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立てば芍薬


 惑星によるが、地球にあるかつて日本と呼ばれた土地のように季節のある星は存在する。とはいえ、暑いか涼しいか、寒いか暖かいかくらいのはっきりと別れていない所の方が多い。
 暑ければ暑いなりの楽しみ方が、寒ければ寒いなりの楽しみ方があるものだとサロセイル・エカ=メルは笑うのだけれども。


 この時、サロセイルは熱い惑星にいた。その惑星は銀河群のなかでも恒星に二番目に近い惑星だった。恒星に近いだけあり、驚くほどに暑く、屋内でも汗みずくになるほどだ。水は貴重なものであるためになかなか汗を流すこともできない。冷房のようなものは、この惑星の文化レベルがそこまで達していないためにない。
 汗のベタつきによる不快感すら旅の醍醐味と言わんばかりに、サロセイルはその惑星にある、とある街を歩いていた。
 その街は比較的繁栄しており、いつだって酒場は賑わい、喧騒が絶えなかった。とはいえ、目立った観光要素はなく、珍しいものを見るように街の人々はサロセイルを歓迎したものだ。
 宿の部屋から出たサロセイルは、さて朝はどうするか悩みながら一階の酒場に向かう。酒場の主人はテーブルを磨いていたが、彼の姿を見つけると、何か食べるかと尋ねてくる。


「何かおすすめはあるかな」
「お前さん、なんでも食べてくれるからな……」
「なんでも食べないとね。旅先の料理は、そこでしか食べられないのだから」
「なるほどねえ。なら、溶岩牛のサンドイッチでいいか? それとも、朝から肉のサンドイッチは重たいか?」
「溶岩牛か。いや、朝から肉のサンドイッチなんて贅沢なものを食べられるなんて、私はよくよくツイているよ」
「よく言うよ」


 まあ待ってな。そういうと、主人はテーブルを磨くのをやめて、キッチンスペースに戻っていく。冷蔵庫から取り出した、溶岩のように赤く焼けた牛肉をバゲットに挟む。レタスと玉ねぎを差し入れて、オーブンで軽く焼く。
 その間に度数の低い酒をグラスに注ぎ、焼けたサンドイッチを皿に乗せる。トレイにグラスとサンドイッチを並べて、しれっとカウンター席に座っていたサロセイルの前に並べてやる。
 硬く焼きしめられたバゲットを噛みちぎるサロセイルに、主人はあんたやっぱり人の形をしているだけなんだな、と少し引いたような表情をする。
 それも無理からぬことだろう。サロセイルの口は横にがぱりと――唇よりも裂けて、人よりもよほど鋭く多い歯で千切っていたのだから。


「これでもだいぶ似せられるようになったんだがね。二足歩行の人類には」
「ガワだけなら完璧だよ。口開いて飯を食わなかったらな」
「そうかい? どこか、おかしなところがあったかい?」
「人は唇よりも口は開かないし、歯だってそんなに多くねえよ」
「そうなのかい? ほら、亜人種たちはこう、開くだろう?」
「ありゃあ、やっこさんたちがそういう血筋だからだな。俺たちはたしかに開くが、お前さんが模してるやつらはそこまで開かねえよ」


 主人は困ったように長い鼻先をひくつかせる。所謂オオカミのような顔立ちをした彼は、呆れたようにサンドイッチをあっという間に平らげたサロセイルをみる。
 一方のサロセイルはといえば、口を開いては口元を触っている。どこまで開いていいのか、確認をしているのだろう。それを見ていた主人は、トイレに鏡あるぞと言えば、食べた直後にトイレはちょっと嫌だなあ、と笑うサロセイル。


「まあ、それは分からんでもないな」
「だろう? さて、今日はどこを見て回ろうかな……」
「お前さんも物好きだよな。こんな街、見て回るもなにもないだろうに。観光名所もないぞ」
「何もない、と思っているのは地元の人だけさ。私からすれば、あらゆるものが目を引いてやまないさ」
「そんなもんかい」
「そんなものさ」


 お代を置いて席を立ったサロセイルは、うーん、と伸びをして宿屋を後にする。照りつけるような――などと可愛らしい表現以上に燃え盛る恒星からの熱を浴びながら、街を歩いていく。
 かいた汗はあっという間に蒸発してしまうが、暑さがマシになることもない。次に行く惑星は、もう少し涼しいだろう二つ先の星にしようとサロセイルは考える。まだまだこの銀河群を楽しむつもりのようだった。


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