「脊髄反射的な平凡な感想」をじっくり素因数分解してみよう 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.769
特集「脊髄反射的な平凡な感想」をじっくり素因数分解してみよう〜〜〜SNS時代の「日本語の作文技術」について考える(第3回)
文章を書くときの文字量について考えてみましょう。
ツイッターは基本は140文字。このぐらいの分量なら、ほとんど脊髄反射だけで書けます。ツイッターには脊髄反射的なコメントがやたらと多いのは、140文字という制限があるからというのが大きいのではないかと思います。もしツイッターに「投稿は最低でも500文字」という制限があったら、脊髄反射コメントなど蔓延しなかったでしょう。ただしそんなツイッターは、そもそも流行らなかったとは思いますが(笑。
ウェブメディアで画面1枚に収まる程度のちょっとしたコラム原稿は、だいたい500〜1000文字ぐらいです。これだけの分量があると、脊髄反射だけでは書けません。自分の頭の中にいま浮かんでいる考えを、文章として固定していく能力が必要です。
とはいえ、500〜1000文字ぐらいの原稿なら全体の構成を考える必要はありません。「アイデア一発」で書けるからです。これが1500文字以上の文章になると、「アイデア一発」では難しくなり、原稿の全体の構成を考えなければならなくなります。
この「アイデア一発」というのは、どういうことでしょうか。原稿の例を挙げて説明します。以下は、とある紙のメディアにわたしが寄稿した文章です。
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東京と長野、福井の三か所に家を借り、移動しながら暮らす生活をわたしがスタートさせてすでに六年ぐらいになる。
新型コロナ禍で移動しにくい時期もあったけれども、おおむね月のうち東京で二週間、長野と福井で一週間ずつというサイクルで移動生活を続けている。多拠点移動生活の面白さはいくつかあるが、最大の感動は「暮らしのリセット感」である。たとえば東京に滞在していて、長野に移動する日が近づいてくると、その日を軸にして仕事も生活も回るようになる。「移動日までにこの仕事をやっつけてしまおう」「冷蔵庫の野菜と肉も食べきっておかなければ」
そして無事に完了し移動日を迎えると、気持ちはきれいにリセットされる。移動先の拠点では、ふたたびゼロから仕事も暮らしも始められるのだ。まるで短いゲームを繰り返し遊ぶようにして、人生が次々にリセットされていく気持ちよさは、多拠点生活ならではである。
「移動すること」の身体的・心理的ハードルを下げられていくことへの、何とも言えない気持ちよさもある。定住生活者がいざ旅行しようとすると、何かと面倒だ。所持品の準備や確認、旅行のスケジュールや地図の確認など、やらなければならないことはたくさんある。
しかし移動生活者にとっては、移動は当たり前の日常である。わたしが拠点間を移動する時、準備はほんの三十分もかからずに終わる。いつも移動時に持ち歩いているポーチ類とノートパソコンを大きめのバックパックに入れ、冷蔵庫に残っている肉と野菜をクーラーバッグに収納する。ただそれだけである。
移動に慣れていない定住生活者は、移動に疲れてしまう人が多い。鉄道の座席に座りっぱなしだったり、長時間のクルマのドライブは慣れないと疲れるのだ。しかし移動生活者は、どんな長時間の移動にも慣れている。長時間の移動そのものが楽しみでさえある。そのために日ごろからランニングなどのトレーニングも欠かさない。
なので移動先の拠点に到着すると、すぐさま次の行動を開始することもできる。心も身体も移動に最適化されているので、効率的なのである。
このようにして気楽に移動し、精神は次々とリセットされてフレッシュな気分が持続していく。有史以前の狩猟採集時代にはヒトは移動生活者だった。そのころのDNAが喜び湧き出すかのように、わたしは移動生活を続けているのである。
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読めばわかるとおり、この文章は三拠点移動生活の楽しさについて書いています。三拠点生活の楽しさは、「家から家へと移動することでリセット感があること」「体力・気力とも移動に慣れると、面倒な移動そのものも楽しくなる」という二点があると説明していますね。言ってしまえば、ただそれだけです。
つまりこの文章には「起承転結」や「序破急」のような構成はありません。「三拠点移動生活には二つの楽しさがある」というワンアイデアだけで書いているのです。こういう原稿のスタイルが、「アイデア一発」です。上記の原稿は1000文字足らずなので、「アイデア一発」でも書き切ることができるのです。
しかし分量が1500文字を超えてくるぐらいになると、起承転結や序破急のような構成が必要になってきます。これも例を挙げましょう。以下はわたしがとある業界紙に寄稿した原稿です。
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料理人であり食に関する文章の達人としても知られる稲田俊輔氏が、人気テレビドラマ「孤独のグルメ」について興味深い指摘をしていた。このドラマは実在する飲食店を、松重豊演じる架空の人物井之頭五郎が訪問し料理を楽しむという趣向である。街になじんだ飲食店のたたずまいや料理などはとてもリアルに描かれているが、一点だけリアルではない点があると稲田氏は言う。
「お店の方々が、妙に愛想が良すぎる。常連客たちも然り。地域に根ざした個人店は、実際はもっと淡々としていることがほとんどだと思います」(新潮社ウェブメディア「考える人」より)
常連が多く歴史の長い大衆食堂や大衆酒場は、たしかに素っ気ない接客の店が多い。そこまで愛想を良くしなくても客がやってくるからだ。初めて訪れる一見の客にとっては、この接客が怖い。注文の方法など独自のルールがあるのではないか、食べる順序など間違っていないかなど、おっかなびっくりで料理に向き合うことになる。無事に食べ終えて会計まで完了すると、ほっとひと安心。スリリングな食事だったなと振り返る。
いっぽうで日本津々浦々に広がっているようなチェーンの飲食店では、接客はマニュアル化され完璧だ。客の気分を害するようなことはいっさいないし、客はいつでも気持ちよく食事をすることができる。クレーマーまがいの抗議に対しても誠実に対応する。単価の安いチェーン店なのにそこまで腰を低くしなくても……と感じることさえ多々ある。
しかしこのようなチェーン店では、クセのある個人店でのスリリングな楽しみはない。店と客のあいだのコミュニケーションが滑らかすぎるからだ。大衆食堂や大衆酒場では逆に、コミュニケーションがまったく滑らかではなく、ゴツゴツしている。店がどういう対応に出てくるのかさえ予測できないが、逆にその予測できなさやゴツゴツさが個人店の面白さの根底にある。恋愛の駆け引きに近いといえばわかりやすいだろうか。こういうスリルを期待して大衆食堂に足を運ぶ人も多い。
さて、ChatGPTなどの対話型AIが年初から俄然注目を集めている。まだ登場して1年も経っていないが、アイデア出しや議事録の要約、原稿の校正など多方面の可能性が見いだされ、日々新たな使い道が発見されつつある。何をやらせても愚直に実行し、同じことをしつこく何度聞き返しても、疲れることなく返事を返してくる。「パワハラしても大丈夫なのがAIの本質では」と指摘した人がいたが、まさにその通りである。
だからチェーン店のマニュアル的な接客には、対話型AIがうってつけである。どんなに酷いクレームを入れてもずっと誠実に対応してくれるはずだ。いずれこの種の仕事は、AIに奪われていく可能性が高い。
逆に言えば、大衆食堂のぶっきら棒な接客は、AIには奪われないのではないだろうか。ぶっきら棒接客は、予測不可能である。店主の性格や気質によって多様なパターンがあり、個性がきわめて強い。客の側の楽しみかたも、店主の個性の強さを面白がり、予測不可能な接客にどう対処するのかというところにスリリングな面白さを感じる。荒々しい魂のぶつかり合いである。まさに、これこそがAIに奪われない人間性の象徴なのだと思う。
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この原稿は、少し多くて1400文字ぐらい。4つのパーツで構成されています。
「大衆酒場は、愛想がたいして良くない素っ気ない接客が一般的だ」
「とはいえチェーン店にはないこのような接客が、逆に魅力的に感じることも多い」
「ところで、ChatGPTの登場で、人間の接客の仕事もAIがになう未来が見えてきている」
「実は、大衆食堂の素っ気ない接客こそがAI時代にも生き残る仕事なのではないか」
このように並べてみるとわかってもらえるでしょう。構成が「起承転結」になっているのです。大衆酒場の話をしていたはずなのに、突然ChatGPTの最先端テクノロジーの話になる展開が、「転」になっています。このように「転」をうまく盛り込んで、意外な展開に持っていくと、原稿は面白くなるのです。自分の原稿なので手前味噌で恐縮ですが、ただ大衆食堂の愛想の無さを書いてる原稿や、ChatGPTが仕事を奪う話だけを書いている原稿はたいしておもしろくない。大衆食堂とChatGPTというまったく関係のなさそうなものを組み合わせることに、この原稿の面白さがあるのです。
どうしたら、起承転結の構成を持つ原稿が書けるようになるのでしょうか。
そのためには、まず準備段階として「素因数分解」が必要です。
素因数分解は中学一年の数学に出てくるので、おぼえていらっしゃる方も多いでしょう。素因数分解とは「ある整数を、素数のかけ算の形で表すこと」です。たとえば15を素因数分解すると、3×5です。3も5も素数なので、それ以上は分解できません。42を素因数分解すれば、2×3×7になります。2と3と7はそれ以上細かくできません。
では、文章を書くうえでの素因数分解とはなんでしょうか。42を2と3と7に分解したように、まず自分の素朴な感想、疑問などを、それ以上細かくできないぐらいにまで分解してみることです。
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