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移動生活が広まれば、社会は「集約」から「分散」へと移行する 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.667


特集 移動生活が広まれば、社会は「集約」から「分散」へと移行する
〜〜東日本大震災と新型コロナ禍という二つの災いは何をもたらしたのか(後編)

 新型コロナ禍は、わたしたちの物理的な移動をストップさせています。旅行や帰省は感染を拡大させるものとして自粛を求められ、この1年半のあいだ自宅になかば閉じこもって暮らしている人も少なくないでしょう。しかしもう少し長い時間の射程で見れば、このパンデミックは逆に人々の移動をうながす方向に進むのではないかとわたしは考えています。

 なぜなら移動は、リスクヘッジ(リスクを分散し、リスクを減らすことができる対策)の機能を持っているからです。今回のコロナ禍でも、都市での感染を避けるため地方に疎開した人はたくさんいました。こういう行動に対して「地方で感染を広げるなんて」という批判も多く出ました。この批判は当然です。しかしもう一歩踏み込んで考えると、地方で感染を広げてしまうのは、地方に行った人がそこで三密をつくり、濃厚接触してしまうからです。

 しかしわたしは、これからの移動の本質は分散であると考えています。分散と集約という対義語がありますが、集約こそが三密となり、感染を広げるのであって、分散が常態であるような環境をつくることができるのであれば、それは三密ではなく開けていて疎である=開疎であり、十分な感染予防になるはず。

 では、移動が分散であるとはどのようなことなのでしょうか。ここではそのビジョンを、完全自動運転車の普及が何をもたらすのかというケーススタディをもとに説明してみたいと思います。


 日経COMEMOというメディアに上記のような記事を書きました。免許も不要なレベル5の完全自動運転が普及すると、過疎地や田園地帯での現地移動の面倒さを考えずに、もっと気楽に行けるようになるという話です。お年寄りが免許返納を求められていますが、過疎地では買い物に行くのにクルマを使うしか方法がないという問題も、完全自動運転車によって最終解決するでしょう。

 しかし完全自動運転がもたらすのは、これだけではありません。

 いまの地方生活は、大きなショッピングモールが核となって成立しています。都会から鉄道などを使って地方都市に行くと、どこでも駅前商店街は寂れっぷりがすさまじく、地方の経験のない都会人は「田舎はこんなにひどいことになってるのか」と絶句しますが、それは駅前商店街が寂れているだけであって、地方都市そのものが寂れているわけではありません。街の中心が駅前商店街から、イオンなどのショッピングモールに移行しているだけなのです。シャッター街が広がる田舎町でも、国道沿いにあるショッピングモールに行けばいつもたくさんの人で賑わっています。

 なぜ商店街からショッピングモールへと移行したのでしょうか。商店街の個人商店の品ぞろえが悪く魅力がなく、それに比べてショッピングモールは映画館やレストラン街、遊戯施設も併設されていて楽しい、など要素はいくつもあります。その要素の一つに、駐車場の問題があります。ショッピングモールにはたいてい巨大な駐車場が設置されていますが、モータリゼーションが普及する以前の昭和の時代にできあがった商店街には、大規模な駐車場はあるところは少ない。

 つまり、駅前商店街はクルマでアクセスしにくいのです。

 これは余談ですが、地方生活で、こういう笑い話をよく聞きます。「ショッピングモールに家族で出かけた時に、モールの入口にできるだけ近くの駐車場所を確保できるかどうかで夫の評価が決まる」「入り口から遠いところにクルマを駐車したら夫婦ゲンカになった」

 こういう話題で盛り上がるぐらいに、地方の人は歩くのが嫌いです(笑)。わたしの福井の拠点の近所の人たちも、コンビニどころかゴミ収集所に行くのさえクルマで出かけるぐらいです。

 話を戻すと、ショッピングモールというのはこのように「集約」によって成立しているということです。どこに行くのもクルマで移動する地方生活者が集約しやすいようなシステムになっている。

 ここに完全自動運転車が普及してくるとどうなるでしょうか。

 完全自動運転がもたらすのは、「運転しなくて楽ちんなマイカー」ではありません。毎日のようにクルマを運転している人だとそういうイメージを持つかもしれませんが、そのイメージは現在のクルマの延長線でしかない。馬車しか世の中になかったころにガソリンエンジンの自動車が登場したとき、人々は「餌を食べなくても走ってくれて、しかも非常に高速なウマ」とイメージしました。しかし自動車の誕生は、単なる速度の速いウマをつくりあげただけでなく、それまで誰も想像していなかった「郊外に住み、自動車で都市に通う」という郊外生活というまったく新しいライフスタイルを生み出しました。

 現在の自動車から完全自動運転への移行も、馬車から自動車への移行と同じように、まったく新しいなにかを生み出すのだと想像すべきです。
 
 わたしは完全自動運転が未来にもたらすのは、非常にきめ細やかな公共交通機関の誕生であり、クルマの私有の終わりであるというビジョンを持っています。

 では「非常にきめ細やかな公共交通機関」とは、どのようなものでしょうか。

 たとえばいまの東京では、多くの人々が日々タクシーで移動していますが、都心の駅には空車が密集し、郊外にはほとんど走っていないという最適化されない状態になっています。客がどこでタクシーを乗り、どこで降り、そのあいだの渋滞や道路状況はどうだったのかというようなデータをたくさん集めてAIで分析すれば、ある程度は客の乗車場所と下車場所の予測が立てられるようになるでしょう。その予測をもとに、自動運転のタクシーを運行させれば、乗車の時間待ちは減り、かなりの最適化ができるようになるはずです。

 これが実現すると、自宅から道路に出てスマホかなにかでクルマを頼むと、数秒から数十秒で空いている無人タクシー到着し、目的地までそのまま運んでくれ、客を降ろしたタクシーは次の客を目指してさっと走り去るというような風景が当たり前になります。自動運転車は路面からワイヤレス充電されて走り続け、乗客を下車したあとはすみやかに別の客をピックアップするよう最適化されているのです。どうしても空き時間ができるのであれば、郊外の広い駐車場にすみやかに移動させ待機させられます。これは車道中心に組み立てられている現行の都市の構造も、大きく変えてしまうことになるでしょう。

 自動運転車は、軌道を走る鉄道に近い存在です。仮想の軌道の上を、仮想の連結によって車列として走ることができます。人間の運転者のように左右にふらつくことがないので、車線の幅に遊びは今ほど必要なくなるでしょう。「ドライバーレスの衝撃—自動運転車が社会を支配する」(小林啓倫訳、白楊社)という書籍で、著者の交通専門家サミュエル・I・シュウォルツ氏は現行の幅11メートルの3車線道路は、白線を引き直すだけで自動運転車専用の4〜5車線道路に生まれ変わらせられると指摘しています。加えてガードレールや中央分離帯なども不要になり、さらに都市部にいまはたくさんある駐車場を大幅に減らすこともでき、都市のインフラコストは大きく低減できるでしょう。

 そして現行のバスやタクシーは不要になり、自動車の所有という概念も消滅するでしょう。空車を探す手間がなくても目の前にタクシーが来て、公共交通機関なみの料金で目的地に連れて行ってもらえるようになるのなら、わざわざ高い駐車場代や自動車税、車検代などを払ってマイカーを維持するインセンティブが薄れるからです。自動車の所有はお金のかかる趣味になり、運転そのものもいずれはレース場など一部の限られたエリアだけで許される日が来るかもしれません。

 運行が最適化されれば、走る自動車の総数も減らすことができ、理論上は渋滞もほぼなくすことができるでしょう。都市を自動車で移動することで私たちが感じるイライラがなくなれば、社会全体の生産性を上げていくことも期待できます。

 このように将来ビジョンを考えていくと、いまのマイカー文化というのは実にいびつな過渡期の交通でしかなく、公共交通機関としての自動運転システムこそがモビリティの未来であると確信できます。

 話を戻します。このような自動運転システムが実用になれば、ショッピングモールが巨大な駐車場を併設する必要がなくなるということがおわかりいただけるのではないかと思います。さらに巨大駐車場が不要なのであれば、そもそもショッピングモールが一か所に集約されている必要さえなくなる。お店やレストラン、遊戯施設、映画館などは集約されず、散在していても構わないのです。なぜなら自動運転車がそれらの施設間を自由自在に行き来してくれるのであれば、店から店へと移動する手間がほぼ消滅するからです。

 現在の巨大ショッピングモールは、実は「歩かなくてすむ」というわけではありません。先ほど「入口に近い場所に駐車しないと怒られる夫」という笑い話を紹介しましたが、いくら入口に近い場所に駐車しても、ショッピングモールの中では歩かなくてはならないのです。巨大モールだとけっこう歩くのはたいへんです。普通のショッピングモールとはちょっと異なりますが、わたしが拠点を借りている軽井沢の駅前には軽井沢ショッピングプラザというアウトレットモールがあり、ここなど敷地の端から端まで歩くと20分ぐらいはかかります。だからモール内のある店舗から別の店舗に行こうとするときに、駐車場から駐車場へとクルマで移動する人もいるほどです!

 これに対して、点在している店を自動運転で結ぶ方式であれば、歩く必要はありません。遠かろうが近かろうが、お好みに応じて自動運転車が店と店の間をいつでも運んでくれるのです。つまり分散によって、逆に移動が楽になるということ。

 これまでの世界では、「集中」こそが移動の面倒さを解消する方法でした。しかし自動運転が普及するこれからの世界では、「分散」こそが逆に移動の面倒さを解消してくれる。そういう逆転が起きるのです。

 この「分散化」は、クルマによる移動の話だけではありません。最近、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグが「フェイスブックはこれからメタバース企業になる」と宣言して話題になっています。メタバースというのはインターネット上に構築された仮想の3D空間のことです。VRヘッドセットのリーディングメーカーであるオキュラスを買収したフェイスブックは、これからSNSをVRで接続できるメタバース空間の中に構築していこうとしているのでしょう。

 しかしVRは外界が見えないヘッドセットを装着する必要があり、日常生活の中で使える製品ではありません。VRヘッドセットを装着したままでは食事できませんし、飲み物さえ飲めません。外出して散歩することもできない。マイクロソフトのホロレンズのようなAR(拡張現実)・MR(混合現実)が現実の視界との混合を狙い、日常生活でも使えるようにするのを狙っているのとは、そこが異なります。

 だから現在のフェイスブックのようなSNSがかなり日常的なツールであることを考えると、フェイスブックが完全にVR化してメタバースに取り込まれるというのは、あまり現実的ではありません。メタバースはどちらかといえばエンタテインメントとして楽しまれるようになる可能性の方が高いのではないでしょうか。

 いっぽうで、メタバースが進化していけば、現在のようなアバターではなく、自分の上半身やさらには全身を高解像度で映像化し、相手の視野に映し出すということも技術的に可能になってくるはず。人間の目の解像度は8Kと16Kのあいだぐらいと言いますが、このぐらいにVRの解像度が上がってくれば、少なくとも視覚としては「目の前にいるその相手はリアルなのか仮想なのか」はだんだん区別がつかなくなってくる。これに通信のゼロ遅延が実現すれば、リアルに対面しているのと同じぐらいに普通に会話できるようになるでしょう。

 これはテレビ会議を劇的に向上させます。いまわたしたちはコロナ禍でZoomなどを使って会議をしたり飲み会をするようになり、「遅延があって相づちが打ちにくい」「映像の解像度が低い」「ときどき通信が途切れる」「ボディランゲージしにくい」「多人数だと発言しにくい」とさまざまな不満を持っています。

 これがメタバース空間の中で、リアルの会議室と同じように皆が着席し、それぞれの姿形の映像が普通に喋っているのを見聞きできるようになればどうでしょう。その様子はリアルの会議と何ら変わりはなくなる。できないのは「相手のにおいがかげない」「相手の体温がわからない」という程度で、それらは恋人や家族には大切ですが、会社の同僚や友人との飲み会にはなんら必要ありません。

 つまりメタバース技術が進化すれば、今よりもさらにオフィスへの集約・集中は必要なくなってくる。より分散したリモートワークが実現してくる。つまりメタバースは、遠隔の人と人をリアルに見せかけて接続するシステムになるのです。

 完全自動運転もメタバースも、どちらも「従来は集約が必要だったもの」を「分散でも大丈夫にする」という技術なのです。言い換えれば、テクノロジーによる分散によって「疑似集約」を可能にするものであるということです。

 そしてこの疑似集約を実現する分散のテクノロジーは、パンデミックや災害にはきわめて強いポテンシャルを秘めている。完全自動運転が実現すれば、住宅でさえも移動可能にすることが可能ですが(トレーラーハウスの自動運転版をイメージしてください)、これはいつでも被災地や被災地になる危険性の高い場所を逃れ、どこにでも移動することができる。またメタバースであれば、相手との関係性を保ったまま感染爆発地から疎開し、疎開した先でも新たな密を作ることなく生活することが可能なのです。

 つまりわれわれは、つねに移動し続け、分散テクノロジーによって疑似集約を保ち続けることによって、この「災」の非常に多い21世紀の世界を生き延びることができるかもしれないのです。

 このような変化はすぐには顕在化しないとは思いますが、新型コロナというパンデミックによってじわじわと社会に浸透していくのではないかとわたしは考えています。おそらく10年後、20年後になって過去を振り返ったときにわたしたちは、その変化のありさまに初めて気づくことになるのではないかと思います。

 さてここからは、移動ということが持つ意味についてさらに深く考察していきましょう。

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