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ウェブ3が目指すべきは「アンチ中央集権」ではなく「参加型中央集権」である 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.697

特集  ウェブ3が目指すべきは「アンチ中央集権」ではなく「参加型中央集権」である
〜〜トークンエコノミーの可能性を考える

だんだんと盛りあがって来ている「ウェブ3」というバズワード。これがどの方向に行こうとしているのかということを、今日は論じようと思います。

しばらく前に配信したこの記事で、そもそもウェブ3まわりで良く言われている「中央集権からの脱却」というのはファンタジーでしかないということを論じました。

「『アンチ中央集権』というのは気持ちの良いスローガンですが、私たちはともすれば悪に陥りがちな自分たちをコントロールために政府を持ち、警察を運営し、中央集権という『必要悪』を許容しているのだということも忘れてはならないのです

では、ウェブ3はまったく意味がないものなのでしょうか? 何ももたらさない、単なる一過性の流行り言葉にすぎないのでしょうか?

わたしは、そうではないと考えています。ウェブ3には「アンチ中央集権」ではない大きな意味があるのです。それを最初に言い切ってしまうと、「参加型中央集権」という新しい可能性の実現と言えるでしょう。

これまで中央集権的なプラットフォームの運営は、GAFAのようなビッグテックが握っていました。情報が流通するインフラが、SNSなどのプラットフォームであるというのはこれからも変わりません。プラットフォームそのものを破壊して「アンチ中央集権」にするのではなく、プラットフォームの運営に一般社会の人々が参加するということをイメージするのです。

つまり中央集権を否定するのではなく、中央集権の運営に参加してもらうということです。全員が出資者になり、運営の主体側にまわるのです。

具体的に、どのような可能性が見えているのでしょうか。

ウェブ3のひとつに「トークンエコノミー」というものがあります。トークンを使った新しい経済という意味です。

トークンというのは、ブロックチェーン技術を使って発行される仮想通貨のようなものです。仮想通貨というと、同じブロックチェーン技術を使ったビットコインを思い出す人が多いでしょうが、トークンはビットコインとは区別されています。ただしウェブ3の用語遣いはいまだに混乱していていろんな定義が混在していて、トークンの厳密な定義は今のところ存在していません。ここでは、以下のようにトークンの意味を定義づけてみます。

トークンは、ビットコインとは以下が異なっています。

第一に、ビットコインには中央銀行のような管理者がおらず、システムが自動的に通貨を発行していて「アンチ中央集権」です。しかしトークンには「トークンをどれだけ発行するのか」を決める管理者が存在し、「中央集権」です。

第二に、ビットコインはビットコインのシステムだけが発行でき、「オレだけのビットコイン」みたいなものは作れません。しかしトークンは、会社でも個人でもだれでも発行できます。

第三に、ビットコインには「1ビットコインが○○円」という金銭的な価値しかありません。しかしトークンには、金銭以外のいろんな価値を付与できます。たとえば「ミュージシャン○○さんのトークンを持っている人は、秘密のライブコンサートに参加できる」「△△会社のトークンを持っている人は、会社の議決権を持てる」といった価値を与えることができます。

こう解説するとピンと来る人もいると思いますが、トークンはぶっちゃけて言えば、企業が消費者向けに発行している「ポイント」のようなものです。ではトークンはポイントとどう違うのでしょうか?

ポイントとトークンの違いは、ポイントは「1ポイント=1円」のように価値が固定されていますが、トークンは株式のように価値が変わる点です。たとえばあるトークンをいま1000円で買ったとしたら、そのトークンは3年後には5千円に価値が高まっているかもしれないし、逆に500円に価値が下がってしまったということもありうるでしょう。

価値が上がることを期待できるのなら、トークンをすぐにお金に換えてしまわないで、安定株のように長い期間にわたって保有することを選ぶ人も多いでしょう。また価値が上がってほしいから、そのトークンを発行している会社や個人を応援しようという気持ちも出てきます。

ポイントではそうはなりません。ヨドバシカメラや楽天のポイントを持っているからといって、ヨドバシカメラや楽天を応援して価値を上げようとは思わないし、長期保有して価値が上がることを期待する人もいません。

つまりトークンを持つというのは、株式を買って保有するというのと同じような意味を持っているのです。

しかしここでひとつの矛盾があります。ポイントは持っているだけでは意味がなく、お金やサービスや商品に換えることで初めて価値になる。トークンも同じように、サービスや商品に換えることで価値が出ます。しかしそのような「交換」は、長期に「保有」することと矛盾してしまうのです。

ここでAという会社が、自社のAサービスと交換できる「Aトークン」を千円で発行したとします。Bさんは1000円を払って、Aトークンひとつを購入しました。長く保有していれば、A社の評価が上がるのにしたがって、Aトークンの価値も上がっていくことが期待できます。でも保有しているだけだと、Aサービスを利用できません。そこでAサービスを利用したいBさんは、Aトークンを売却することにしました。

ここで問題が起きます。Aサービスを今すぐ使いたい人が増えれば、Aトークンは次々売られてしまい、そうすると市場原理からいってAトークンの価値が下がってしまうのです。A社はAトークンの価値を下げないためには、Aサービスをなるべく使ってもらわない方がいい。なのでAサービスの開始を遅らせることにします。そうすればAサービスへの期待値だけが高まって、たしかにAトークンの価値は上がっていきます。

しかしAサービスをスタートしたとたんに、Aトークンは売られて暴落してしまう可能性がある。ではA社はどうすればいいのでしょうか?

A社の最適な判断はたったひとつです。それは、Aサービスの開始をいつまでも遅らせて、お客さんをじらし続けるのです。しかしそれでAトークンの市場価値が上がったとして、その「価値」とはいったい何に紐づいていると言えるのでしょう?

つまりAサービスを提供しなければ価値は意味をなさないが、Aサービスを提供するとAトークンの価値が下がってしまう……これは大いなる矛盾ではないでしょうか。

さらにもうひとつの矛盾があります。

Bさんは最初に1000円を払って、Aサービスを使えるAトークンを買いました。Aサービスへの市場からの期待が高まって、Aトークンの価値はうなぎ登りしていきます。最初は1000円だったのが、数か月で5千円にまで高騰します。

ではここで、BさんはAトークンを行使してAサービスを利用するでしょうか?

Bさんは当初、Aサービスに1000円の価値があると考えてAトークンを購入したのです。しかしいまやAサービスは5千円の価格になってしまっています。するとBさんは「5千円も払って、Aサービスを受ける意味があるだろうか?」と考えるでしょう。「だったらAトークンを行使しないで、そのまま持っていた方がいいかな」となるのではないでしょうか。

そうなるとAトークンを買った人は、トークンの価値が上がるとだれもAサービスを使わなくなってしまう。誰も使わないAサービスに紐づけられたAトークンの価値だけが上がっていくっておかしいですよね。

このふたつの矛盾を克服する方法があります。

それは、Aトークンを「Aサービスとの交換」というだけの価値にせず、それ以上の意味を持たせることです。具体的には、たとえばAトークンをA社への議決権の価値をもたせたり、Aサービスの運営に参加させたり、あるいは配当を付与するということも考えられるでしょう。

つまりトークンを株式のように捉えていくということ。ウェブ3ではこれを「セキュリティ(証券)トークン」と呼んで、サービスや製品との交換に使われる「ユーティリティトークン」と区別しています。しかし私は、このふたつの方向はいずれ融合していくのではないかとも考えています。

証券トークンは株式と似ていますが、異なるのはトークンは会社への出資だけでなく、個人やアート作品や楽曲などさまざまな人や組織やモノなどに出資できるようにできることです。

会社の株式は、たとえば1億円の価値がある会社があったとしたら、それをひとりの投資家が1億円出資するのではなく、株式に小分けして100人が100万円ずつ出資することができるという意味があります。それと同じで、たとえばゴッホの10億円の絵をひとりの金持ちが10億円で買って所有するのではなく、ゴッホの作品の価値を「ゴッホトークン」というものにして1000分割すれば、1ゴッホトークンを100万円で購入できるようになります。将来、ゴッホのその作品が15億円に値上がりすれば、1ゴッホトークンも150万円に値上がりして、このトークンを持っている人は50万円の利益を得ることができます。

このような証券トークンは、クラウドファンディングにも近いと言えるでしょう。

クラウドファンディングではさまざまな製品を新規開発したり、書籍やアルバムなどの作品を制作するために不特定多数の人たちから資金を集めるということがおこなわれています。特定少数のパトロンから出資してもらうのではなく、多くの人から出資してもらうという「出資の民主化」がクラウドファンディングです。

しかし現在のクラウドファンディングの多くには、継続性がありません(一部、クラファン型スタートアップ投資のようなしくみも登場してきています)。たとえば製品の新規開発で人々から100万円を集め、その製品が無事開発できたら、リターンとして出資してくれた人たちに完成品をわたして終了。出資した金額を長期にわたって保有するというしくみではないのです。

しかしトークンでは、出資を長い期間にわたって保有することができます。製品Cの新規開発のためCという企業が1万円のCトークンを発行し、それを100人の人たちが購入して100万円を資金調達したとします。完成品は2000円の定価だとすれば、Cトークンを購入した人は全額行使して完成品を5つ受けとってもいいし、ひとつだけ受けとって残りの8000円は保有したままにしてもいい。あるいは完成品は受けとらず(その人は完成品がほしいからトークンを購入したのではなく、C社の可能性に賭けてトークンを購入したのでしょう)1万円分をそのまま保有してもいい。

さらにC社がトークン保有者に経営への参加権を付与すれば、保有者は製品Cの今後の展開や宣伝マーケティング方法などについて発言することができます。

そして将来にC社が成長し、製品が大ヒットしたら、Cトークンの価値は上がり保有者は完成品を受けとる以上の金銭的な利益を得ることができるのです。

このようにトークンはクラウドファンディングよりも継続的で、単なるリターン以上の「参加」の意味を持つことができるのです。トークンとは、ただ金銭や製品やサービスとの交換だけでなく、「参加」の価値が紐づけられるということです。

ここで気をつけておきたいのは、トークンは決してビットコインのような「アンチ中央集権」ではないということです。

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