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「フォグ化するミニマリスト」という新しいライフスタイルを考える 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.659

特集 「フォグ化するミニマリスト」という新しいライフスタイルを考える
〜〜所有物を減らしながら、同時に災害リスクを軽減していく可能性

 最小限の所有物だけで暮らす「ミニマリスト」は、21世紀の現代だからこそ成り立つライフスタイルです。以前にわたしはこうツイートしたことがあります。


 ミニマリストの本質は住宅というものの範囲を極限にまで縮め、住宅の概念を拡張することです。鉄の扉の内側にある自宅だけで住まいを完結させるのではなく、自宅の近所にあるコンビニやスーパー、カフェ、食堂までをも「拡張した住宅」として活用する。従来の自宅は、寝室のベッドぐらいの意味しか持たなくなるということです。

 ミニマリストというのは生活をシンプルにそぎ落としているがゆえに、一見すると孤立したライフスタイルのように見えますが、実はその逆なのです。自宅をオープンに開き、街全体で暮らしていくという哲学を持っている。

 しかしこのミニマリスト的ライフスタイルは、コロナ禍で持続困難になりました。行動自粛し在宅が求めらたことで「自宅を開いて街で暮らす」ということ自体が難しくなりました。逆にミニマリストとは対極にある昔ながらの「プレッパー」が注目されるようにもなったのです。

 プレッパーというのは「備蓄する人」というような意味で、アメリカのゾンビ映画なんかに出てくる自宅地下シェルターに大量の食料費や銃弾薬などを貯め込んでるような人のことです。ゾンビが現れようが、核戦争が起きようが、宇宙人が襲来しようが、備えてシェルターに籠もっていれば安心という考え方。これまではプレッパーは「やりすぎな変人」みたいな見方をされることが多かったのですが、コロナ禍で備蓄の大切さが浮上し、「プレッパー、ありかも」と見直されることになりました。

 わたしは地方で農業を営んでる人と交流することも多いのですが、農家さんのライフスタイルはプレッパーだなあと感じます。古いことばの「百姓」はさまざまな生業を持つ人たちのことですが、ただひとりの農家さんでも播種から草刈り、収穫、農機具の修理…など無数の仕事があって、まさに百ぐらいのことをひとりでしている。それぞれの仕事のためにそれぞれの専門の道具が備えられていて、農家さんの家はたいてい道具でいっぱいです。あらゆる業務に対応するために道具を備蓄するプレッパーなのです。

 農業は大地に根ざした仕事なので、その土地に定住する必要があります。いわば「定住するプレッパー」なのですが、それとは別に「移動するプレッパー」というスタイルもあります。たとえば狩猟採集時代の遊動民や、西部開拓時代のドラマ『大草原の小さな家』のように馬車で移動しながらフロンティアを目指していた開拓民たちがそうです。

 テント泊の登山も「移動するプレッパー」です。大きなザックにテントと食料、燃料、エマージェンシーキットなどすべてを担いでいき、自分の身体とザックの中身だけであらゆる状況に即応できるようにする。ときには20kgを越える重さになって腰と肩にずしんと来ますが、「これだけあれば何があっても大丈夫」という安心感は、まさにプレッパー的な感覚です。

 しかしながらせっかくのクラウド時代に、完全なるプレッパーに固定化してしまうというのもちょっと残念ではあります。高度な物流や情報通信のクラウド化を活用しつつ、プレッパー的なリスク分散機能も備えた「新しいミニマリスト」という方向性を考えても良いのではないでしょうか。

 ここで補助線を引いてみましょう。登場するのは、IT用語のフォグコンピューティングです。フォグは霧の意味。クラウド=雲が遠くの場所にあるのに対し、フォグ=霧はわたしたちの近くにまとわりついている。つまり遠隔地のデータセンターではなく、基地局や社内LANのようなところでクラウドが担当していたような計算を行わせようというのが、フォグコンピューティングです。さらに手もとのスマホなど端末で計算を行うことは、エッジ(端末)コンピューティングと呼びます。

 そもそもフォグコンピューティングが登場してきた背景には、IoT(モノ同士がつながるインターネット)の普及や、自動運転などに見られるように計算のリアルタイム性が強く求められるようになったことがあります。

 IoT時代には、地球人口をはるかに超える数千台の端末がインターネットにぶら下がるようになります。そこで5Gのように高速大容量で遅延の少ない新しい通信技術も出てきているのですが、それでも人間が使うスマホの数百倍から数千台にもなるIoT端末(家電とか自動車とかエアタグとか、さらには人間の身体とか自然環境に存在する森林とか動物とか、とにかくあらゆるものをネットにつなぐ)を同時に接続すれば、クラウドにも限界が来ます。

 また自動運転のように瞬時に判断が求められる計算では、いくら5Gの低遅延通信であっても、やはり間に合いません。データセンターは冷却の必要があるため、アラスカやアイスランド、北海道などの寒冷地に設置されていることが多いのですが、当然のようにこれらの土地は大都市から遠く離れているため、データの送受信にどうしても遅延が発生してしまうということもあります。

 そこで計算を行う場所を分散して、端末に近いところに広げていこうというのが、エッジコンピューティングやフォグコンピューティングの考え方です。フォグコンピューティングでは、計算を都市部に分散移行させます。データセンターのように何万台というサーバを収容するのではなく、数台程度のサーバを携帯電話の基地局やオフィスなどに網羅的に設置していくのです。

 たとえば米国のAT&Tは、光ファイバー網の5000か所以上の収容局や6万5000か所以上の携帯電話網の基地局に、フォグコンピューティングを展開する計画を発表しています。これによってデータの移動距離が数百キロから数キロぐらいに短くなり、遅延が数ミリ秒で済むようになるとされています。

 フォグでどのように計算を行うのかを、監視カメラのデータ処理を例にして説明しましょう。カメラからの動画はデータが大きいので、カメラ端末というエッジですべて計算しようとすると、それぞれのカメラに大きなコンピューターパワーが必要になり、コストに見合いません。かといって動画データをすべてクラウドに送るのも、通信帯域を圧迫してしまう。

 そこで基地局などにAIのモジュールを設置して、ここで動画データを解析します。計算は分散処理されるので、一台の基地局のコンピュータパワーだけでは足りない場合には、他の基地局も協調して処理する。クラウドに送る必要のあるものはクラウドに送り、リアルタイムでフィードバックを急ぐ必要のあるものは、監視カメラに送り返す。そういうやりとりをクラウド・基地局・エッジの三者で協調しておこなうのです。

 このようなフォグコンピューティングとエッジコンピューティング、クラウドが統合された世界を全体としてイメージしてみれば、ネットワークのあらゆるところにコンピュータがあり、あらゆる場所で計算されているというような感じになるでしょう。つまりはネットワークが単なる通信回線ではなく、ネットワークそのものがコンピューターの複合体であるようなイメージです。

 2000年代前半に、日本のIT業界で「ユビキタス」という用語が流行ったことがありました。ユビキタスというのはもともと「神の遍在」を意味するラテン語ですが、ここからコンピュータの利便性をどこからでも利用でき、あらゆるものがつながっている状態をユビキタスと表現するようになった。ただユビキタスはあくまでも「利用する場所」がどこにでもあるというだけでした。これに対してフォグコンピューティングは、利用場所だけでなく計算する場所までもが遍在していくということです。

 世界を覆い、あらゆる場所で処理し、あらゆる場所でその処理結果を利用する。つまりフォグの本質は、単に処理をエッジから基地局に移行するということだけでなく、「ネットワークこそがコンピューティングの本質である」という新しい概念になっていこうとしています。

 そして、このフォグコンピューティング的な概念は、実はコロナ後の世界のさまざまな局面に当てはまるかもしれない。それはライフスタイルにもつながる概念だとわたしはいま考えています。

 情報はインターネットによってストックからフロー化していくというのは以前から言われていましたが、フロー(動いている)という状態があるだけではなく、つねに絶え間なく、連続的に流れているというストリーム(流れている)という段階へとさらに進化し、そのストリームそのものが世界の本質であるという世界観へと進化していくのです。

 このあたりの新概念は、来年あたりに刊行しようと思っている次の次の新著で徹底的に突き詰めようと考えていますが、今回はそこまでは踏み込みません(近々また本メルマガで詳しく書きますのでお待ちくださいね)。ただ現時点で言えるのは、ミニマリストとプレッパーの二つのライフスタイルを融合させていく方向性として、このフォグの概念が活用できるのではないかということです。

 まずライフスタイルを「ミニマリストか、プレッパーか」「定住か、移動か」で区分してマトリックスにしてみます。

ミニマリスト×定住生活 従来の定職型ミニマリスト
ミニマリスト×移動生活 リモートワークなどもできるようになり、雇用されているかどうかを問わず、移動しながら暮らしていくこれからのミニマリスト
プレッパー ×定住生活 農家さん
プレッパー ×移動生活 狩猟採集時代の遊動生活やテント泊登山

 このように分類することができますね。こうやって並べてみると、ネットワーク上にあらゆる情報やモノがあり、一か所に留まらずとも情報やモノにアクセスできるライフスタイルというのは、移動生活と親和性が高いことがわかります。

ミニマリスト×移動生活 リモートワークなどもできるようになり、雇用されているかどうかを問わず、移動しながら暮らしていくこれからのミニマリスト
プレッパー ×移動生活 狩猟採集時代の遊動生活やテント泊登山

 これまで移動生活には書いてきたように、移動生活にはミニマリスト型とプレッパー型がある。しかしミニマリストにはパンデミックなどの突発的な災害に弱いという難点があり、いっぽうのプレッパーにはモノが多すぎるがゆえの機動力の不足や、あらゆるモノは移動生活では持ちきれないという難点があります。これをフォグコンピューティングの概念に当てはめると、

ミニマリスト×移動生活 = クラウドコンピューティング的(高度な物流とウェブサービスの充実によって、手ぶらが可能になる)
プレッパー ×移動生活 = エッジコンピューティング的(すべてのものを手もとに所持して担いで行く移動生活)

 クラウドとエッジの双方をカバーし私たちを霧のように覆うフォグコンピューティングのように、ミニマリストとプレッパーのメリットの双方をカバーし、わたしたちの生活を全方位でカバーするフォグ的なライフスタイルは可能なのでしょうか。つまりミニマリストのように軽やかで機動力はあるけれども、プレッパーのように危機に即応できる大勢がいつもとれているという暮らし方の実現です。

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