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欧米左派は新自由主義に歩み寄り、それがGAFAを生みだした 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.648



特集 欧米左派は新自由主義に歩み寄り、それがGAFAを生みだした
〜〜現代の政治とテクノロジーの歴史を俯瞰して学ぶ(第3回)

 オールド左派は1970年代まで、労働者のための政治運動でした。資本家に抑圧され、低賃金や劣悪な労働条件に苦しめられている労働者が団結し、ともに戦ってより良い生活を勝ち取っていこうというのがベーシックな運動理念だったのです。しかし戦後の高度経済成長で欧米や日本は信じられないほど豊かになり、格差も少なくなって、労働者は豊かになりました。

 日本でも、ごく普通の労働者が自家用車を持ち、一戸建ての家を持つことができるようにまでなりました。漫画『サザエさん』や『クレヨンしんちゃん』に描かれている中流家庭の生活ぶりは、まさに一般労働者がいかに豊かになったのかを象徴しています。

 しかしこのような「豊かな労働者」の普及は、左派にとっては予想もしていなかった行き詰まりでもありました。豊かになったのは左派にとっては勝利だったのですが、その勝利を勝ち取った先に、どのような政治目標を掲げれば良いのかわからなくなってしまったのです。

 貧しい労働者を団結させ、権力に対抗させていくという古い理念では、もはや「豊かな労働者」は付いてきません。ちょうど同じタイミングで1960年代の学生運動のうねりが世界的に巻き起こり、学生たちはオールド左派の古い理念を批判し、自己の変革や自己実現といったよりパーソナルな領域での革命を唱えました。この学生運動というのは見方を変えれば、「豊かになった世界での新しい革命とは何か。そういう革命とはあり得るのか」という問題意識による挑戦だったとも言えるでしょう。

 さらに1980年代末には、ソ連が崩壊。社会主義や共産主義を旗頭にすること自体が難しくなってしまいました。

 こういう状況の中で左派が1990年代に選び取ったのが、文化的な新しい路線でした。豊かになった消費社会でひとりひとりのライフスタイルを大切にし、さまざまな価値観が共存する多文化主義を訴え、LGBTや有色人種、障害者などマイノリティの自己決定権を大切にするアイデンティティポリティクスを打ち出す。

 アイデンティティポリティクスを短く説明しておくと、それまでの「労働者vs資本家」や「資本主義vs社会主義」のような階級闘争、イデオロギー闘争ではなく、LGBTや障害者、女性などマイノリティを社会に承認してもらおうと運動する政治というような意味です。「反差別」と呼ばれる運動も、このアイデンティティポリティクスのひとつです。

 左派がこのように文化的な方向に向かったことを「リベラル化」と呼ぶ人もいるようです。本来のリベラリズムとは若干異なる概念に変質しているので、わたしはあまり同意しませんが、少なくとも左派勢力にとっては、ソ連が崩壊して「左派」と名乗ることができなくなり、そこに「リベラル」という冠をとってつけたようにかぶせることで難を逃れたということは言えるかもしれません。

 実際、日本で最初に政治勢力に「リベラル」という用語が使われたのは、冷戦後の1995年のことです。当時の社会党を分裂させて割って出ようとした山花貞夫さんらのグループが、新しい政党の名前として「民主リベラル新党」を掲げました。しかしちょうどその時に奇しくも阪神淡路大震災が起き、新党立ち上げは頓挫してしまっています。

 話を戻すと、左派は文化的にはこのようなリベラルな路線をとるのと同時に、経済的には新自由主義に歩み寄っていきます。そうなったのは、アメリカのレーガン大統領とイギリスのサッチャー首相といういずれも保守政権が新自由主義に舵を切り、これがある程度は成功してあたらしい経済成長を軌道に乗せたからです。

 新自由主義というのは、政府の仕事はなるべく小さくする「小さな政府」で、市場原理に任せて企業に自由な経済活動をさせ、さらにグローバル市場を拡大していこうというやりかたです。それまでの欧米の左派は、政府の仕事を増やして手厚い福祉を行おうという「大きな政府」路線でした。しかしこの福祉の重視が政府の財政を悪化させ、企業から税金を取り過ぎたことで自由な経済活動を阻害していると保守からはずっと批判されていたのです。この批判が1980年代になって、レーガノミックスとサッチャリズムの「小さな政府」路線の成功で裏付けられてしまった。この成功に左派は抗しきれなくなったということですね。実際、この時期までに左派政党はたいへん支持率を落としてしまっていました。

 親・新自由主義とアイデンティティポリティクス。これが1990年代からの欧米左派の中心軸となっていきました。
 
 しかしこれはどちらも問題があり、二重の意味でも大きな副作用をもたらしました。なにが「二重」なのかというのはおいおい説明していきますが、まず親・新自由主義の問題について説明します。

 この親・新自由主義の問題については、つい先日刊行されたばかりの以下の書籍に沿って説明していくのが最適でしょう。この本はわたしも巻末の解説を書かせていただいているのですが、非常に面白い良書です。

★『巨大企業の呪い ビッグテックは世界をどう支配してきたか』


 この『巨大企業の呪い』は、「独占対反独占」という斬新な視点で現代史を読み解いている本です。

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