロントの様子が伺えるのだが、なにやら物々しい雰囲気が伝わってくる。昨日の昼に、アランを襲撃した男を回収した人たちと同じ制服を着た男性たちが、フロントカウンターでなにやら話している。その対応している人も、昨日チェックイン対応をしてくれたスタッフとは違う制服を着た男性職員であり、なにかあったのだろうか、とアランが心配そうに呟く。そんな彼にニュース見てないのか、とベルクは鼻で笑う。

「ニュースですか? そういや、まだ何も見てないですね……なにか、あったんですか?」
「ニュースサイト、どこを見ても一面は同じ内容だから後で見とけ。忠告するなら、飯食う前に見る内容じゃねえよ」
「? はあ……」

 よく分からない忠告を受けながら、アランは気のない返事をする。とりあえず、今は見ない方がいいんだな、と考えながら、チェックインの際に渡された朝食チケットをレストランの受付に手渡す。
 ビュッフェスタイルの朝食らしく、木製のトレイに皿とカトラリーを乗せてアランは並ぶ食事を見る。そこには、出来たてでまだ湯気もたっているスクランブルエッグにウィンナー、くるりと巻かれた卵焼きにオムレツ、スパゲッティにコーンスープを始めとした多くの料理が並べられていた。
 朝からたっぷりは食べられないよ、と思いながら、アランはシリアルをざらざらと皿にとりわけ、よそったヨーグルトにたっぷりのブルーペリーソースをかける。バナナをひとつ取ってトレイの上に載せれば、アランにとって十分な朝食だ。
 その隣でベルクはトーストを焼き、小分けされたジャムをいくつも掴み、ヨーグルトにはしっかりとブルーベリーソースをかけている。トーストだけでは足りないのか、シリアルもよそって、スクランブルエッグに焼かれたベーコンまで三枚ほど取っている。ケチャップも大盛りだ。
 ベルクはトレイに山盛り載せた食事を手に、彼と比べると随分と貧相な食事に見える――なお、アランの普段、バナナと牛乳が朝食であることを考えれば、十分に食べているはずの食事を見て、可哀想なものを見る目で見てくる。

「お前、成長期だろうにそれだけでいいのか」
「朝から食べられないですよ、そんなにたくさん……」
「食べなさすぎじゃねえか? それっぽちじゃ、昼まで持たねえだろ」
「持ちますって。むしろベルクさんのほうが凄いですよ」
「これぐらい普通だろ」

 そんなやり取りをしながら、二人は向かい合わせにテーブルにかける。たまたま空いていたのがその席しかなかったのもあるが、アランからすれば、ベルクについて回れば身の安全が保障されると考えてのことだ。昨日のボウガンの矢を射出するフラッシュの持ち主を圧倒した、彼の持つフラッシュについては教えてもらえないだろうが、少なくとも、制圧力に長けたフラッシュであることに間違いないはずだ。少なくとも、自身より半径二メートル以内にあるものを転移させるだけのアランのフラッシュよりは殺傷力が高いはずだ。
 今日はどこに行こうかな、とシリアルを口に運びながら、アランは行儀悪くスマートフォンを操作する。インターネットブラウザを起動させると、ニュースサイトが真っ先に開くように設定されているものだから、いやでもそのニュースは目に入った。
 観光名所のガイドサイトを検索するつもりが、派手な煽り文に惹かれて思わずアランは、口に含んでいたシリアルを飲み込んで読み上げてしまう。

「旅行客か。公園で女性二人の変死体?」
「ああ、それな。朝イチのニュースでやっていたぞ。詳細は知らない方がいいぞ。スクランブルエッグとヨーグルトが不味くなる」
「え、ええ……でも、その、気になるって言うか……」
「なら食ってから見るんだな」
「そうします」

 シリアルをかきこみながら、アランはスマートフォンをスリープ状態にする。詳細は知らない方がいい、とはいえ、朝から変死体があがってくるなんて物騒だなあ、と思っていると、アランの後ろに座っている家族づれの話し声が聞こえてくる。どうやら、ニュースについての話のようだ。

「物騒な事件が起こるから、パパとママから離れるなよ」
「はあい」
「大丈夫だって。わたしたち、生存権? っていうのがあるんでしょ?」
「それでもだ。水分引っこ抜かれて、ミイラみたいになったらしいぞ」
「ひえっ……ちょっとパパ! ご飯どきにそんな話しないでよ! ママもなんとか言ってやって!」

 後ろがにわかに騒がしくなり、静かになる。周囲の目が向いて静かになったのだろう。結果として、事件の詳細を聞いてしまったアランは、なんとも言えない顔をしてヨーグルトを口に運ぶ。少し青ざめた顔色になっているな、とベルクは観察していたが、ニュースサイトよりもSNSのほうがよほど見るな、って言うべきだったか、とにやにやして言ってくる。

「まだニュースサイトは情報が統制されているらしいから、写真とかは載ってないぞ」
「マジですか……ニュースサイト見て、先にダメージ喰らっておくべきだったかなあ……ていうか、その、ミイラみたいになってたって、」
「そうらしいぞ。なんなら、ここに泊まっていた客らしいな。運のないことだな」
「その人たち、生存権、なかったんですかね。旅行者なら、ほら、だいたいあるじゃないですか。オレはその、例外ですけど」
「ない人間も多くはないが、決して少なくはないからな。自分だけは大丈夫、だとでも思って油断していたんだろ」
「そうですよね……」

 普通は自分だけは死ぬことはない、と思っているものだから平然と死と隣り合わせでもいられるのだろう、とアランは考える。アラン自身だって、空港を出た直後に命を狙われなかったら、生存を保障されないことに対して危機感を覚えなかっただろうから。
 ずず、と牛乳を飲みながら、アランはベルクさんって今日も暇ですか、と尋ねる。ベルクは予定を尋ねてくるアランに、不審そうに眉根を顰めながら暇じゃないって言ったらどうする、と質問に質問を重ねてくる。それに対してアランは、暇じゃなかったら部屋に引き篭もりますけど、と返事をしてから、暇だったらオレの観光に付き合ってほしい、と頼む。
 目を閉じて、自身のこめかみをトントン、と叩いたベルクは、どうせ長期休暇で暇してるしな、とぼやいてから、いいぞ、と返事をする。

「えっ!? いいんですか!?」
「尋ねてきておいて、なんだその言い草は。気が乗らねえ、やっぱり忙しくするか」
「ええ!? ちょ、ちょっと困りますって! めちゃくちゃ嬉しいなー! やったなー! ベルクさんが居てくれると、オレめちゃくちゃ嬉しいなー!」
「棒読みしてんじゃねえよ、ったく……」

 わざとらしく大喜びしてみせるアランに、けっ、と悪態をつきながら、ベルクはどこに行く予定だ、と尋ねる。ええっと、とアランはスリープにしていたスマートフォンを起動させながら、色々と観光地があることは知っているんですけど、と言いながらアランはぽちぽちと画面をタップする。考えてねえのか、とテーブルに肘をついて呆れるベルクに、はい、と目線を逸らしてアランは小さく返事をする。
 海は海難事故が怖いしな、とぶつぶつ言いながら、どこに行きたいかをピックアップ始めるアランに、絶景がみたいか、とベルクは尋ねる。彼の方に顔を向けたアランは、ぱちぱちと瞬きをして考えてから、はい、とこくこく頷く。

「だったら、灯台だな。第四地域ヘルトリープ灯台。検索してみろ」
「へ、る、と、り、い、ぷ……あ、出てきました!」
「そこのチョコレートサンデーがうまい。島の端にあるから、景色もいい」
「チョコレートサンデー目当てか……」
「悪いか? 付き合ってやるからよ、」
「奢れってことですよね? はいはい、奢らせていただきますよ」

 はぁー、と呆れたため息を吐きながら、アランはスマートフォンで地図を確認する。アクセスとしては近くまで電車が走っているらしい。そこからは徒歩で向かうことになるのだろう。電車の駅までちょっとありますね、とアランがマップアプリを見ていると、第四地域の外周と内周を走る路線と、それを縦横斜めに繋ぐ路線があるだけだから、路線図としてはわかりやすいんだがな、とベルクは答える。
 そんな彼の発言を確認するように、アランが路線図を見ると、たしかに第四区域の外周を回る環状線と、内側を回る環状線の二本を縦と横、そして斜めに貫くように、二本の路線が走っている。たしかに分かりやすい、と言った彼に、ここからだとエルミスト商店街駅だな、とベルクは立ち上がる。出発の準備をするつもりだろう彼を見て、慌ててアランも立ち上がる。五分で支度してこい、と言った彼に、じゃあ五分後フロント前でいいですか、とアランは提案するのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?