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革新を生み出し、持続できる都市とはどのようなものなのか 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.635

特集 革新を生み出し、持続できる都市とはどのようなものなのか〜「コロナ後のライフスタイルとテクノロジー」経済倶楽部講演から(第6回)

 エドワード・グレイザーというハーバード大学の先生が書いた『都市は人類最高の発明である』という本があります。山形浩生さんが翻訳した本ですが、これは都市論の決定的な名著だと私は折に触れて読み返しています。読み返すたびに発見が多い本です。

 ひとつ例を挙げると、エコだということで田舎にみんな住みたがるということがありますね。ところが、実際に田舎に引っ越してみると、田舎の生活はまったくエコじゃない。私は軽井沢に家を借りていますが、夏の間はともかく、冬も行こうとするとものすごいエネルギーの無駄遣いです。だって、軽井沢はものすごく寒い。今の季節だと最低気温がマイナス15度ぐらいあります。そうすると、もう暖房をがんがんにたいて、床暖房を入れまくって、しかも不在にしている間も床暖房を入れっぱなしにする。しないとどうなるかというと、水道が凍結してしまうのです。

 これは非常にコストとリソースをかけた生活です。だって毎月の灯油代が、床暖房とかを含めて1万円ぐらいかかってしまうんですよ。そのぐらい無駄に燃料を消費しないと、冬の軽井沢生活は成立しないのです。

 それに比べると、東京はだいたい集合住宅ですからそんなに寒くない、階下にも人が住んでいるので底冷えすることもない。そうすると、エコな生活はどっちなのかというと、実は都市生活の方がエコということなのです。田舎の暮らしにみんなあこがれるけれども、それはまったくエコではない。だから、この本の結論は、みんな都市に住んだほうがいい、そのほうが地球環境に優しいということを書いてある。

 この本の中でもう一つ面白い視点は、近代都市がなぜ発展したのかという話です。一つには、さっき言った産業革命で工場がどんどん都市に出来上がり、そこに労働者が集められたので人口増大していった。でも、それだけではないと。多様な人々によるイノベーションという意味が大きかったということが書かれている。

 そのひとつの例として挙げられているのがシリコンバレーです。もともとたいして何もなかった土地だと言われていましたが、たとえばヒューレット・パッカードの創業者なんかがガレージで何か物づくりを始め、そこから現在のコンピューター産業が興ったというのは有名な話です。

 そういう面白そうな技術者たちが集まってくると、そこにさらにそれを慕って人々が寄ってくる。多様な技術者や研究者、あるいはビジネスマンや起業家たちが集まってくると、その人たちの相互作用によっていろんなアイデアとかがどんどん生まれる、みんなが雑談して会話するから、その雑談やコミュニケーションの中から、次の時代のイノベーションとかが生まれてくる。その結果出てきたのがパーソナルコンピュータや、今の情報通信テクノロジーのベースになるようなさまざまなアイデアだったわけです。

 このシリコンバレーと同じようなことが、実はかつてデトロイトでも起きていました。デトロイトというのはご存じのように自動車産業の中心地だったわけです。これも19世紀末の当初は、さまざまな中小の自動車メーカーが覇を争っていました。自動車は新しいテクノロジーで、当時としては最新の、今で言う情報通信テクノロジーみたいな扱いでしたから、それを面白がって全米からいろんな技術者や起業家、ビジネスマンがわっと集まってきて、そこでみんなで自動車というものを一生懸命考えた。みんなで議論したりして、わっといろんなことをやったところから、フォードがT型フォードの大量生産モデルをつくり上げて、それが爆発的に売れて、この自動車産業の一大集積地であるデトロイトという都市が生まれた。そういう流れなのです。

 だから、デトロイトは何もないところから突然工場ができたのではなく、そういういろんな人たちの多様性による相互作用の中からイノベーションが生まれてきたということをこの本では書いている。

 でも、一方でデトロイトは、ご存じのように、その後結局凋落してしまいます。廃墟が広がり、治安が悪くなり、ひどい環境だと散々言われるようになりました。これはなぜかというと、結局大量生産システムを完成させた後の自動車産業、アメリカのデトロイトの自動車産業は、その次につながるイノベーションをつくれなかったからです。

 そのイノベーションの次を興したのは、それは日本であり、さらにはその後のアメリカのシリコンバレーのテスラであり、そういう別の土地に移ってしまった。だから、そういうイノベーションを生み出せなかったデトロイトは、だんだん寂れて凋落してしまったという話なわけです。

 そうすると、ここで重要なのは、都市というのは人が集まるだけではダメだということ。その先にイノベーションをつくる何らかのエネルギーがなければ、持続性を持たないということなのです。

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