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傷つくことや傷つけることに慣れきってしまわないために――『コールヒストリー』上映 於 jig theater

2019年に制作した映画『コールヒストリー』を、鳥取県湯梨浜町のjig theaterで上映していただくことになりました。作品選択に妥協のない、信頼するお2人に自作を認めてもらえたこと、しかもjig theaterの1周年記念上映に選んでいただいたことを、光栄に思っています。

『コールヒストリー』は、表面上は何も起こらない映画です。おそらく二度と会うこともないであろう誰かと交わした一言・二言に覚えた違和感が、ずっと胸につっかえて、次第に心を侵していく。端から見れば何も起こっていないも同然の、些細な出来事のはずなのに、どうしても忘れることができない。無視することができない。そんな感情をなんとか解きほぐそうとして、さらにもつれてを繰り返す、めんどうな心の中を覗く映画です。

『コールヒストリー』はフィクションです。それは、作中で語られる物語が架空の設定だからというよりは、これほど些細な出来事や感情と向き合い、じっくり時間をかけて考え続けることを、私たちが生きるこの社会は許してくれないからです。日々の忙しさとか焦りとか、より大きな問題や事件が、心についた小さな傷をその周囲の肉ごと根こそぎ削り取っていってしまう。自分が何に傷ついていたのかを考える暇もないまま、新たな傷の痛みに意識が向かい、いつしか痛みそのものが麻痺していく。

自分の傷だけでなく、他者の傷についても同じです。映画の世界よりもっと悲惨で陰惨なこの現実世界で、私たちは自分の生存や社会の存続にしか気が回らず、人の心についた傷をその上からさらに抉って応急手当てをした気になっています。「若さ」とか「未熟さ」とか、「繊細さ」とか「ナイーブさ」とか、そういう言葉であらゆる痛みをひとまとめにして、分かった気になって、水分補給でもしたらさっさと戦線復帰しろよと促します。

そうするたび、相手の何かが死んでいくことに気づいていない。いや、本当は気づいているけれど、自分もこれまでたくさん自分を殺してきたから、それが「大人」になることだ、「社会」で生きることなのだと納得しようとしている。こうして、日々、新たな犠牲者は増え続けていきます。

『コールヒストリー』は映画だから、上映時間があります。スマホを触ることが禁じられ、外にも出づらく、スクリーンを見ることしかできない映画館での89分という上映時間=拘束時間を、あなたがあなたの心や感情をいたわるための時間に充ててもらえたら。あるいは、あなたが傷つけてしまったかもしれない誰かを想うための時間に充ててもらえたら。傷つくことや傷つけることに慣れきってしまわないように、ちゃんと痛みを感じたり、想像したりするための時間を確保するための手段として、この映画を役立ててもらえたらと思います。

上映にお越しくださる方へ

ここからは、『コールヒストリー』を実際にご覧くださる方に向けて、事前にお伝えしたいことを書きておきたいと思います。

以前「福島映像祭2020」や「海に浮かぶ映画館」で『コールヒストリー』を上映する際にも書きましたが、同作のエンドクレジットには「スペシャルサンクス:カオス*ラウンジ」という記載があります。2011年に、カオス*ラウンジの代表(当時)である黒瀬陽平さんから福島を舞台とした短編の制作依頼を受けました。結局そのプロジェクトは未完に終わりましたが、そこで温めていた作品の構想を土台として、のちに『コールヒストリー』を制作したという経緯から、エンドクレジットで同団体に謝意を表したいと考えました。

しかし2020年7月に、黒瀬陽平さんによるアシスタントスタッフ安西彩乃さんへのパワーハラスメントが発覚しました。また翌月には、同団体がこの件の組織的な隠蔽を図ったという告発が安西さんからなされました。カオス*ラウンジを運営する合同会社カオスラは当初はハラスメント行為を認めたものの、その後撤回し、告発文は虚偽だとする訴えを起こしています。2年にわたり謝罪もなく、裁判までして、被害者をさらに苦しめるような行動をとる意図が、私にはまったく理解できません。

この件を踏まえて、『コールヒストリー』のエンドクレジットにカオス*ラウンジの名を掲載し続けるべきか、迷いましたが、一度公開したものを事後的になかったことにしたり、隠すべきではないと判断し、掲載は今後も残しておくことにしました。しかし上述した通り、黒瀬さんおよびカオス*ラウンジのハラスメント行為およびその後の対応を肯定・擁護する意図は一切ないことを、ここに示しておきたいと思います。被害者に二次被害をもたらす行為に対して強く抗議をすると共に、一刻も早く、安西さんへのあらためての謝罪と、適切なケアがなされることを望みます。

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