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テクノロジーの進化で「共同体」はどう変わるだろうか? 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.723

特集 テクノロジーの進化で「共同体」はどう変わるだろうか?

〜〜〜世界観を「四次元化」していくという考え方(8)


今年出したわたしの新著『読む力 最新スキル大全』を補足し、どのようにして世界観を構築していくのかを深掘りしていくシリーズの第8回です。


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情報の「三次元化」と「四次元化」について説明してきました。あるテーマについて単一の視点だけでなく、さまざまな視点で見ることによって立体的なイメージが描けるようになる。これが三次元化。さらに加えて過去の経緯などを学ぶことで、さらに立体はふくらみをもった「四次元」のイメージに変わる。


ではこの「四次元化」は未来予測にも使えるのだろうか?ということに本シリーズでは踏み込んできています。前回は「電子書籍が普及することは、人間社会に何をもたらすのだろうか?」というお題を考えました。今回は共同体のテーマで未来予測をしてみましょう。お題は、「情報通信のテクノロジーが進化していく時代に、共同体はどう変化していくのだろうか?」です。


共同体は、わたしたち人間にはなくてはならないものです。山の中でひとり孤独に生きていけるメンタリティの人も稀にはいますが、普通の人はたった独りでは生きていけません。だから人間は共同体をつくるのです。ちなみに生物学的なヒトの共同体構成数は、100人から150人ぐらいだとされています。たしかに会社規模で考えても、そのぐらいの人数だと互いの顔や名前が一致して、団結心も持ちやすいのではないでしょうか。


日本は江戸時代ぐらいから長く、農村つまりムラと呼ばれる共同体のなかで生きていました。農村は太平洋戦争ぐらいまでは続いていましたが、戦後の高度経済成長で人口が都市に流入するようになり、農村は崩壊していきます。戦後まもないころには3千万人ぐらいいた農業人口も、現在はは200万人に満たないところにまで減ってしまっています。


農村に代わって戦後、新たなムラとなったのは企業だと言われています。終身雇用の会社にまっさらな新卒で就職し、独身寮に住み、週末は上司や同僚とゴルフや野球を楽しむ。就業後は同僚たちと酒を飲み、年始の挨拶は上司の家に行く。社内結婚して社宅に住み、会社の信用組合から融資を受けて住宅を購入する。定年退職後もOB会活動に熱心にとりくむ……。


そういう人生設計が昭和の時代にはふつうだったのです。自分の人生のすべてが会社にとりこまれていて、これはじつに安逸で気楽だったけれども、いっぽうで抑圧や同調圧力も強く、息苦しいものでした。おそらく戦前の農村もそのようなものだったのでしょう。


しかし21世紀に入るころから、派遣法改正などで終身雇用が衰退し、働き方改革もあって会社への帰属感は薄れるようになりました。そういうなかで「共同体につながれない」という不安感が、若年層を中心に社会を覆うようになってきています。


ここまでが、共同体についてわたしが蓄積してきた立体的なイメージです。では共同体は、これからどうなるのでしょうか。


ここでわたしは、SNSの進化と普及という別のテーマの立体イメージを考えました。このSNSのテーマと、共同体のテーマそれぞれの立体イメージをぶつけたらどうなるでしょうか?


ミクシィや2ちゃんねるなど、2010年ごろまでの古いSNSと、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどその後に普及したSNSでは、基本的な構造がまったく異なります。それは、古いSNSでは掲示板などの広場が中心だったのに対し、その後のSNSからは広場が消滅したのです。


前者のSNSでは、ユーザーは広場のまわりに集まって語り合っていました。これは俯瞰しやすくわかりやすいけれども、いっぽうで面倒なところもありました。広場の中心に近い人が「名主」のように威張り、新参者や遠巻きにしている人を抑圧してしまう構図ができがちだったのです。


それに比べると、後者のSNSには広場がないので、「名主」は登場しようがありません。ユーザーひとりひとりのタイムラインがそれぞれに存在し、情報はタイムラインを流れていくだけです。広場には情報は集約されないのです。人間関係も同様で、現代のSNSでは広場からの中心からの距離などはいっさい関係しません。


フェイスブックの人間関係を思いおこしていただければわかりますが、個人と個人が網の目のようにつながっているだけです。広場型SNSの人間関係が、クモの巣のように中心から放射線状に人がぶら下がっているイメージだとすれば、タイムライン型SNSでは人間関係は「織物」のように、人と人が無限に結節点でつながっているイメージです。


現在のこのタイムライン型SNSの構図は、人と人が容易につながることができるのと同時に、誰かが誰の上になったり下になったりするようなマウンティングの関係は生まれません。


となると、この「抑圧がないけれどもつながれる」という構図は、ひょっとしたらリアルな共同体の立体イメージにも重ね合わせられるのではないでしょうか。



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