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体育会系に感じること:何故、人は他人と上下関係をつけたがるのか?日本人の悪癖か?

体育会系について書いてみます。
私は、超がつくいなかで育ったので、中学校までは先輩・後輩の関係で怖いと思ったことはありませんでした。中学校の陸上部でも、中1の時中3の先輩を〇〇君と呼んでいたぐらい。普段先輩を先輩として見ながら、こき使われることは全くなく、競技では実力主義でした。これは陸上部だけでなく、テニス部でも同様だった気がします。
※なんと中学校では全ての部活を合わせて、男子は陸上部とテニス部のみで、女子はテニス部のみだった(笑)。

高校は、郡内一校のみのマンモス高校で、全校生徒38人から1クラス45人×9クラス。今なら愛媛から東京に進学したほどの環境の違い(笑)。

そこで初めて体育会系を知ることになります。

特に野球部。1年は3年は、まるで奴隷と貴族のような格差と外部からはそう見えました。私はたかだか歳が1つか2つの差で何故こんなことになっているのか?非常に不思議でした。

そして監督の前では3年も直立不動。

つまり、学校も監督も、監督ー3年ー2年ー1年と極端な身分差を付けることを許容というか推奨していたということ。

規律を守って練習に打ち込み、試合で勝負強くなるためには当時はこれが合っていたのでしょうか?1年で苦行に耐えると2年3年で野球選手として成長しやすくなるのでしょうか?分かるようで分からないという感じでした。

高校も大学も私は部活にもサークルにも属しません出した。貧乏だったのが一番の理由ですが、二番目の理由は体育会系のノリというかちょっとだけ年齢が上の人がめちゃくちゃ偉そうにする風習に拒絶反応があったからです。

大学でサークル活動をしていないことで「協調性が無い奴、我慢強さが無い奴」等と評価されて今もある某大手生命保険会社に落とされ、私を紹介した人が面接官から怒られたという話を聞いた時、私は反体育会系の人間で生きていくと誓いました(笑)。冗談です・・・

さて、話変わって日本人と韓国人を共通に評価する点として「世界で最も人と人の上下関係をつけたがる国民性である」と何かで聞いたことがあります。つまりフラットな人間関係を作るのが苦手・嫌いということです。人種や身分制度が無いから余計にそうなってしまったのか考えてみると不思議な文化です。

「人と人の上下関係をつけたがる」文化が、イジメにつながるのか?のけ者にされたくない、年下に舐められたくない、だから自分より弱い者を落とす・こき使う・命令する→上に偉そうにされたから自分も下に偉そうにしてその時の仕返しをしてやる・・・というような構造でしょうか?

この文化というか風習の最大の問題は、常にいじめられる被害者を生み出すことです。それと自分が被害者になりたくないから支配者にかしづく者、こびを売るもの、おだてる者が必ず現れて、さらに被害が拡大すること。

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話は飛躍しますが、こうした日本の風習を打破するためには、多くの移民を受け入れて、グローバル化して色んな垣根をなくすことが良いという考えに至る人もいるでしょう。しかし私はそれには大きな落とし穴があるので、まだまだ早いと思っています。その落とし穴は今までも語ってきましたが、もう少し勉強してまたの機会に書きたいと思います。
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過度な体育会系が無くなることで、クラスのカースト制や社会人の過度な上下関係が無くなり、イジメとパワハラで悩む人が無くなる世の中になれば良いと思います。全ての人には上下関係が無くてフラットでいいんだよ、それでいて切磋琢磨し続けるんだよ・・とそういう世の中に。

話の展開力もオチも弱すぎてすみません!

以上今日もありがとうございました。

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