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暑夏には標高2000mの高層湿原を歩くのが最高〜フラット登山という提案⑥

日本の夏はほんとうに暑くなりました。東京の最高気温36度とかはもはや論外ですが、これだけ暑いと登山に出かけても暑い。朝晩は涼しくなると言っても、行動するのは昼間です。やっぱり暑いのです。

こういう季節には、標高の高いところに逃げるに限ります。とはいえ標高の高い山は峨々とした名峰が多く、気軽に登れるわけではありません。高ければ登るのにも時間がかかり、日帰りでは難しいことも多い。そこで今回お勧めするのは、長野群馬国境の名峰・浅間山の直下にある高層湿原です。標高2000メートルに位置するこの湿原は、池の平という名前で呼ばれています。

浅間山直下にある池の平湿原に向かう

池の平湿原にはスキー場がある湯の丸高原からも歩いて行けますが、湯の丸高原にはバスなどの公共交通機関がありません。わたしは仲間たちと山に入る時は、公共交通機関を利用することを原則としています。自家用車やレンタカーを利用するとなると、人数とクルマの台数の調整が面倒だからです。鉄道駅から歩く、あるいはバス停留所から歩くという約束にし、寝坊せず遅刻せず時間通りに来た人たちだけで出発するというルールです。このように決めておけば、主催者がクルマの手配で苦労する必要がありません。山の会を長続きさせる秘訣のひとつです。

なので今回の池の平湿原への入口は、北陸新幹線・佐久平駅。ここから浅間山直下の高峰高原まで直行バスが出ているのです。佐久平駅の蓼科口を出て、ロータリーのいちばん向こう側にあるバス乗り場に向かいます。高峰高原行きのJRバスとまったく同じ時間に同じ乗り場から、八ヶ岳・麦草峠に行く千曲バスも出ているので間違えなきよう。

バスは小諸駅を経由して、つづら折りの舗装道を高峰高原へと向かって行きます。これで一気に高度を稼いでしまい、高峰温泉の旅館の前でバスを降りた時点ですでに標高は2000メートル近く。佐久平駅前はウンザリするような暑さだったのに、びっくりするほど涼しくて快適です。

2000メートルの標高に、ひたすら水平に歩ける土地がある面白さ

そしてこの土地が素晴らしいのは、ただ標高が高いだけではありません。この標高を維持したまま、水平に移動できる歩ける道があることなのです。東は高峰高原ホテルのある車坂峠。西に進んで高峰温泉。さらに西に進むと、池の平湿原。端から端まで歩いて、だいたい3時間ぐらいです。ぐるりと周回してくると、4〜5時間ぐらいのコースをとれるのです。ちなみに東の端の車坂峠からさらに東に進めば、浅間山の外輪山に登ることもできます。車坂峠からは1時間20分ぐらいとたいした長さではないので、これをコースに加えるのも良いでしょう。外輪山のトーミの頭からは、天気が良ければ浅間山の雄大すぎるほどの絶景を間近に見ることができます。


赤茶けたガレ場がなかなか壮絶。林道は気持ち良い

さて、わたしたちは高峰温泉を出発し、ここから未舗装の林道を歩いて池の平湿原へと向かいます。林道を歩かずに、目の前にそびえている水の塔山、篭ノ塔山を縦走していっても池の平湿原にたどり着けるのですが、ここの縦走は稜線の一部がガレていて登山地図にも「滑落注意」と記されています。今日のメンバーは珍しくわたし以外は全員女性、そして初心者も含まれるので縦走には挑まず、おとなしく林道を歩くことにしました。

蝶を撮影するステテコのおじさんと出会った

未舗装の林道は砂利まじりで、登山靴の足にも気持ち良い。気温は摂氏二十度ぐらいと、都会の猛暑を思い出したくもない涼しさです。見上げれば、稜線の赤茶けたガレ場が壮観です。ゆるやかに登っていく林道を歩いて行くと、高齢のおじさんが運転するセダンがわれわれを追い越していきます。しばらく進むとそのセダンが道ばたに駐車していて、運転していたおじさんがステテコ姿であたりを歩きまわっているのが見えました。

「なぜステテコ……?」「なにしてるんでしょう。まさか死に場所を求めて……?」

いくらなんでも不謹慎な会話をしながら近づいていくと、おじさんは背中からカメラをさっと出して茂みに目を凝らしていました。「こんちわ。何を撮影してるんですか?」「蝶」「蝶!珍しい蝶とかがいるんですか」「まあまあ珍しいんじゃないかな」

蝶の名前は聞くのを忘れました。高原の平和な風景です。

林道はいくつもの尾根を回り込みながら、続いていきます。カーブをめぐるのに飽きてきたころに、人工的な赤い屋根が見えました。兎平の駐車場。池ノ平湿原の入口です。天気の良い夏の週末でしたが、予想していたほどにはクルマも人も多くはなく、駐車場から少し離れたところにある東屋で休憩します。


登山道に差しかかるけれど、相変わらず歩きやすくて気持ちいい

ここからまっすぐに池の平湿原に入ってもいいのですが、今日は見晴らしの良い山頂を経由してみることにしました。さっきのガレた縦走路をパスもしてるし、少しぐらい登山っぽい道もいいかな。東屋の裏から続く草原に埋もれかかった登山道をたどり、森の中を軽く登って約三十分。雲上ノ丘という素敵な名前の小ピークに到着します。眼下には池の平湿原が、まるでゴルフ場のグリーンのように広がっています。実に広大!

暑夏の空を眺めながら、平和すぎる光景になごむ

雲上ノ丘からさらに少し登って見晴岳というピークを踏むと、「晴れてる日が日本一多い」と有名な佐久平の街並み、さらにその先には遠く八ヶ岳連峰が望まれます。夏の積乱雲がもくもくと湧き、視界いっぱいに青空と混じっていきます。山頂ではなにかの合宿の子どもたちが絶景に大騒ぎしていて、ここも平和な光景でした。


遠く八ヶ岳方面を眺めていると、雲がモクモクと湧いてきて夏!

頂上で軽い昼食を終え、そこからは池の平の湿原へと一気に下っていきます。たどりついた湿原は広々と、そしてぽっかりと山の中に浮かんでいるようで、楽園感がハンパない。山の奥深くにひっそりと存在するこういう気持ち良い場所に入り込んだ時にわたしがいつも感じるのは、「自分はもう死んでいるのでは」「死んだ自分はいま涅槃の景色を見ているのでは」という幻惑感。まさに池の平湿原もそんな場所でした。


まるで涅槃のような楽園をただひたすら歩いていく……ここは死後の世界?

ここからは池の平湿原のぐるりとめぐる木道を歩き、湿原と別れを惜しみながら兎平に戻り、歩いてきた林道を高峰温泉まで戻ります。高峰温泉は秘湯として有名でいつも混雑しているので、素通りして高峰高原ホテルの渋くて地味なお風呂へ。近くに新しくできたカフェで地元のクラフトビールを楽しみ、再びバスで帰路につきました。


夏はまだまだ終わらない


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