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「わかりやすさ」と「単純化する」はまったく違うものと意識しよう 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.797


特集 「わかりやすさ」と「単純化する」はまったく違うものと意識しよう〜〜〜読解力のない人の世界で文章を書いていくために



SNS社会になって、社会には一定数の「読解力のない人」が存在することが見える化されるようになりました。ツイッターでやりとりをしていて「え?なんでこんなにトンチンカンなリプライを返してくるの?」と感じることは数知れず。


しばらく前に、エアコンの修理について次のような投稿をしたことがあります。エアコンなどの大型家電も長年使っていると壊れてくるので、戸建てを購入する人はそれに備えて積み立てをしておいた方がいい、という記事への紹介コメントでした。


「わが家は築20年の賃貸に7年住んでるけど、この3年でエアコン4台壊れ給湯器も壊れキッチン雨漏りした。全部修理交換してくれたけど大家さんたいへんだなあと思いましたよ」


この投稿に対して、幾つもおかしなリプライがありました。「3年でエアコン4台も壊れるなんて!使いかたが悪すぎ!」「新品のエアコンが3年で4台壊れるなんてありえないでしょ」


わたしの投稿について、普通に読解能力があれば、「引っ越しの前から設置されていたエアコンがこの3年でエアコンがバタバタと壊れたのだ」と推測できます。しかし、それが理解できない人がそれなりにいるのです。


20世紀のSNSがなかったころは、こういう読解力の有無というのはあまり問われることはなかったのだと思います。一般社会の人が文章を書き、それが不特定多数の人の目に触れるという機会そのものがほとんどなかったからです。しかしSNSによって、隠されていた実態がついに明るみになったということなのでしょう。この時代の変化を背景に、中高生向けのリーディングスキル(読解力)テストなども実施されるようになりました。たとえば以下のような設問です。


以下の文を読みなさい。

「エベレストは世界で最も高い山である」

上記の文に書かれたことが正しいとき、以下の文に書かれたことは正しいか。「正しい」「間違っている」「これだけからは判断できない」のうちから答えなさい。

「アコンカグア山はエベレストより低い」


正解はもちろん「正しい」です。エベレストは世界で一番高い山なので、それ以外の山はすべてエベレストより低い。したがって、アコンカグアという山の名前を仮に知らなくても(ちなみにアコンカグアは、南米のアンデス山脈にある標高6960メートルの南半球最高峰)、エベレストよりも低いという推論が導き出されます。


しかしこの手の推測能力は多くの中高生で非常に低く、中高生の半数以上が答えられていないという調査結果も出ている。次のような設問もあります。


仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アメリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。

以下のカッコに入るものを選びなさい。「オセアニアに広がっているのは(   )である」

①ヒンドゥー教

②キリスト教

③イスラム教

④仏教


正解は、②のキリスト教。「キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに」と書かれている文章から、キリスト教がオセアニアに係っているかどうかを読み取れるかどうかを問うています。しかしこの設問でも、中高生の3割ぐらいは正答できないという結果が出ているようです。


中高生のときに読解できなかったのが、大人になってから急に読解できるようになれるわけがありません。大人になって国語のトレーニングを積む機会がなければ、大人になってもこうした読解力のない人は一定数がいると考えたほうが自然です。そういう読解力を持てない人たちが、現在はSNSに流れ込んできているということなのでしょう。


このリーディングスキル問題というのは、「文字は読めるが、文章の意味を理解していない人がたくさんいる」という問題です。それまでは文章が読めれば十分だと思われていて、意味を理解しているかどうかまではあまり問われていませんでした。しかしSNSの普及で、そういう「文章の意味をわかっていない人」の存在が見える化されてしまったのです。


さて、ここでわたしが言いたいのは読解力のない人を嘲笑しようとか、そういうことではありません。むしろその逆です。現代はリーディングスキルが欠如した人たちが可視化され、しかもそういう人たちとSNSで向き合わなければならなくなった時代。だったらそれに合わせて、リーディングスキルの乏しい人にも理解できるような「わかりやすい文章」を書いていく必要がある、ということです。


しかし、ここに落とし穴があります。わたしはいま「わかりやすい文章」と書きました。この「わかりやすい文章」とは、どのような文章でしょうか。間違ってはならないのは、「わかりやすい」は「単純化する」と決してイコールではない、ということです。「単純化する」は物事を一面的に見てしまい、脊髄反射しがちになる。とても危険なことです。


「わかりやすい」を「単純化する」と同一視してしまうと、あらゆるものごとを「単純化する」に落とし込んでしまう危険性があり、それはものごとを冷静に評価する姿勢を失ってしまうことになりかねません。「単純化する」は「わかりやすい」の中に含まれますが、「単純化する」だけが「わかりやすい」ではありません。「わかりやすい」けれども「単純化ではない」という文章もきちんと存在します。


整理しましょう。


「わかりやすい」かつ「単純化する」=物事を一面的に見てしまう危険

「わかりやすい」かつ「単純化しない」=望むべき方向


国際ニュースから例を挙げましょう。昨年秋のハマスによるイスラエル襲撃に端を発した、イスラエルのガザ侵攻問題です。




これは日本の学生がイスラエルのガザ侵攻に抗議しているという記事です。これに限らず、イスラエルが侵攻を始めて以来「パレスチナは善であり、イスラエルは悪である」と対置するような記事やSNS投稿、抗議行動などが非常な勢いで増えています。しかしわたしはこうした論調は、あまりにもイスラエル・パレスチナ問題を「単純化しすぎ」だと考えています。


そもそも昨年10月に最初に攻撃を仕掛けたのはハマスです。これを「ハマスの行為は『テロ』ではありません。『奇襲反撃』です」と擁護している日本の大学の先生もいましたが、ハマスはイスラエル国内の音楽フェスを攻撃し、民間人を大量殺害したり人質に取ったりしています。これは戦争ではなく、明らかなテロ行為と言えるでしょう。


もちろん、だからといって、その後のイスラエルのガザ侵攻が許されるわけでもありません。パレスチナ人の死者は3万人に達するともされており、子供も含め甚大な人的被害が出ています。


では、この問題をどう捉えればいいのでしょうか。ガザ侵攻についてのさまざまな記事をわたしはずっとウォッチしてきていますが、欧米では非常に混沌とした状況になっています。この問題については、そもそもイスラエル建国の歴史的経緯にまでさかのぼる必要があるでしょう。


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イスラエル人のリベラル寄り社会活動家が書いたこの本は、比較的中立の立場で書かれており、中東の地から物理的にも心理的にも遠い日本人が読むと実に学びの多い本です。

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