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クラブハウスが発掘してきた「音声」は新しい雑談の地平を拓くか 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.640


特集

クラブハウスが発掘してきた「音声」は新しい雑談の地平を拓くか
〜〜クラブハウスと音声メディアの未来(第1回)


 雑談ができる音声SNSのClubhouse(クラブハウス)が話題沸騰で、多くの人を惹きつけているようです。これが一過性のブームで終わるのか、それともフェイスブックやツイッターのようにプラットフォームのひとつとして定着していくのかは、現時点ではまだ何とも言えません。しかしわたしはこの音声SNSという方向には非常な潜在的パワーがあると捉えており、クラブハウスに限定せずにもっと幅広く見ていく必要があると考えています。

 特に注目しているのは、クラブハウスが雑談系に特化し、しかもアーカイブを残さないという点です。そこで今回から数回にわけて、クラブハウス的な音声SNSの持つパワーについて論考していくことにします。ポイントは次の3つ。

(1)そもそも音声はテキストにたいして優位性を持っているのかどうか
(2)クローズドなSNSとオープンなSNSという2つの方向性
(3)アーカイブできないという「一過性」が持っている可能性について

 まず第一のポイントから行きましょう。インターネットでは音楽を除いた音声コンテンツとしてこれまで、ポッドキャストやオーディオブックなどがありました。しかしこれらのサービスがアメリカなどでは広く普及しているのに対し、日本ではあまり流行っていません。この理由については諸説あるのですが、「情報量」の問題ではないかという指摘もあります。

 日本語では、表意文字である漢字の情報量がきわめて多く、文字で読んだほうがたくさんの情報を一度に読めます。英語は表音文字なので、同じ文字数だと日本語よりも情報量が少ない。この記事がそのあたりを端的に説明していますね。


★「早稲田理工」を英語で表記すると長すぎ……!? 漢字に込められた情報量の多さに圧巻


 早稲田理工は5文字、早稲田大学理工学術院と正式名称にしても10文字。でもこれをWaseda University Faculty of Science and Engineeringと英語表記すると、52文字にもなってしまいます。

 ツイッターが日本で爆発的に普及したのも、日本語なら140文字にかなりの情報量を詰め込めたからだという話もありますね。実際、ツイッターはその後英語については制限を280文字に拡張しています。

 漢字は情報を圧縮して短い時間に読み取ることに非常に長けている。これを音声で聞くと、情報の量が間延びして聞こえてしまうという問題があるということです。加えて日本語では、漢字の同音異義語が非常に多く、文字を読めばすぐに区別できることばでも、音声で聞くと異義語を区別しにくいという問題もあります。

 このように日本語では、音声よりもテキストのほうが情報を得るためにはずっと効率が良い。実際、動画ニュースや動画のトークなどをYouTubeで見始めたのはいいけれど、途中で「ああーまどろっこしい!これテキスト書き起こしされていないかなあ」と感じる場面はしょっちゅうありますね。

 さて、このように音声コンテンツは日本語ではハードルが高いのにもかかわらず、なぜクラブハウスは盛り上がっているのでしょうか? わたしはここには「雑談」の意味があると考えています。

 ここでインターネットや新聞、テレビなどのメディアを流れるデータというものの意味をいま一度捉え直してみましょう。新聞記事や雑誌記事、ウェブメディアの記事で流されているデータは、「情報」です。情報(information)は、ウィキペディアによれば「あるものごとの内容や事情についての知らせ」であり「状況に対する知識をもたらしたり、適切な判断を助けたりするもの」です。つまりはわたしたちに知識として伝達されるものです。

 しかしメディアを流れるデータは情報だけではありません。電話での恋人たちの会話や、Zoomオンライン飲み会でのやり取りなどは、情報ではなくコミュニケーションです。テレビのバラエティ番組での芸人さんの語りも、コミュニケーションのひとつとして捉えていいかもしれません。このようなコミュニケーションは人間関係を成立させたり、参加する人たちのあいだの空気を盛り上げたり和らげたりするだけでなく、もっと大切な意味もあります。

★いま求められているのは「雑談テクノロジー」である。


 わたしはしばらく前に、日経COMEMOの上記の記事で書きました。多様な人々が集まり、雑談して盛り上がることこそが、イノベーションの火種となるという話です。人口が集中する都市の意味というのはそこにあり、だからこそ都市は発達することができるのですが、これをどうオンラインで実現していくのかが今後のテクノロジーの課題であると書きました。

 クラブハウスはまさに、そのような場の可能性を示していると言えるでしょう。この新しい音声SNSの最大の特徴は、Zoomなどと違って遅延が非常に少ないということに尽きます。なので声かぶりすることがなく、相づちも打ちやすい。つまり雑談しやすいのです。

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