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新聞の影響力は、「団塊の世代」の退場とともに終わるだろう 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.732

佐々木俊尚

特集 新聞の影響力は、「団塊の世代」の退場とともに終わるだろう
〜〜〜新聞はいつ消滅し、その先には何が待ち受けているのか


新聞の衰退がいま劇的に進んでいます。なかでも多くの人が注目しているのが、朝日新聞でしょう。かつて日本のクオリティペーパーとして絶大な影響力を誇った朝日新聞は、この秋に出た日本ABC協会の数字によると、ついに399万部に。2000年ごろまでは800万部を超える部数を誇っていたのが、ついに半減してしまったのです。

しかも減少幅は加速しているように見えます。なんと前年同月比で63万部減。この減少幅がこのまま続くとすれば、単純計算で6年先には朝日新聞は消滅してしまうことになります。

どうしてこれほどの減少幅になったのかは明らかにされていません。新聞業界には「押し紙」「残紙」と呼ばれる慣行が昔からあり、これは実際に購読されている部数に上乗せして新聞販売店に届けているというものです。なぜそんなことをするかといえば、見かけ上の公称部数を増やすことができるからです。そうすれば広告効果を水増しすることができ、広告料金を高値で維持できるからという理由です。

この残紙を整理して正常化すべきであるというのはずっと以前から言われており、実際に新聞各社も残紙を減らすことに取り組んできました。今回の朝日の部数激減はその一環なのかもしれませんが、それにしても63万部減というのは尋常な数字ではありません。

とはいえ他の新聞社も、状況は同じです。


これはちょうど1年前の数字ですが、新聞の総発行部数は3300万部で、一年で206万部減っています。ピークだったのは1990年代半ばで、5300万部もあったんですよね。このころからくらべると2000万部も減っているのです。

このまま進むと、新聞は業界もろとも消滅するのでしょうか。わたしは、決してそうなるわけではないと予測しています。資産や現預金が少なく、以前から足腰が弱いと指摘されている毎日新聞や産経新聞はいずれ命脈を絶たれる可能性は小さくないでしょうが、朝日新聞や読売新聞は新聞事業だけでなく、不動産事業でも儲けています。

たとえば朝日新聞で言うと、売上高ベースでは新聞などのメディア事業がまだ1000億円以上もあり莫大です。しかし利益は少なく、あまり儲かっていません。利益額ベースでは50億円を超えることはなく、利益率では2%以下です。赤字になっている時期さえもあります。黒字にするために記者の数を減らし、人件費を削減してコストカットしているというのが現状のようです。

いっぽうで朝日の不動産事業は、コロナ禍で足踏みもあったものの、50億円前後の利益を確保しており、利益率も20%近くあります。

ちなみに全国紙はどこも一等地に本社や支社を構えており、しかもそれらは国有地を安価に払い下げしてもらった物件です。このまとめに紹介されてますので、ご興味ある方はどうぞ。


新聞各社はこれらの土地を有効活用し、貸しビル業で利益を出してきたという背景があるのです。以前から「不動産屋が新聞を出している」などと揶揄されてきましたが、これが揶揄ではなく、現実になろうとしているのが2020年代の新聞業界となるでしょう。ちなみに毎日新聞は貸しビル業さえ維持できなくなりつつあり、昨年「虎の子」と呼ばれていた梅田駅前の大阪本社を売却してしまっています。当面の資金はこれでしのげるとしても、その先はどうなるのか。東京本社のある名建築パレスサイドビルを手放す日も遠くないのではないかと噂されています。

話を戻すと、朝日新聞は今後も堅調な不動産事業を成長させていき、これによって新聞ビジネスを維持するという方向に収まっていくのではないでしょうか。いまはまだ人員削減やコストカットをさかんに行っていますが、いずれは損益分岐点で安定する時期が来るのではないかと思います。しかしその未来の時点で発行部数は信じられないほどに少なくなり、影響力も低下していると考えられます。予算減で取材力も恐ろしいほどに低下しているでしょう。

では新聞の影響力はなくなっていくのでしょうか? これを考えるためには「団塊の世代」の動向を見る必要があります。

これもさんざん指摘されていることですが、新聞の購読者はかなり高齢者に傾いています。新聞通信調査会などによると、30代は3割しか新聞を購読していないのに対し、60代以上は8割が新聞を読んでいるという数字も出ています。とくにボリュームゾーンとして大きいのは、1947〜49年という戦後間もないころに生まれた「団塊の世代」の人たちでしょう。この世代は1学年が270万人近くもいて、3年間の人数を合わせただけで800万人。前後の年代も含めれば1000万人以上にもなる巨大な世代層です。

今年生まれる子どもたちが80万人割れ目前、と言われているのとくらべれば、その人数の圧倒的な多さがわかると思います。

団塊の世代は1960年代末の学生運動を戦い、70年代以降は実社会にはいって「ニューファミリー」「お友達夫婦」といった核家族時代の新しいファミリー像を生み出しました。80年代末のバブルのころに管理職としてうま味をさんざん楽しんだのも、この人たちです。1947年生まれが60歳になる2007年ごろには「団塊の世代が大量退職すると、仕事のノウハウやスキルが継承されにくくなる」と心配され、「2007年問題」という言葉もありました。

たしかに団塊の世代は2010年代に定年退職して、リタイヤ生活を楽しむようになります。ツイッターが2010年代に第二次安倍政権成立などで非常に政治化していき、暢気な発言ができにくくなっていったのも、団塊の世代の流入が原因だったのかもしれません。

さらに2013年には「アクティブシニア」とも呼ばれるようになります。わたしもアドバイザリーボードを務めている総務省の平成25年版情報通信白書には、「変わる高齢者像 アクティブシニアの出現」という項目で以下のように記されています。

「一般的に、高齢者は加齢とともに、その身体機能や認知機能が低下するといわれるが、身体機能や認知機能に若干の衰えがあったとしても、逆に向上する能力もあるとの指摘もある」

「認知能力については、その加齢による変化について、短期記憶能力は50歳を境に急激に衰える一方、日常問題解決能力や言語能力は経験や知識の習得に伴ってむしろ向上するとの研究成果があり、身体機能についても、1992年時点での高齢者の歩行速度に比べて2002年の高齢者の歩行速度は速くなっており、男女とも11歳若返っているとの研究成果がある」

この2013年はという年は1947年生まれが66歳となり、高齢者入りをしはじめた時期です。まさに彼ら団塊の世代が「アクティブシニア」として定年後を活発に活動しはじめた時期だったといえるでしょう。そしてこのアクティブシニアである団塊の世代が中心になって、21世紀初頭の新聞業界を支えてきた。そういう構図だったのです。

しかしそれから10年近くが経って、団塊の世代は後期高齢者に入りつつあります。アクティブシニアだった彼らの活動はこれからは少しずつ穏やかになっていき、やがては衰えていくでしょう。新聞業界も団塊の世代と歩調を合わせて衰退していき、その影響力はさらに小さくなっていきます。

この10年、団塊の世代がメディアや政治に大きな影響力を保ったことが、「シルバー民主主義」という批判にもなってきました。しかし団塊の世代が退場し、それとともに新聞が衰退していった後で、新聞社が支える高齢者の世論誘導パワーがどれぐらい続くのかは、かなり不透明です。

ちなみにメディアの力というのは、必ずしも実体を伴うわけではありません。現時点でも新聞が実際には影響力を減らし、SNSのほうが世論への影響力を高めていたとしても、たとえば永田町の政治家たちが「新聞には影響力がある」と信じていれば、それが幻想であっても影響力は維持されてしまうのです。政治が「新聞や団塊の世代に慮らなければならない」と考えているうちは、新聞の影響力は続いていくでしょう。

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