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アスリートたちの「VSシリーズ」動画には、日常の薄皮を剥いだ世界の構造が見えてくる

凄い豪華なキャストと予算をかけた動画なのですが、わたしはそれ以上に、この動画作品が共通して持っている「世界の見え方」に注目しています。

化粧品ブランドのSK-IIが、スポーツ選手たちを題材にしてアニメと実写を融合させた『VSシリーズ』です。この3月に「SK-Ⅱ STUDIO」というフィルムスタジオをスタートさせたそうで、そこから生まれた作品。YouTubeで配信しています。

東京五輪でも活躍が期待されている卓球の石川佳純選手やサーフィンの前田マヒナ選手、さらに米国から体操女子のシモーン・バイルス選手や中国から水泳のリウ・シアン選手と海外勢も出ています。さらに音楽はジョン・レジェンドに中国の人気歌姫レクシー・リウ。

さらにアニメと実写を融合した映像では、つくられた3Dモデルは1000体におよび、フレームのコマ数はトータルで6347万3374にもおよんだとか。完成度が高くて圧倒されます。

不安や抑圧がモンスターや巨人という物体として描かれている

豪華だし技術力すごいなあと思う。アスリートの苦悩とそれを乗り越えてきた道のりも描いていて感動するんだけど、それだけではないものをわたしは感じました。

それは、不安や苦悩や抑圧を、モンスターや巨人など具体的なモノに移し替えて、それとの戦いを「構造」として描いていることです。

石川佳純選手の『ブレードランナー』的エレベーター

女子卓球の石川佳純選手の回。「みんなの期待を超えられるか」「行けるところまで行かなきゃ」という熱望と不安と苦悩。それが映画『ブレードランナー』的な密集都市の超高層ビルの壁面を上り下りするエレベーターに具現化されています。

「自分を疑ってみたことは?」「あるわけない」「ないの?本当に?」

不安につぶされそうになると、エレベーターのガラスの壁面にはひびが入り、砕け、ケーブルは切れて落下していく。

巨大で立体的な世界観と石川さんの苦悩とが重なりあって、思いきり感情移入して手に汗握ってしまいました。

火の鳥NIPPONと進撃の巨人

バレーボール女子日本代表の火の鳥NIPPONの回は、ほとんど『進撃の巨人』です。

体格に勝る海外チームと戦うことを、煙を吹き出しながらやってくる超大型巨人との神話的な戦いとして描いています。

髙橋礼華・松友美佐紀ペアがサイボーグに

バドミントンの髙橋礼華・松友美佐紀ペアの回では、ふたりがサイボーグになっています。

「感情を抑制せよ」「テクニックを完璧にせよ」「カロリー抑制せよ」とシステムの声が響く。マシーンになりきった二人のパワーと速度、コンビネーションは、最高レベルにまで高められていく。「勝つことがすべて」「マシーンになれ」

しかしある日、サイボーグ髙橋選手は古びた手書きの便せんを見つけます。

「髙橋さん、この間は試合ができて、負けちゃったけど、楽しかったです。髙橋さんはとても強くてすごかったです。また一緒にバドミントンがしたいです 松友美佐紀」

この手紙が二人を目ざめさせ、二人は人間へと戻っていく。怒ったシステムは巨大なロボットへと変態し、襲いかかってくる。『エヴァンゲリオン』を強烈に思い出すモチーフです。

アスリートが立ち向かう「世界」を立体的で具体的なイメージにしている

『VSシリーズ』に共通しているのは、アスリートが立ち向かい乗り越えようとしている「世界」をより立体的で具体的なイメージにしているということ。石川佳純選手の不安や焦りをエレベーターの落下で描くなんて、すごく「立体的」です。

 そう、この『VSシリーズ』の世界は、時間軸で流れてるんじゃなくて、この瞬間の世界のイメージが立体化されることで成り立っているのです。アスリートの成長を時系列で直線的に描くのではなく、アスリートの戦いを世界という構造の中で「いまこの瞬間」の戦いとして描く。そういうつくりになっているのです。

「いまの作家の仕事は、世界がどう動いているのかを伝えること」

1975年生まれのイギリスの女性作家、ゼイディー・スミスは語ったという言葉があります。

「誰かがなにかについてどう感じたのかというようなことを伝えるのは、もはや書き手の仕事ではなくなった。いまの書き手の仕事は、世界がどう動いているのかを伝えることだ」(『Present Shock』Douglas Rushkoff、2013より。未邦訳)

これは村上春樹さんの文学もそうですね。『1Q84』も『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も、わたしたちの日常の薄皮を一枚はいだ裏側に、世界の構造が見えてくるような物語を描いている。

さらには『進撃の巨人』や『エヴァンゲリオン』も、同じような物語が描かれています。1995年のテレビアニメから今年『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にいたるまで、シンジくんは成長はしません。しかし一枚一枚皮をはぐように、世界の構造がどうなっているのかが見えてくる。

登場人物の物語ではなく、世界の意味の解明が主題に

登場人物の物語ではなく、世界の意味の解明と提示が主題となっているのです。

もし世界が、その構造をつくるコンピュータのOSのようなものと、その上で動くアプリのようなもので成り立っているとしましょう。従来の「物語」は、アプリがつくる起承転結と成長の物語です。でもOSには、始まりも終わりもありません。OSは、「そこにある意味とは何か」「これからどうなるのか」「どこから現れてきたのか」などを聞かない。ただそこに存在しているだけです。

21世紀のわたしたちが知りたいのは、OSがどのように管理され、どのようなルールで運用され、どのような構造を持っているのかを知りたい。世界の奥底へと降りていき、奥底で駆動しているOSをつぶさに観察して世界の原理を探求したい。

わたしたちの求める物語への熱情は、そう変容している。『VSシリーズ』におけるさまざまな「戦い」は、まさにそういう物語世界を見せてくれているのだと思います。

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