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イノベーションを満たすための「三つの要件」とは何か 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.808


特集 イノベーションを満たすための「三つの要件」とは何か〜〜〜スマホに続いてVR、生成AIは社会を変えることができるか



イノベーションとは何でしょうか。日本では過去に「技術革新」と訳してしまったこともあり、技術が進化することをイノベーションであると誤解している人がいまだ少なくありません。しかし現代の概念としてのイノベーションは、単なる技術進化ではなく、新しい技術によって産業界や社会が大きな変化を引き起こすことです。


その好例がスマートフォンです。最初のスマートフォンであるiPhoneは2007年にアメリカで発表・発売され、二台目の「iPhone 3G」は2008年に日本でも発売されました。


この発表のときのスティーブ・ジョブズのスピーチは歴史的に有名です。「今日、われわれは革命的な製品を三つ紹介する。1つ目はは、タッチスクリーンを搭載したiPod。2つ目は、革命的な携帯電話。3つ目は、インターネットと通信できる機器。そしてこの三つは別々のデバイスではない。ひとつのデバイスなのだ。今日、アップルは電話を再発明する。それがこのiPhoneだ」


iPhoneが登場する以前、インターネットに接続できる携帯電話として米国ではブラックベリーがあり、日本ではiモード端末がすでに存在していました。携帯電話の音楽プレーヤー機能としては日本には「着メロ」「着うた」がすでに存在し、iPhoneが決して最初の「iPodと携帯電話の融合」というわけではなかったのです。


だから当時の日本のIT業界では、iPhoneに対して「特段新しいわけではない」「日本のiモードの二番煎じ」「iモードこそがスマートフォン」といったネガティブな反応も少なくなかったのです。しかしあれから16年。歴史はどちらが勝者だったかを如実に示しています。その後「ガラケー」と侮蔑的に呼ばれるようになった旧式のiモード携帯電話は姿を消し、iPhoneとそのフォロワーであるAndroidOS群によるスマートフォンは圧倒的な市場支配を確立しました。


iPhoneの勝因を、ここで三つ挙げましょう。


(1) タッチスクリーンでアイコンをタップするという使いやすく斬新なUI/UX。

(2) 日常生活の隅々で使える、ライフスタイルとの融合

(3) 一般社会に普及することが可能な妥当な価格帯


それまでのiモード端末では、画面は比較的小さく表示はメニュー形式で、タッチスクリーンが導入された製品は少なくボタンの押下が中心でした。どんなに操作に慣れていても、いちいちメニューをたどるのがけっこう面倒だったりしたのです。


これに対してiPhoneは画面が大きく、しかもアイコンをタップするというUIはパソコンのMac/WindowsのGUIの流用で、パソコンになれている人にはすぐに慣れる操作系でした。さらにスワイプやピンチなど直感的に理解できる操作方法も用意され、アナログな道具を扱うように自然に操作できるところが実に斬新であり、しかも非常に使いやすかったのです。


(2)のライフスタイルとの融合。最も大きな価値があったのは、Google Mapなど使いやすい地図アプリが登場したことでしょう。Google MapはiOS版もAndroid版も2008年というスマホ時代の早い時期に無料で配付され、2010年代には世界で最も多くの人に使われるスマホアプリとして定着しています。マップアプリに食べログのような飲食店などのクチコミサイトが合流することで、外出時がますます便利に。


これによって外出でスマホを持ち歩くのが当たり前になりました。加えて、スマホが普及した2010年代は、SNSの普及期と重なったという偶然もありました。これによってスマホのメッセンジャーなどで家族や友人とテキストで連絡を取るのが当たり前に。さらには2010年代後半ぐらいになってくると、QR決済や鉄道のチケットレスサービスなども登場し、生活になくてはならない必需品となっていったのです。外出時も在宅時も生活のあらゆる局面をカバーする機能というのは、ガラケー時代にはまったく届かない未来だったのと比べると、この十数年の変化は隔世の感があります。これこそがまさにイノベーションと言えるでしょう。


(3)の普及価格帯。iPhone 3Gは日本では当初ソフトバンクの独占販売でしたが、当時の価格は7〜9万円程度。くわえて当時は端末と通信の契約をセットにすることで大幅な割引きがあったため、かなり安価に導入することができました。これがiPhoneを普及させる弾みになったことは間違いありません。


このように3つのポイントを見てみると、iPhone以前のiモード端末が満たしていたのは(3)の普及価格帯のみ。(1)のUIも(2)のライフスタイルとの融合も不十分でした。逆に言えば、iPhoneが普及するポテンシャルは十分にあったということなのです。


さて、この3つのポイントはiPhoneのみならず、さまざまな電子デバイス/サービスがイノベーションに発展するための必要条件にもなっています。この3つのポイントを満たさなければ、技術進化はできても社会や産業を変えるイノベーションにまでは至らないということです。

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