14 接合部がお好き?

風呂上がりにアイスを食べようと冷凍庫を開けたハルキは、中を見て目を疑った。念の為、奥の方も漁ってみたが、目当てのものはどこにもなかった。
「フォルクハルト。私が昨日見た時には冷凍庫にアイスが5個入っていたはずだ。」
「そうか」
「今見ると一つもない。これはどういう事だ?」
フォルクハルトは耳の後ろを掻いて、目を逸らす。
「ないか?まだ一つぐらい残ってると思ったが…」
ハルキはフォルクハルトに詰め寄った。
「嘘つけ!分かってて全部食べただろう!許さん!今すぐ買い直してこい!」
「…今か?」
「今すぐ!こっちは風呂上がりに食べようと思って楽しみにしてたんだ!」
フォルクハルトは文句ありげな顔をしたが、自分が悪いのはそうだな、と思って承諾した。
「わかった…」
フォルクハルトを送り出し、ハルキは一息つく。それから「まったく、フォルクハルトは目を離すとすぐこれだ」とぼやいてソファに腰掛けた。

数分後、フォルクハルトは小さいカップアイス(元々冷凍庫に入っていたものと同じものだ)3つと、やたらでかいカップのアイスを2つ買って帰ってきた。
「買ってきたぞ」
その量を見てハルキは困惑する。
「…え…多くないか?」
「こっちは俺の分だ」
フォルクハルトは大きいアイスを指してそう言った。
「そ…そうか…」
とりあえず、今食べる分以外は冷凍庫に入れる。
「これで許してもらえたか?」
「いいや、まだだ」
まだ怒っているらしいハルキにフォルクハルトはさすがに迷惑そうな顔をした。
「あとは何をしたらいい?」
「食べさせて欲しい」
ハルキのわくわくした瞳に、これはもう別に怒ってる訳じゃないな、とフォルクハルトは思った。とはいえ、付き合わなければ臍を曲げるのだろうという事も容易に想像できた。
「…わかった」
スプーンを出して、ダイニングの席に座ろうとしたら、ハルキがソファの上で、自分の隣をバンバンと叩いていた。こっちに来いという事らしい。フォルクハルトはため息をついてソファへ向かう。
「で?これを食わせたらいいわけか?」
ハルキは随分ご機嫌のようだが、フォルクハルトは明らかに怠そうにアイスをスプーンですくってハルキの口へ運んだ。
面倒だからカップごと口に放り込んだ方が早いのでは、と思ったが、さすがに怒られるのは目に見えているのでやめた。

大方食べ終えてあと数口となり、アイスは溶け始めていた。最後の一口をハルキの口に運んだ時、スプーンからアイスがこぼれ落ちる。
「あ」
アイスはハルキの胸元、サイバネの接合部付近にペチャと落ちた。
フォルクハルトは慌ててテーブルの上のティシュをとり、拭き取ろうとして、直前で手を止めた。この位置を自分が触るのはまずい。
ハルキはフォルクハルトの手からティッシュを取って自分で拭き取った。
「防水だから大丈夫だ。洗えば済む。」
「そ…そうだったな」
フォルクハルトはアイスの落ちた部位を見たまま固まっている。
「サイバネ接合部が気になるか?」
「え?」
「ミドリが、フォルクハルトはサイバネ接合部が好きなんじゃないかって言ってた…」
フォルクハルトには、何をどう話していたらそんな会話になるのかが解せなかったが、とりあえず返答する。
「いや…うん、サイバネは好きなんだが…なぜ急に接合部の話を?」
ハルキは目を伏せて口を尖らせる。
「前に腹部を見せた時の反応と、左の肩口を見てる事があるから」
「見て…る?見てる…か?」
見ようと思って見た記憶はないが、そういえばチラチラと視界に入っていたようには思う。
「見てる。今も固まってた。」
フォルクハルトは苦い顔をして額に手を当て項垂れた。
「すまない……以後気をつける」
ハルキは期待に満ちた眼差しでフォルクハルトに詰め寄った。
「そうではなくて、ムラムラするのか?と聞いている」
フォルクハルトは訝しんだ。
「……もっとこう…言い方があるだろ…というか、なんなんだ。そんな事を知ってどうする?気色悪いだけだろ…」
怪訝な顔のフォルクハルトの事は気にした様子もなく、ハルキは少し恥ずかしそうに俯いてこう言った。
「フォルクハルトになら…見せてもいい…」
「プールの時全開だったじゃねえか」
間髪入れず、至って冷静にフォルクハルトが打ち返す。
「…」
そういえば、そうだった。
フォルクハルトは息を吐いて、立ち上がり食べ終わったスプーンとアイスのカップを流しへ持っていく。
「…まあともかく、そんな事はしなくていい。そういう目的で結婚したわけじゃないだろ」
途端にハルキは不機嫌になった。
「こっちは、そういう目的で結婚したんだがな」
フォルクハルトにはハルキの言っている意味が理解できなかった。我々は扶養制度改正が施行された事により、諸々お得だから婚姻しただけのはずだ。
「フォルクハルトの事が好きだから結婚したんだ」
「は?」
そこに愛だの恋だのは必要ない。
「なんの気持ちもなくて結婚なんてするわけないだろ」
「…本気か?」
利益があると思えば利用すればいい。
「冗談で結婚までできるか!!」
「な…え…すまん。それは想定してなかった」
完全に想定外の事態にフォルクハルトの頭は真っ白になっていた。
「バカバカバーカバーカ!!」
「す、すまん…」
ようやく頭が動きだすと、今までハルキに感じていた違和感の正体が見えてきた。
「それで…か…どうも腑に落ちない行動がいつくかあったが、それなら説明がつく」
なるほど。そういうことだったのか。なるほど。
そもそも、扶養制度改正の事などハルキが言い出した所からおかしかったのだ。やたら体を触ろうとしてきたり、寝室を一つにしたいなどと言い出したり、ベッドに二人で寝れそうだとか、一緒に風呂に入るかと聞いてきたり、思い返してみると気付かない方がどうかしていた。いや、もしかしてもっと前からなのか。そういえば、やたら食事に誘われて結局休みの日もほぼ毎日顔を合わせていた。つまり、そういうことだったのだ。
フォルクハルトは完全に理解した。ハルキは最初から自分の事を恋愛対象として見ており、その目的で結婚に漕ぎ着けたのだと。
(なんで、俺なんだ?)
その疑問だけは残ったが、とにかく完全に理解した。
さて、どうしたものか。フォルクハルトとしては、今のところ特にこれといった不利益はない。ただ、控除や補助金を受けるためには契約を続ける必要があり、契約を続けるにはハルキの期待にはある程度応える必要があるだろう。
問題は「どう応えればいいのか」だ。
先程の会話から推測するに、差し当たっては、なんだかよくわからんが、体を見て欲しいということらしい。
「まあ、見せてくれるというなら見たいのは見たいが…本当にいいんだな?」
ハルキが頷いたので、ソファに戻る。
ハルキの隣に座り、Tシャツの裾を掴んだところで、ハルキが震えている事に気づいた。
小さくカチカチとサイバネの震える音もしている。
「やめよう。」
服から手を離しソファにもたれかかる。
「なんでっ…」
「怯えてる奴の服を剥ぐ趣味はない」
「こ、これは…武者震いだ!」
強がるハルキにフォルクハルトは呆れたため息をついた。
「なんだ武者震いって…」
「ええと、武者というのはサムライの事で」
「意味は知っている」
言葉の意味を説明し始めたハルキに若干イラッとして強めの声を被せ、説明をやめさせる。
怒られたと思い、ハルキはしょんぼりしてしまった。
「なあ…私じゃ不満か?」
「不満はない」
「じゃあ、私が望めば応えてくれるか?」
「それは…どういう意味で言っている?」
「…え…と…」
ハルキは口篭ってしまった。ハルキがどこまでを想定しているのかわからないので、フォルクハルトは思いつく中で一番言いにくいであろう内容で確認する事にした。
「ハルキが俺との性行為を望む場合に、俺がそれに応えるかという意味で合ってるか?」
「…そう…だが、そんなハッキリ言われるとなんかこう…」
肯定されて、そのレベルの話だった事にフォルクハルトは動揺したが、一呼吸置いて続けた。
「こういう話は明確に合意形成しておくべきだろう。認識に齟齬があるとお互いに不利益を被る事になる」
「…はい」
(さて、どうするか…)
フォルクハルトは顎に手を当てて考えた。そのレベルとなると、色々と考えなければならない問題がある。そもそもこちらには一般的に期待されるであろう愛らしいものがない。(情ならあると思う)
「…行動として応えることはできる。が…通常期待されるような気持ちは、そこにないぞ」
「…いい。それが、フォルクハルトだ」
(いいのか…)
意外な答えに、フォルクハルトは思案した。性行為におけるリスクは、まずは性感染症だ。この様子と性格から、おそらくハルキに経験はない。リスクは極めて低いだろう。次に考えられるのは行為中の怪我や、血圧上昇等による脳出血や心拍異常だが、お互い特に持病もないし30代の健康体であるため、これもほぼない。ハニートラップ等のリスクも存在はするが、これも考慮不要だろう。最後に妊娠させるリスクだ。ここまで考えて、ふとした疑問がよぎる。
「大丈夫なのか?」
「何がだ?」
ハルキはキョトンとしていた。
「いや、その…内部的にどこまでサイバネ化されてるのか俺にはわからんのだが…」
はたして挿入して問題ないのか。
「生理もあるし子宮と卵巣はそのままだから大丈夫だと思うが」
「本当か?一度カワトに確認した方がいいんじゃないか?」
あと、こんな事になると思ってなかったので避妊具も用意していない。
「うーん…まあ、そうか…」
とりあえず、今日のところは思いとどまらせることに成功した。

次の日、二人はメンテルームでミドリと向かい合っていた。
「業務時間外に夫婦揃って何の相談?」
「う…えっと…」
ハルキは上手く言い出せずに、口篭ってしまったので、フォルクハルトが切り出した。
「性行為をして問題ないのか確認しておきたい」
「は?」
ミドリはじっくり10秒ほどかけて言われた内容を咀嚼した。
そして目を固く閉じて天を仰いだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ーっ!!!」
最大声量で叫びきったあと、ふうふうと呼吸を整えながらブツブツと呟く。
「何で二人で来るかなあ…ハルキ一人で来てよ…」
「いない方がいいなら俺は帰る」
立ち去ろうとしたフォルクの腕を掴み、ミドリは目を剥いた。
「いや、よく確認しに来てくれた。一緒に聞いてもらった方がいいわ。お前はパイプカットだ」
掴む手にギリギリと力がこもっている。
「…唐突だな。とりあえず説明してくれ」
フォルクハルトが椅子に座り直したのを見て、ミドリは3回深呼吸をした。
小さく「よし」と言ってから始める。
「端的に言えば性行為自体は問題ありません。」
ハルキは嬉しそうな顔をした。
「ただし万が一妊娠したら、即中絶です。内臓半分サイバネだから、子宮が大きくなった時に生体みたいに内臓が上に上がらない。身体への負担が大きすぎる」
ハルキはショックを受けた顔をした。
「なるほど」
「あと、大腸も一部サイバネ化してるからアナルは禁止です」
「しねぇよ」
ハルキはぼんやりと虚空を眺めている。
「ハルキも、ちょっと試してみたいとか言わないように!」
「…はい」
ミドリに注意されて、ハルキは姿勢を正した。
「それでパイプカットか…もう単純にやらないのが正解じゃないか?」
フォルクハルトの発言にハルキは不満げに口を尖らせた。
「俺が望んでるわけじゃないのに、そこまでしなきゃならんのか?」
「うるせぇぞクソが。ハルキに何かあったら許さねぇからな」
ミドリは本気だ。完全に口調が変わっている。
「わかった…検討する」
「検討じゃない。やるんだよ」
圧がすごい。
「わかった…処置しておく」
ミドリは頷くと、ふうと息を吐いた。
「ここから先は、ハルキと二人で話したいのでミュラー氏は退席してください」
言われてフォルクハルトは立ち上がり、ハルキに「外で待ってる」と伝えて部屋を後にした。
ミドリはハルキと向き合い、少し考え込んでから真剣な面持ちになった。
「まあ、いまから生体に置き換えるってんなら、金はかかるけど出産まではいけると思う。」
ハルキは想像すらしていなかった内容に戸惑った様子だった。
「でも、この仕事続けるならサイバネなしじゃ無理でしょ?生体に置き換えるなら転職よ。もうミュラーと一緒には働けない」
ハルキは少し寂しげに微笑んだ。
「子供が欲しいと思った事はなかったが、改めて言われると…案外キツイな」
ハルキにとって辛い事実なのはわかっていたが、言わなければならない。ミドリは続けた。
「あと、子供は産まれて終わりじゃないからね。あいつと育てられると思う?」
「まあ、無理だろうな。あいつにメリットもないし、子供が寂しい思いをするのは嫌だ」
ハルキはミドリに「わかってる」と言って小さく笑う。
この子は、どこまで苦しまなければならないのだろう。その思いがミドリの心を締め付ける。
「ミュラーがパイプカットすりゃいいのよ。この手のことは大抵女性側の負担の方が大きいし」
ハルキが使いやすいように負担にならないサイバネを造ってきた。医師免許もとって、生体部分のサポートもできるようになった。それでも、彼女の苦しみを肩代わりする事はできない。何も失っていない自分は彼女の苦しみの一欠片も理解する事はできない。側で見守る事しかできない。
「ハルキのプラバシーは大切にしてあげたいけど、可能性があるような事するなら定期的に検査しないと、あんたの命を守りきれない」
「わかった。ありがとう。ミドリ」
「はあ…私は今でも、あの男はやめとけって思ってるんだからね」

フォルクハルトはオフィスの入り口で待っていた。
「聞いといてよかったろ」
「ああ。あやうくミドリに殺される所だった」
ハルキは、ふうと息を吐く。
「…殺されるのは俺だがな…」
もしかすると、ハルキとの性行為において1番のリスクはカワトかもしれない。
とりあえず帰りにコンドームは買った。ハルキは「サイズとかあるんだ」などと言っていた。

食事を終えてフォルクハルトが皿を洗っていると、ハルキがやってきて無言で腹を触ってきた。腹は性感帯だと伝えてあるのにあえて触ってくるという事は、つまり、そういうお誘いという事なのだろう。
「わかった」
まだ皿とフライパンが残っている。
「わかった。ハルキ。ちょっと待て」
とりあえず皿は洗い終わった。まだフライパンがある。
「待てと言っている」
人がフライパンを洗っているというのに、ハルキは腹部を触り続ける。
「…ステイを…覚えろ」
だいぶしつこい。
「すぐ…行くから…ベッドで、待ってろ」
そこまで言って、ハルキはようやく離れていった。

寝室に入ると、ハルキはフォルクハルトのベッドにちょこんと座っていた。
「結局、自分でやった方が効率いいのか?」
ハルキに聞かれて、そういえば前にそんな事も言ったな、と思う。
「あぁ…これは目的が違うから、いいんだ」
おそらく意味がわからなかったのだろう。ハルキは眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「で?希望は?」
「希望?」
フォルクハルトの質問に、ハルキは全く意味がわからないといった顔を向ける。
「あるだろう、こうして欲しいとか、これは嫌だとか」
「やった事がないから、よくわからん」
フォルクハルトは、それは、こちらにリードしろという事なのか?とも思ったが、また怯えられるのも嫌なのでベッドにゴロンと横になった。
「…わかった。好きにしろ。俺からは特に何もせん。希望があれば言え。」
あまりにも投げやりだっただろうかと心配したが、ハルキは目をキラリと光らせた。
「好きに…?」
「あ。手足をもいだり、縛り上げるような事はやめて欲しい」
「するか!まったく…いや、待て…縛り上げるのは、割と、アリかもしれない」
「やめて欲しい」
ハルキは少し考えてから、恐る恐るこう言った。
「目隠しは?」
「…目隠しなら、まあ…なんだ。いきなりそういうプレイから入るタイプか?」
「き…聞いてみただけだ!」
「いずれにせよ、あっちは処置が終わるまでお預けだからな」
ハルキは「はーい」といい返事をして「今日は筋肉触り放題だけにする。」と言った。
「なんだその焼肉食べ放題みたいな…」
フォルクハルトは「まあ、それで満足ならいいか」と思い、ハルキにペタペタ触られながら焼肉食いたいと思った。

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