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契約書レビューの留意点|特許共同出願契約

他者と共同出願する場合には、共同出願契約を締結します。ここでは、特許出願の共同出願契約書をレビューする際の注意点をまとめておきます(商標の場合は、共同出願とすることは多くないのではと思います)。
契約書の文言は、工業所有権情報・研修館(INPIT)のWebサイト「知っておきたい知的財産契約の基礎知識について」内で提示されている「(7)特許共同出願契約書」をベースにしています(これまでの経験を交えて、一部に改変を加えています)。
なお、各条項のコメント・解説は、あくまで一担当者の私見ですので、参考程度にご覧ください。


前文

A株式会社(以下、甲という。)とB株式会社(以下「乙」という。)は、甲乙間で締結された20xx年x月xx日付け「共同研究契約書」第x条に基づき、「X」の発明に係る共同出願に関し、次の通り合意したので本契約を締結する。

  • 本発明が生じるきっかけとなった共同研究などがあれば、その共同研究契約などの関連契約(原契約)を確認する。

  • 共同出願契約(雛形)の内容と原契約の内容に乖離がある場合(共同研究契約の締結の際に妥協した箇所など)には、原契約で合意している内容を、共同研究契約に反映させる。相手方から雛形を提示された場合には、原契約の内容が反映されているか確認し、原契約の内容をベースに契約内容を詰める(必要に応じて、相手方と再協議する)。

権利の持分(第1条)

第1条(権利の持分)
甲及び乙は、本発明についての特許を受ける権利を共有し、その持分は、甲〇%、乙〇%とする。

  • 双方の持分を確認する。

  • 両者の持分に差がある場合には、必ず記載する。本契約に定めがない場合には、共有者の持分は等しいものと推定されてしまう(民法250条)。

  • 相手方によっては、この条文の前に、発明を特定するための情報として、発明の名称、双方の管理番号(社内整理番号)、発明者などを記載することもある。

出願及び諸手続(第2条)

第2条(出願及び諸手続)
甲は、本発明の特許出願の手続、登録までの諸手続及び登録された後の権利の維持管理に関する手続(以下、総称して「出願手続」という。)を行う。ただし、出願審査請求を行うとき又は拒絶理由通知を受けたとき、その他甲乙協議して手続をすることが適当と認められるときは、甲及び乙は事前に協議のうえ対応を取り決める。

  • 出願手続きを担当する当事者(幹事会社)を確認する。

  • 実務上で重要な事項(審査請求の要否、拒絶対応など)については、双方で協議・相談して決めることも多いので、ただし書きのような規定が設けられることが多い印象。

費用負担(第8条)

第8条(費用負担)
本発明の出願手続きに要する費用は、甲乙が持分に応じて負担する。

  • 出願に関する費用は、双方が持分に応じて負担するのが基本的な考え方(民法253条1項)。

  • 相手方との関係等に応じて、費用負担を変えることもある。出願費用を全額負担することにさほど抵抗がなければ、他条件を呑んでもらう代わりとして、協議材料(バーター)にしてもいいのかも。

  • 大学との共同出願では、企業側に出願費用の全額負担を要望されるケースが多い(すべての大学ではないが)。双方にとってwin-winとなるような契約協議を心がけたい。

実施(第3条)

第3条(実施)
甲及び乙は、それぞれ本発明を自由に実施できるものとし、実施に際しての対価の支払いの要否及び条件については、甲乙別途協議して定める。

  • INPITのサンプル共同研究契約書では、実施は自由としたうえで、対価の支払いについては後日協議としている。

  • 特許法では、各共有者の実施は自由で、対価の支払いも不要というのが基本的な考え方(73条2項)。「別段の定」をすることは妨げられないものの、このサンプルの規定では、対価の支払い義務を負う余地が残ってしまうのが気になるところ。

  • 想定される双方の実施状況や、相手方との協業可能性(本発明を実施する場合のビジネススキーム)などを考慮して、双方の縛りを定めておく必要があろう。例えば…

    1. 特に双方を縛る必要がなければ、双方が自由に実施し、自由に収益を上げればよい(特許法73条2項通り)。

    2. 例えば、相手方の実施度が高い(当社では実施の可能性が低い)場合には、特許法73条2項における「別段の定」としてこのサンプルの規定しておけば、相手方から対価の支払いを受けられる余地を作れる。当社が実施する場合も払うことにはなるが、「払う額<貰う額」となるからこの規定にしたほうが得。

    3. 一方、当社側の実施度が高い(相手方は実施の可能性が低い)場合には、「払う額>貰う額」となってしまうから、このサンプルの規定にすると損。この規定を採用せず、特許法の原則通りの実施自由かつ対価不要とするのがよいのではないか。文言としては、「甲及び乙は、何らの対価の支払い及び追加の義務の負担をすることなく、本発明を自由に実施できる。」などが一例。

  • 大学や研究機関などとの共同出願の場合には、いわゆる不実施補償が争点となることが多い(これについては、別記事でまとめたいと思います)。

実施許諾(第4条)

第4条(実施許諾)
1 甲及び乙は、本発明に基づいて得られる特許権について、第三者に実施許諾する場合は、その可否及び条件を協議のうえ決定する。
2 甲及び乙は、第三者より得られる対価を、持分に応じて配分する。

  • 特許法では、第三者に実施許諾する場合には、相手方の許諾が必要とされている(73条3項)。このサンプルの規定は、特許法の原則に沿ったものになっている。

第三者との紛争(第5条)

第5条(第三者との紛争)
甲及び乙は、本発明の特許出願又は特許権に関し、第三者から審判又は訴訟を提起された場合、相互に協力して対処する。

  • 無効審判などを請求された場合の対応を定めたもの。相手方としても、権利を維持するために双方で協力して対処することに異存はないだろう。

発明褒賞(第6条)

第6条(発明褒賞)
甲及び乙は、本発明の発明者に対する褒賞をそれぞれ自己に属する発明者に対してのみ、自己の所定の規定に基づき褒賞する。

  • 職務発明の取り扱いで必要な対応(特許法35条における「相当の利益」)を、それぞれ自己に属する発明者(自己の従業員)に対して行うことを確認するもの。

  • 相手方によっては、発明者からの権利承継(承継義務を負うこと、承継していることを確認すること、など)について定めておく場合もある。

外国出願(第7条)

第7条(外国出願)
甲及び乙は、本発明について外国出願する場合は、その取扱いについて別途協議して定める。

  • 外国出願する場合には、日本国内よりも出願費用が高額となる。INPITのサンプルでは、別途協議のうえでその取扱いを定めることとしている。

  • 実務上は、最初の出願時点で、相手方との間で、外国出願の要否(要の場合は出願予定国も)を確認しておくことが好ましい。

  • 相手方によっては、別段の合意のない限り、本出願から派生する出願(外国出願だけでなく、国内優先出願や分割出願等を含む)についても、本契約の規定を適用・準用することを定めておく場合もある。

関連発明・改良発明

第〇条(関連発明・改良発明)
甲及び乙は、本出願から〇年間の間、本発明の関連出願又は改良発明を行った場合には相手方にその旨を通知し、甲及び乙は、協議のうえその発明の取扱いを取り決める。

  • 関連発明・改良発明が権利化された場合、本発明を実施する際の支障となってしまうおそれがある。そのため、相手方でそのような発明が生じた場合には、その存在を把握できるようにし、その利用について協議しようというもの。

  • 双方が縛られることになるため、発明の内容等に応じて、通知対象とする発明の範囲(関連発明の定義)や対象期間を確認したほうがよい。

  • 相手方に対して、関連発明・改良発明の譲渡(アサインバック)や独占的な実施許諾(グラントバック)を求めてしまうと、「不公正な取引方法」にあたるとして独占禁止法上の問題が生じるおそれがあるので要注意。

秘密保持(第9条)

第9条(秘密保持)
甲及び乙は、本発明が出願公開により公知となるまでの間、本発明について第三者に開示または漏洩してはならない。

  • 秘密保持で重要なポイントは、①第三者への開示禁止と②目的外使用の禁止。秘密保持契約と異なり、共同出願契約においては、②目的外使用は考えにくいため、①第三者への開示禁止が規定されることが多い。また、公知情報の除外に関する例外規定も設けられない(そもそも本発明が公知であったなら、新規性を喪失しており特許性が満たされない)。

  • 相手方によっては、個人情報の保護についても規定されている場合がある。

有効期間(第10条)

第10条(有効期間)
本契約の有効期間は、本契約締結の日から、本発明に基づいて取得した特許権の存続期間満了日までとする。ただし、次の各号に該当した場合には、その該当する日に終了する。
 ①本発明の特許出願について、拒絶の査定又は審決が確定したとき。
 ②本発明に基づいて取得した特許権の無効審決が確定したとき。
 ③本発明の特許出願を取り下げ又は放棄したとき。
 ④甲又は乙が特許を受ける権利又は登録後における特許権に対する自己の持分を放棄したとき。

  • 共同出願契約の有効期間は、「特許出願・特許権が生きている間」とされることが多いと思われる。

  • ただし書きの1号~3号は、権利満了前に死んでしまった場合を列挙するもの。4号は、一方が出願人・権利者ではなくなった場合。いずれの場合も、本契約を維持しておく必要はない。

一般条項

損害賠償

第〇条(損害賠償)
甲及び乙は、相手方が本契約に違反し、又は、故意若しくは過失によって受けた損害の賠償を請求することができる。

  • この規定がなくても、民法415条(債務不履行責任)や民法709条(不法行為)に基づいて損害賠償を請求することができる。

協議

第〇条(協議)
甲及び乙は、本契約に定めのない事項又は本契約の各条項の解釈に疑義ある事項については、信義誠実の原則に従って甲乙協議の上、これを解決する。

  • 何か問題があった場合には協議するのが一般的で、いきなり裁判所にいくのは極めて稀だろう。一般条項として記載されることが多いが、契約協議で問題になることは考えにくい。

管轄

第〇条(管轄)
本契約に関する訴えは、〇〇地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

  • この規定がなければ、民事訴訟法4条・5条に基づいて、提訴する裁判所を原告側が自由に選択できることになる。

  • 裁判所が近いほうが有利になる(遠方だと、訴訟時には出廷のための時間・費用が掛かってしまう)ため、双方の合意に基づいて、管轄裁判所を定めておくための規定。

  • 双方の距離が離れている場合には、裁判所を特定することが難しいこともある。その場合には、折衷案として「被告の本店を管轄する裁判所」としておくことも多い。

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